第4話:猫に小判
長い反省会議が終わって、僕はずいぶんと疲れていたのだけれど、やはり会っておかないといけないヤツがいた。そう、安徳帝だ。
ねこ父に確認をすると、僕たちが以前入れられた牢獄にいるのかと思っていたら軟禁部屋というのがあるらしく、そちらにいるとのことだった。ねこ父の従霊が案内してくれることになった。従霊は犬の
部屋の前に行くと扉にモニターが現れ、ねこ母が映し出された。
「史章ですね。今、羽衣は纏っていますか?」
「ええ、着ています」
「では、解錠しますが、防御網と電磁壁はそのままですので、ビリっと来ますが気にせずに中におはいりなさい」
「わかりました。よろしくお願いします」
ピーピーピー、と音が鳴ったのち、ガシャン! と解錠されたような音がする。僕は扉を開けて
「では、終わりましたら呼んでください」
扉に現れたモニターは不思議と内側からも視認出来て、ねこ母がそう言い終えると、モニターはスッと消えた。
「タカさん! 久しぶりだね!」
「嘘をつけ。まだ一日も経ってないだろ!」
思わずつっ込んでしまったのだが、僕の一番の目的はこいつをぶん殴ることだ!
「タカさん、ありがとう……」
いきなり謝意でごまかそうったって、騙されんぞ! しかもそれは、僕が既にねこ母に披露したヤツだ!
「そんなことでごまかしたってダメだ! 僕は死にそうになったし、まあそこは百歩譲ったとしても、ロクやシャルも死にかけたんだ。絶対に許さんからな」
「ひえぇっ!! ごめんなさい、ごめんなさい……。勾玉あげたのに……」
「勾玉は返すっ! 今から殴る! 歯を食いしばれよ!」
僕は、どんな条件が来ようが、安徳帝を一発は殴ると決めていた。安徳帝は僕の覚悟に
「その勾玉は
ガゴッ!!
「本当は一発じゃ足りないんだけれどな。詳しく話を聞こうか、
「痛い……。もう殴ったじゃないですかぁ…………」
僕は安徳帝を力いっぱい殴った。手加減なしだ。僕がいくら軟弱非力とはいえ、大人と子供の体格差があったのだ。僕のこぶしも痛かったけれど、安徳帝の頬も相当痛かったと思う。
「言仁くん、これはケジメだ。お前も今から神様になるんだから、これぐらいはきちんとやっておかないといけないだろう?」
「ちぇぇえっ。 おばばより口うるさいや!」
僕が大笑いをすると、安徳帝も痛いと言いながらも、結局笑ってしまっていた。これでもう貸し借りナシだ。
「タカさん、わたしが神様ってどういうことですか?」
「赤間神宮に行くことは聞いたんだろ?」
「はい。タカさんが減刑を訴えてくださったと聞き及びました」
「減刑を訴えたわけではないんだけどな……。まあそれはいいとして、お前が赤間神宮に還るってことは、祀られてたものが祭神に変わるんだから、それはもう神様になるってことだろ」
「ああ、そういうことですか」
「それに、
「生霊から死霊って、どっちがいいんだかわかりませんね」
「当人がそれを言うなよ」
二人(まあ安徳帝はまだ生霊だから人でカウントしていいだろう)でまた大笑いすると、僕はこっそり持ってきていたアップルパイと缶コーヒーを広げてやる。安徳帝はアップルパイを頬張ると、うまいうまい! を連呼するもんだから、僕は自分が食べようと思っていた分も彼にやった。缶コーヒーも、以前ロクが間違えてミルクたっぷりの甘口を買ってきたものが余っていたので、それを持ってきていた。
「うはぁ、今はこんなものがあるんですか! この食べ物も、飲み物も、すごい美味しいじゃないですか!」
「気に入ったなら、宮司にあいさつするときに言っとくといいさ。宮司は……、えーっと、
「わたしのために建てられた
「ああ、そうだよ。だから、もしかしたらここよりもずっと天国に近いかもしれないぞ」
「赤間神宮に戻されると聞いたときは少なからずショックでした。わたしはやっぱり霊界に居ることはできないんだなと。でも、タカさんの話を聞いてたら楽しみになってきました。ありがとうございます」
ひとしきり他愛ない話をした後、勾玉のことについて聞いてみた。
「で、僕の胸の中にまだあるのか? その勾玉」
「ええ。差し上げます。わたしも晴れてちゃんとした霊になるとのことですし、必要ありません」
「さっき殴る直前にお前がわめいていた、本物ってどういうことだよ? あと、天叢雲剣が使えるってのも聞きたいんだけれど……」
安徳帝が言うには、僕の中にある勾玉は、三種の神器の一つ『
「じゃあ、三種の神器の二つを霊界が所有しているってことになるのか?」
「まあいいんじゃないでしょうか? もともと神様が作ったもんなんだし、今や皇位継承にだけ使われていて、正しい使い方もあったもんじゃないですし……」
「そうだな。その辺りの判断はねこ父に任せるとしよう。ところで、『天叢雲剣を使う鍵』ってのはどういうことなのか、くわしく聞こうじゃないか」
「タカさん。ねこ父ってなんですか?」
「おい、そっちはいいんだよ! あれだ……、この霊界の大王だ」
「えっ!! タカさん……、大王様のことを『ねこ父』とか言ってるんですか? まさかとは思いますが、面と向かって『おいっ、ねこ父』とか言ってるんじゃないでしょうね」
「えっ、普通に言ってるぞ。あ、でも一応、敬語は使ってるけどな」
「まったく……。なんて畏れ多いことを……。呆れて言葉もありません」
「そんなに偉いのか? ねこ父……」
「まあ、わたしのことも『言仁くん』とか言うぐらいですしね……。そんな呼ばれ方したのは、あなたが初めてですし、殴られたのも生まれてからも死んでからも、あなた以外にいませんからね。たぶん、この先もそんな人間はいないでしょうよ」
「なんだなんだ! そんなに偉いのか? ねこ父……」
「もう、知らない方がいいと思いますけど……、聞きます?」
「いや、やめておこう。今さら改まって大王様なんて言えないしな」
安徳帝は無邪気に大笑いして、僕は苦笑いをした。
「で、八尺瓊勾玉ですけど、……」
「おお、それそれ!」
「まず、わたしを呼び出せます♪」
「………………。」
「なんですか! その反応!」
「いや、だって、あれだろ? あのホログラムだろ? 正直いらないけど……」
「あ、わたしのこと侮ってますね! わたしは日本で最後の正当な天皇になるんですよ!」
「その気持ちはわからんでもないけど、もう八百年以上経ってるからな。あまり効力はないと思うぞ。だいたいお前、自分でおばばにそう言ってたじゃないか」
「タカさん、ひどい……」
「富士の決戦で霊虎討伐の役に立つんなら、いくらでも呼ぶぞ」
「遠慮しときます……」
「だろ」
すべて本物の三種の神器が揃った状態で、天皇を継承したのは自分である。そして、その本物のうちの二つ、形代・天叢雲剣と八尺瓊勾玉を自分がずっと所有していたわけだから、その後の天皇は血統こそ引き継がれているものの、正当なものではない! そう言いたいのだろう。でも、もう歴史は進んでしまったし、今はそれで良しとされている。
安徳帝と、二位尼と、平知盛と。それぞれと戦ってみたり、話したりしてみて、僕は少しだけ『平氏の方が正しいことをしていた』というような見方もできるんじゃないかと、思えるようになっていた。残念なことではあるけれど、現世というのは常に『勝てば官軍』なのだ。勝利を収めた源氏によって作られた歴史を、僕らが学んできた可能性は大いにあり得るのである。富士の決戦で、もしも生き残ることができたなら、その辺りのことを安徳帝とじっくり話してみたい、そんな風に思った。
「じゃあ、気を取り直して……。八尺瓊勾玉は、天叢雲剣の本当の能力を引き出すことができます。攻撃、防御、自由自在です」
「すごいじゃないか! どうやるんだ?」
「思い描くだけで大丈夫です。もちろん霊剣ですので、霊力を扱えることが条件ですけど」
「まて! それは、相手が霊体でも人間でも関係ないってことか?」
「はい。攻撃面も防御面も両方とも対応できます。例えば、敵が刀で切りつけてきたとして、その刀が鉄でできたものであっても、霊圧エネルギーで形作られたものであっても、防御が可能です。剣技でカバーしてもいいですし、防御盾を構築してもいけます」
驚いた! 三種の神器といわれるだけのことはあった。
「ところがですねぇ」
「なんだよ」
「実際に八尺瓊勾玉と天叢雲剣を使った者もいませんし、その能力を発揮させたことは、一度たりともないんですよ」
「えっ?」
「八尺瓊勾玉と天叢雲剣を所有しているだけで、人を従えることができたからです」
「ああ、なるほど。そりゃそうだろうな」
「それと……、もうひとつ。こちらの方が重要なのですが、…………」
安徳帝は、頭を垂れ、目を瞑る。僕はじっと安徳帝を見つめる。それは、僕に今から話してもいいものなのかどうか? 思案しているようにも見えた。
ほどなくして、安徳帝は目を開け、僕の目を真っすぐに見つめて言った。
「八尺瓊勾玉と天叢雲剣は、初めてその真の能力を開花させた所有者だけが使えるようになっていますし、その所有者が亡くなったとき、その
「えっ? ええっ!?」
それは! 僕しか使えないってことか? そんなムダな使い方って……。いや、待て待て、落ち着け。そもそも安徳帝は天叢雲剣に封印されてたんだ。八尺瓊勾玉と一緒に。だから、最初の所有者は安徳帝だ!
「一番最初に使ったのはお前だろ? 天叢雲剣の中にいたじゃないか!」
「わたしじゃありませんよ。わたしを中に封印したのはおばあ様ですし、それは真の能力の開花でも何でもありませんから」
「じゃあ、初めて開花させたのって……、弓武士のときか……」
「違いますよ。あのときはタカさんの回復エネルギーを、天叢雲剣を通して飛ばしただけです。それに、そのときに八尺瓊勾玉を所有していたのは、わたしですしね。真の開花があったのは、知盛との戦いのときですよ」
「決定的じゃないか…………」
なんてことだ……。こんな失態があっていいのだろうか。宝の持ち腐れとはこのことを言うんだ。猫に小判の方がまだ有用だ。
「平知盛と戦う前に、僕はロクに『使ってみるか?』って言ったんだ。くそう! あの時に無理にでも渡しておくべきだった!」
僕がそう悔やむと、安徳帝は大笑いをした。
「なにが可笑しいんだよ。こんな悲劇はないぞ。僕みたいな一番戦いから遠いヤツがそんなすごい剣を持っても意味がないし、しかも僕しか使えないなんて悲劇以外の何があるってんだ」
「フフフフフ。本当に面白い人ですね、タカは。普通は大喜びするところですよ。
しかも、武霊キャスミーロークは使えなかったと思いますよ。だって、わたしが八尺瓊勾玉をお渡したのはあなたですから」
「ああ、そうか……。いや、あー……。あー……。僕が生きている間に誰かに所有権を譲ることはできるのか?」
「残念ながらできませんね。タカが初めて使う人で、タカが最後の人になります」
やれやれである。
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