09.あの子を連れ帰ってくるよ

 分家頭のメーダ伯爵家の領地は、王都とシモーニ公爵領の間にある。そのため、連絡用のフクロウはメーダ伯爵家で休憩を取るか、緊急ならばフクロウの交換が行われる仕組みだった。


 届いた手紙の日付は3日前。事前に連絡を受けていた夜会で起きた事件の顛末が、珍しく感情的に綴られていた。前日に届いた手紙では、婚約者である第一王子ヴァレンテ様の身勝手な振る舞いが記されていたが……。


「これは、王都に向かわねばならん」


 渋い顔でシモーニ公爵リベルトは唸った。心配そうに顔を寄せる妻マルティーナは、手紙を受け取って目を通す。崩れるように倒れかけた妻を受け止め、リベルトは彼女をソファに寝かせた。


「あなた……ルーナが心配ですわ」


「ああ、私が見てこよう。ルーナを必ず連れ帰るから、ティナは部屋の準備を整えておくれ。あの子の好きな菓子を焼いて待っていて欲しい」


 連れ帰る約束と、その間心配に苛まれた妻が塞ぎ込まないよう、娘のための準備を口にした。頷いてぎこちなく微笑んだマルティーナが、再度手紙を読み返す。


「きっと王妃様が良いように取り計らってくれますわ」


「もちろんだ。私も王妃殿下は信じている。あの方のご子息と改めて婚約になると思うが、その手続きも済ませてこよう」


 頷き合い、旅支度を整えるために侍従に指示を出す。それから落ち着いて、執事ランベルトが書いた文字を確認し直した。そこで、裏に別の筆跡で追加された手紙に気付く。メーダ伯爵の署名の上に、少々物騒な一文があった。


「あなた」


「……ルーナは愛されているな」


 苦笑いするしかない。王家を攻め滅ぼすため、戦の準備を始めたであろう分家の面々を思い浮かべ、公爵夫妻は溜め息を吐いた。


「戦は私が止めてくる。王妃殿下がいる限り、私達が王家と対立する日は来ないだろう」


 そこへ旅支度を整えた侍従から声がかかる。立ち上がった夫を見送るため、マルティーナも玄関へ向かった。駆け付けて傷ついた娘を抱き締めたい思いはあるが、馬車での旅は足手纏いだ。夫のように馬で駆けるなら別だが、その体力もなかった。ここで領地を守りながら、夫と娘の帰宅を待つのが公爵夫人の務めだ。


「ルーナをお願いします。それと、リーヴィア様によろしくお伝えくださいませ」


 あの方はジェラルディーナのために尽力してくださっているはず。直接お礼を言えず申し訳ないと伝えて欲しい。妻の願いを受け取り、リベルトは頷いた。


「お父様! 僕も一緒に……」


 駆け寄る嫡男ダヴィードに向き直り、リベルトは目を合わせて言い聞かせた。


「ダヴィード。そなたには役目がある。母上とシモーニ公爵領を守る義務があるのだ。分かるな? ルーナの心配はいらぬ。必ず連れ帰ろう」


「……っ、約束ですよ、父上」


「任せろ」


 準備を終えた騎士が並ぶ正門で、父リベルトは馬に跨る。その後ろに騎士が整然と並んだ。彼らが出立した後、姿が見えなくなってもしばらく立ち尽くした親子は、屋敷の家令に促されて戻る。


「ダヴィード、姉上が帰ってきたら存分に甘えるといいわ。きっと喜ぶもの」


「はいっ! 会えなかった分、一緒に過ごしたいと思います」


 姉弟でありながら、一緒に過ごす時間が短かった。領地に帰ってきてくれたら、嫁ぐまで王家に渡さず過ごしましょう。マルティーナはそう願い、窓の外に広がる曇り空に眉を寄せた。雨が降らなければいいけれど。

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