22.この温もりが愛おしくて

 早朝に王都を出た一行は、なぜかバラバラの時間帯に都の門を出た。のちに森の中で合流する形だ。一番出発する人数が多い朝食後の集団に紛れて、お父様と馬車で門をくぐった。見上げる空は澄んで青く高く、どこまでも広がっている。


「アロルド伯父様が最後ですか?」


「ああ、数日したらランベルトも王都を出る予定だ」


 掃除のために数人の侍女と執事ランベルトが残ります。高価な品は伯父様の軍が運んでくださると聞きました。途中で盗賊に襲われる可能性がある高位貴族の行列ですが、伯父様が護衛ですから心配ありません。侍女が用意したお茶を手に待つこと数時間、伯父様が合流して出発です。


 執事のランベルトが屋敷を離れると決まったなら、しばらく王都に戻る予定はないのでしょう。窓から見つめる王宮は、ひどく遠く感じました。毎日のように足を運んだ場所には見えないのです。他国の城を眺めるような落ち着いた気持ちでした。


「お父様、私はこの後どのようにしたら」


 揺れる馬車の中、向かい合って座る父に手を引かれました。立ち上がってよろけた私を受け止め、隣に座らせます。昨日と同じように手を握ったお父様がひとつ、大きな溜め息を吐きました。


「期待外れな娘で申し訳……」


「そうではない! そうではないのだ。誤解させてすまん」


 王家との婚約を台無しにしたと呆れられたと思いましたが、違うようです。謝罪を遮ったお父様は緊張した様子で唇を何度も舐めました。言いづらいことなのでしょうか。


「ルーナ、私は大きな間違いを犯した。まだ幼かった娘を王妃殿下に預けたことだ。兄上の話をもっと真剣に聞くべきだったな」


 私は意味が理解できずに固まりました。私の過去の努力は無駄だったのでしょうか。第一王子殿下に寄り添い、支えられる王子妃となるべく勉強しました。厳しいレッスンもこなし、礼儀作法を身に付けましたけれど。


「ダーヴィドのように手元で育てるべきだった。これは親の罪だ。そして公爵としても罪を犯した。可愛いルーナ、よく聞いてくれ。お前は王家に嫁ぐ義務はもうない。嫌でなければ、私達夫婦やダーヴィドと過ごす時間をくれないか?」


「? もちろんですわ」


 家族と過ごす時間は、私にとっても幸せでしょう。弟はどれほど大きくなったかしら。私の顔を忘れていないといいけれど……ふふっと笑った。


「嫁がずともよいと仰いましたが、それでは役立たずですわ」


 貴族令嬢として、家や領地の利益に繋がる有力な貴族と結婚をするのが役目です。そう告げた私を抱き締め、お父様は小さな声で謝り続けました。どうしたらいのか分からず、おずおずと背に手を回します。揺れる馬車の中、私は幼い子供のように父の腕に抱かれていました。


 なぜでしょう、この温もりがとても愛おしくて。不思議と体より心が温まる気がします。お父様のこんなお姿、初めてですけれど……この気持ちをなんて表現したらいいのか。やっとお父様と家族になれた気がしました。

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