69.嫉妬が嬉しいなんて悪い子です

 私を迎えにきたカスト様の服は、美しい青紫でした。珍しい色ですが、とてもお似合いです。黒髪に黒い瞳をお持ちなので、引き締まって見えますわ。それに私の瞳の色をイメージしてくださったのではないかと、それだけで嬉しく思いました。


「お待たせしました、我が最愛の月の姫。お手をどうぞ」


 ふふっ、口元が緩んでしまいます。なんだかアロルド伯父様のよう。そう伝えたところ、君はアロルド様が大好きだから、見習うことにしたと言われました。確かに伯父様は大好きです。もしカスト様と出会う前、幼い頃の私に伯父様が愛していると言ったなら頷いていたでしょう。


 年の差は気になりません……と言ったら嘘ですね。伯父様が私より早く亡くなるであろうことより、子どもっぽい私の相手をさせることを申し訳なく感じると思います。だって大人でカッコよくて、本当に素敵な方ですから。


「アロルド様が立派でスマートなのは間違いないが、俺としては恋敵のようで気が気じゃない」


「嫉妬ですか?」


「もちろん。いつだって、誰にだって嫉妬してるさ。君が微笑みかけた執事や弟のダヴィードにまでね」


「まぁ!」


 なんて事かしら。私と同じですね。先日カスト様が侍女の落とし物を拾って届けたと聞いて、私はもやもやした気持ちになりました。もし微笑みかけるお姿を見たら、泣き出したかも知れません。こんな気持ちが正しいのか悩み、お母様に相談したら嬉しそうに微笑んでおられました。


 愛する人が他の方に優しくするのを見て、気分が沈むのは普通なのだと――教えていただいて安心したばかりなのです。


「心が狭い男でごめんね」


 エスコートに差し出された手を受けて、腕を絡ませたところで囁かれました。ですから、これはお母様に教わった方法でお返ししましょう。満面の笑みで見上げる。目を見開いた後、カスト様の頬や首筋が赤くなり……口元を手で隠しました。


「隠してしまいたくなるから、その微笑みは封印して」


 恋の駆け引きや睦言のマナーは存じませんが、幸せな気持ちで俯きました。きっと私の顔も真っ赤ですね。


 ランベルトが咳をして注意を促し、先導して歩き始めます。後ろに従う私とカスト様は、自然と歩幅を合わせていました。夜会の扉がゆっくり開かれて行きます。


「ジェラルディーナ王女殿下、婚約者ロレンツィ侯爵家次男カスト様のご入場です」


 執事ランベルトの声が響き、騒めく人々の声がぴたりと止む。音楽だけが響く壇上を進み、スカートを摘んで軽く会釈しました。わっと人々の拍手や歓声が迎えてくれます。ほっとしながら、用意された椅子に腰掛けました。


 中央はお父様とお母様、挟んで向こう側はダヴィードの椅子が用意されています。夜会なんて、久しぶりで緊張しますわ。最後の夜会が婚約破棄だったので、余計にそうですね。ドキドキする気持ちを察したように手を握るカスト様へ、大丈夫と伝えるために握り返しました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る