12.なぜ目が曇ってしまうのか

 王城へ入る前に身支度を整えようとしたシモーニ公爵リベルトは、王都の屋敷の前で目を見開いた。集まった貴族は剣や鎧を纏い、戦支度を整えている。これでは、つい先日説得したばかりの兄と変わらない。


 誰もが正義を口にして、王家を排除すべしと叫んだ。それをシモーニ公爵家が望んでいるかに関係なく、だ。


「私は王家と構える気はない。解散してくれないか」


 驚いた顔をしたものの、貴族達は各々の屋敷に引き上げる。担ぎ上げる御輿が断れば、それ以上押してこないのが良いところだ。無理に旗頭に担ぐような言動はなかった。それもこれもシモーニ公爵家への好意の裏返しだった。


 彼らが貶められるというなら、王家にも弓を引く。それだけの恩義を公爵家から受けたと貴族は感じていた。だが、本人達が担がれるのは嫌だと言えば、押し付けるほど自分勝手ではない。恩人の言葉を素直に聞くだけの余裕はあった。


「リベルト、そなたは甘いぞ」


 兄アロルドは苦言を呈する。執事に上着を預け、足早に風呂へ向かう公爵家当主の弟を、兄は必死で追いかけた。


「王妃殿下のご子息と婚約させるつもりだろうが、やめておけ。姫が不幸になる」


 言い切ったメーダ伯爵である兄に、ぴたりと足を止めた。眉を寄せて不愉快だと示す弟へ、兄の顔で淡々と説明を始める。場所が廊下になったのは仕方ない。話せる時にすべて知らせておかねば、人のいい弟夫妻もその娘も犠牲になってしまう。


「王妃殿下は側妃や第一王子を排除するため、モドローネ男爵令嬢を嗾けた。実家の侯爵家の力を使い、国を牛耳るつもりだ」


 妄言であり戯言だ。そう切り捨てようとしたが、リベルトは声に出せなかった。なぜなら、アロルドが自分に対して嘘や不利になる忠告を向けたことがないからだ。過去の行いを振り返っても、兄に騙されたことはなかった。穏やかで人当たりのいいリベルトに公爵を継がせるよう進言し、己は残っていた伯爵位を引き受けてさっさと領地を出た。


 ジェラルディーナの誕生を誰より喜び、姪のためになるならと領地替えまで行う。王都と公爵領の中間にメーダ伯爵家があるのは、そのためだった。かつての領地の方が条件はよかったのに、それを投げ打ってまで姪を優先する。口先ではなく、態度や行動で示してきた愛情を、リベルトは疑う気はなかった。


「兄上、何をご存じなのか」


「部屋に入ろうか。さすがに廊下で話す内容ではない」


 促す兄アロルドと共に、今は使用されていない執務室へ入る。綺麗に掃除の行き届いた部屋は埃っぽさもなかった。応接用のソファに向かい合って腰掛けた兄弟は、ひそひそと互いの情報を交換していく。主に情報を提供したのはメーダ伯爵であった。


「だが、王妃殿下はルーナを可愛がってくださっている」


 まだ信じられないと嘆く弟リベルトへ、アロルドは首を傾げた。外から見ればこれほどに分かりやすい状況が、内側にいると理解できない。そのことが不思議で仕方なかった。なぜ目が曇ってしまうのか。


「可愛がっておられるさ、愛玩動物として……と言えば理解できるのか? 手招きして近づいた幼子に、甘い菓子を与えて懐柔する。両親から引き離したくせに、母親の代わりになると名乗り出て抱き締める。それが本当の愛情か?」


 ジェラルディーナが次期王妃に決まった途端、両親から引き離した。その上で厳しい躾を施し、自分に逆らわないよう教育する。甘い菓子を与えて微笑む役は王妃が、それ以外の役を教育係にやらせた。幼子は誰に懐くだろうか。


 突きつけられた現実に、リベルトは絶句する。輪の内側に取り込まれた者には見えないが、外から見れば歪なこと極まりない。信頼する兄の親身な苦言に、シモーニ公爵リベルトは目を伏せた。

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