第15話:富士山噴火危機


 結局、霊虎襲撃そのものを考えていたのは僕しかいなかったので、作戦は基本的に僕が素案として検討していたもので実行することになった。襲撃ポイントは富士山地下で、複数回連続攻撃である。隊編成を三部隊とし、各二回、計六回の攻撃を行う。地下二十五キロメートルの位置からスタートし、攻撃の度にその位置を深く掘り下げていく。霊虎襲撃作戦とは名ばかりで、狙いは富士山の噴火を遅らせることにあった。むしろ今回は霊虎に出逢わない方がいいくらいである。霊虎が使役している下級霊を掃討し、霊虎が狙っている計画を機能不全に陥らせることが目的なのである。



「これだと、『霊虎襲撃作戦』ってのはおかしいですね」



 言仁、その通りだけど、いいんだよこれで! 今は砂鉄爆弾を送り込んできた霊虎に一矢報いるってことが、この霊界に必要なんだよ!



 霊虎の活動が富士山地下に集中していることは以前より聞いていたことだったのだけれど、今朝方ねこ父の部屋に行く前に暗部へ立ち寄った際、その調査報告書でより詳細が判明していた。調査報告書では、いくつかの拠点が散在し、いずれもトンネルを掘っていることが記載されていたのだが、どこへ、どれだけの長さのトンネルを掘っているのかは、ハッキリとしていなかった。その報告書を手にしたままその足で情報部に向かい、すべての情報を霊子コンピューターに入力して計算させてみると、トンネルはすべて一ヶ所に向かって掘り進められている事実が見えたのである。その向かった先こそが、富士山地下二十五キロメートルの地点であった。


 そこは『富士のマグマだまり』の場所だった。



 地球内部に落ち込んでいくプレートの上部では、プレートと一緒に落ち込んできた海水を元にマグマが作られる。しかし、静岡・山梨・神奈川といった富士山周辺の地下で作られたマグマは、すべて富士のマグマだまりに溜まるわけではない。近くにある山々の、それぞれのマグマだまりに分散しているのである。それがうまい具合に均衡することによって、三百年以上もの間、日本アルプスの火山活動が起こらずに済んでいるのである。

 霊虎はこの分散するマグマを、富士山のマグマだまりに集約しようとしているのだ。まったくとんでもないことを考え付くものである。霊虎は理系なのか? 地学オタクなのか? とバカなことを考えてしまうほどである。


 ともあれ、こういった事実から今回、富士山の噴火を遅らせるための霊虎襲撃作戦を立てたということである。拠点を叩き、トンネルをつぶし、マグマの流れを富士のマグマだまりから逸らしていくのだ。ただこの『トンネルをつぶし、マグマの流れを逸らす』ということについては、議論が紛糾した。僕の素案では、そのトンネルを塞ぐ素材についてまでは見出せていなかったからである。



「トンネルを塞ぐと言ってものぅ。まず、なにを埋めるのじゃ? 鉄など入れたところで、マグマの温度では溶けてしまうであろう」


「マグマの温度ってどれくらいなんですか?」



 ロクの素朴な質問に、アルタゴスが大まかな説明をしてくれた。



「マグマはおおよそ一千度前後です。もちろんどの深さにあるかによって温度は変わってきますし、粘性も変わってきます。マグマだまりに溜まったものであれば、およそ八百度といったところでしょうか。鉄であれば一時的に防ぐことはできましょうが、長期的にとなると難しいでしょうな」



 一般的なオーブンレンジで三百度前後、ピザ専門店の石窯で五百度弱。確かに、そう簡単ではなさそうである。ロクは紅茶の入ったガラスのティポッドを見ながら、



「これも耐熱なのでしょう?」


「ガラスの耐熱なんて、せいぜい三百度ぐらいなものだよ。ガラスそのものを溶かして成形するんだから……。

 鉄だって、それこそ刀だって溶かして作るんだぞ。溶かして…………、あ! 溶かす方だ!」


「溶かす方? 史章、なに言ってるの?」


「うん、言い方が悪かった。窯の方だよ。窯の中に火を起こして、その中に、鉄もガラスも入れて溶かすんだ。だったら、窯の方はそれよりも高い温度に堪えてるってことだよ」



 アルタゴスが「いいですね!」と言って、早速端末を使って調べている。



「これですね! そもそも窯ってのは石窯とか土窯とかあるんですけど、もう少し探ってみると面白い素材が見つかりました。炭化ケイ素です。セラミックスですね。ダイアモンド級です」


「それって簡単に手に入りそうか?」


「天然にはほとんどない素材です」


「えっ? それって絶望的なのでは……」


「逆です。作れるってことですよ!」



 解決を見た。さすがアルタゴスである。


 そのあと言仁が『日本中の底に、その炭化ケイ素ってのを敷き詰めたら、それこそすべての火山がなくなっていいんじゃないですか』と天然ぶりを発揮していたが、それはプレートそのものを変化、地球の構造を変えてしまい何が起こるかわからなくなるからダメだと、アルタゴスに一蹴されていた。けれど僕はお前のその発想、なかなか好きだぞ!




 隊編成などの作戦人員および作戦中の霊界防衛については、ねこ父が明日までに作り上げることになった。

 アルタゴスはまたもや大忙しである。セラミックスの大量生産の上に、戦闘面での砂鉄対策も担っていた。その砂鉄集めのために、霊界初の雨を降らせる準備と地形把握をした上で、水が流れつく先に砂鉄集積場の建設もあった。

 ナムチは砂鉄攻撃による重傷者の早期回復と作戦用の回復薬および栄養剤の大量制作に追われることになった。もちろん砂鉄が体内に入ってしまった場合の自己治癒研究も同時並行だ。

 ロクとシャルは砂鉄攻撃および超音波、電磁波攻撃に対する防御方法の確立と、反対にそれを自分たちの攻撃種類に加えられないかの検討をすることになった。

 僕はというと、天叢雲剣の可能性についての研究、つまりは戦闘時の技の開発を言仁と共にし、更にある程度の剣術の稽古をすることになった。それとあと……、やはり、サルメの協力を得る役割もちゃんと来た……。サルメの協力を得るということは、当然ねこ母の協力がいるということである。やれやれである。


 パワーブランチの締めは、ねこ父の号令で、全員が身を引き締めることになった。



「これは霊界襲撃によって命を落とした霊体たちの追善合戦である! 皆、心してとりかかれい!!」




     ※     ※     ※




 終わってすぐに、ねこ父が言仁と僕を呼び止める。



「安徳帝よ、およそすべての話はティルミンから聞いた。して、そちの部下の話じゃ。大将のたいらの知盛とももりは戦闘で昇華しておるでのぅ、残念ながらもう霊魂は消滅しておる」


「はい……、存じております。知盛には苦労を掛けました。安らかにあればと願うております。お気遣い、感謝申し上げます」


「うむ。で、残りのものであるが、二位尼にいのあまは魂送されてきて、現在はこの霊界のどこかで働いておるかもしれんのじゃが、大量の霊魂と混ざってしまってのぅ。どの霊体かはわからぬことになってしもうた。もしわかることがあれば、またそのときにおヌシに伝えるとする。すまんのぅ」


「いえ、大丈夫でございます。おばば様は……、むしろわたくしも知らぬままの方がよいと言いますか……」



 ん!? ははーん!



「なんだ言仁、お前、おばあちゃんがイヤだったのかよ」


「イヤとまでは言いませんが、ほら、苦手な人っているじゃないですか」



 笑った。まあ、死に際に嘘までつかれてる訳だしな。



「あと、残りの三体じゃ。いずれも霊界に来ておるが、生霊じゃった」


「えっ!? あ、そうか。みんな一緒に天叢雲剣に入れられたからですね」


「ふむ。して、その能力をそのまま生かしてみてはどうか? とティルミンが申しておる。具体的には、暗部や防衛隊として活躍してもらおう、ということじゃ。ただ、問題点がある。生霊のままということになるでのぅ、記憶も有しておるし、どちらかというと我らよりは人間により近いのじゃ。そこで、安徳帝、おヌシもしばらくこのまま生霊として、彼らの保護者役をしてほしいのじゃ」


「ええっ! あ、あのー、赤間神宮で奉仕活動をするというお話は…………」


「うむ。それはひとまず白紙ということになるのぅ。此度の霊命救助の活躍もあるしのぅ」


「そ、そうですか…………」


「なんじゃ。うれしゅうないのか?」


「い、いえ、そういう訳ではございません。寛大な酌量を下さり、大変ありがたく存じております。しかし…………」


「なんじゃ」


「そ、その、三体の保護者役というのはちょっと……。わたしの方が年少なのですが…………」


「それは生前も同じであろう。教経のりつね教盛のりもり経盛つねもりは皆、おヌシの部下であろう」


「うー、それは、そうなのですが…………」


「なんだぁ、お前もしかして! さては、今のわがまま放題ポジションを続けたいんだろう!」


「あー、もぉうー……。タカさん、今言わなくてもいいじゃないですか」



 また大笑いである。今度ばかりはねこ父も、ふぉ、ふぉ、ふぉ、をしていた。



「ま、気持ちはわかるけど、でもいいじゃないか。部下たちは嬉しいと思うぞ」


「それぞれのここでの名前を付けておる。弓遣いがリツネ、刀遣いがリモーリ、槍遣いがネモーリ、じゃ。なに、普段から一緒に過ごせという訳ではない。何かあるときにしっかりと導いてやってくれ」


「はい……、わかりました…………。あーあ……」



 ずいぶんとしょげていた。隣で僕がニヤついていたものだから、さらに悔しそうな表情をして舌打ちをしていた。初めて経験する一番下のポジションというのが、よほど快適だったのだろう。残念だが言仁、人には生まれ持っての役割というのがあるんだよ。



「あ、でも! それならタカの稽古の師はリツネがいいですよ」


「えっ!? 弓遣いの?」


「ええ。教経のりつね……いや、リツネは剣術も凄いんです。もちろん弓は最高ですけど、剣術も知盛と変わらないほどの腕ですよ」


「僕はなんだか恨まれてるような気もするくらいだけれど……」


「それは大丈夫です。リツネは勇猛ではありますが、人としても尊敬できる人格者ですよ」


「うむ。では、のちほどリツネと会わせよう」



 という訳で、そういう流れになったのではあるが、僕としては腑に落ちないことがあった。



「話はわかりました。あの、そもそもですけど、なんで僕が一緒にこの話を?」


「ロクとシャルが、安徳帝の保護者はタカじゃと申しておったぞ」


「……………………。」



 今度は、ざまあみろと言わんばかりに、言仁がニヤついていた。やれやれだ!

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