39.恋心は自覚と同時に砕け散った

 自室のベッドで目を覚まし、心配する侍女を安心させるために微笑みかけ、思い出しました。私に触れたカスト様はどうなさっているのか。王宮ではないから、見逃していただければいいけれど。


「カスト様は、まさか」


「部屋のお外にいらっしゃいますわ。お呼びしましょうか」


 侍女が同席なら問題ないと判断し、頷きました。心優しく有能な騎士であるカスト様が、万が一罰せられたらと思うと胸が詰まります。実際にはない心の痛みに堪えるように、ドレスの胸元に手を当てました。


「失礼いたします、ジェラルディーナ姫……? 苦しいのなら医師を」


「いえ、違いますわ」


 心配に表情を曇らせたカスト様を正面から見上げた時、私はようやく自覚しました。この方が好き。私はカスト様を好きなのだわ。婚約者だった第一王子殿下ヴァレンテ様にも、その弟君であるパトリツィオ第二王子殿下にも感じなかった。


 顔を見るだけで嬉しくて、微笑みかけられたら歓喜に震える。私を見つめて欲しいのに、見詰められたら目を逸らしてしまう。この感情は「好き」なのでしょう? 隠れて読んだ小説の文面を思い浮かべ、自分の状況と照らし合わせた結論でした。


 どこまでの好きか分からない。でも誰にも感じたことがない感情は激しくて、この胸を突き破って外に溢れてしまいそう。これは抑えた方がいいのかしら。それとも受け入れるべき?


 カスト様は、騎士のお役目で私に付いているの。この方の優しさは生来のもので、私へ向けられた特別な感情ではないわ。だから勘違いしてはダメ。王子妃教育で学んだ通り、他国の使者や貴族が愛情に似た感情を向けてきても、微笑んで受け流す。それが淑女のあり方よ。


 ごくりと喉を鳴らし、ぎこちなく笑みを浮かべた。微笑むことなんて簡単なのに、どうして上手くいかないのでしょう。カスト様の表情が曇り、心配そうに眉が寄りました。


「ごめ……なさい」


 ぽとりと涙が溢れ、制御できずに頬を濡らしました。なぜ泣いているのか分からなくて、慌てて手で拭う私の前に差し出されたハンカチ。白い絹で、カスト様のイニシャルではない刺繍が入っていました。借りながら、胸の痛みが激しくなるのを堪えます。


 婚約者がおられるのですね? こうしてハンカチに刺繍をして無事を祈る方がおられる。偶然にも私と同じイニシャルの女性は、カスト様の大切な方なのでしょう。きちんと畳まれてアイロンをかけたハンカチに込められた愛情は、その女性へ向かっているはず。


「ごめんなさい、洗って返しますわ」


 大丈夫。この心をもう一度封じ込めればいい。慕う気持ちは内側に抑えて、二度と外へ出さない。そのための教育は受けてきました。厳しい叱咤と勉強はこのためにあったのですから。


「……ジェラルディーナ姫?」


「具合が悪いの、外してくださいますか」


 こう問えば、彼は部屋を出るしかない。侍女を残して一礼して退室した彼の姿が見えなくなった直後、私は枕に伏せて泣きました。恋を自覚して、その直後に失ってしまったの。それでも好きにならなければ良かったなんて、絶対に思わない。目が腫れてしまうまで泣いて、そのまま眠りました。

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