第2話:反省会議のとばっちり
本当の反省会議が始まった。
「それでは、まず事前調査段階の検証からじゃ。事前調査と実際に
ねこ父の号令とともに、各所の面々が意見を述べる。
ひとつ目の内容については、まず、外からの観察で実情の把握をするのは困難であったということ。そして、形代・天叢雲剣の中にいた安徳天皇が狙われていたという状況にはあったものの、襲撃してきた周辺下級霊を安徳天皇の護衛が排除したり吸収したりして、結果的に地域一帯を鎮圧することに繋がっていたということで、問題なしという結論に至った。とはいえ、この状況を事前に把握することはできなかったかといえばそうではなくて、経過観察をすれば十分に把握はできたものであり、重要任務の事前調査では三日間の経過観察を行うことになった。
ふたつ目の内容については、二位尼霊の出現が不安定であったことはあるものの、怪しいとした井戸の調査も不十分に終わっていたため、問題ありとなった。特に井戸調査は半刻ほどの時間も要さなかったことを踏まえると、もう一歩踏み込んだ調査をしていくことが必要という結論に至った。二位尼霊の確認については、これも三日間の経過観察があれば発見できた可能性が高い、ということになり、ひとつ目の内容と合わせて、事前調査の経過観察調査は必須事項となった。
次の議題は、事前の準備状況についてだった。赤間神宮を拠点にしたところは、襲撃を受けにくい、宮司が協力的だった、ということで二重丸。事前の栄養補給や、事後の対応まで申し分なし、むしろ最高であったし、医療部のナムチも現地での回復薬作りが、静かで集中できる環境ということだった。逆にその環境がなければ、最後の回復薬は間に合わなかったかもしれない、ということらしい。
準備物としては、形代草薙手裏剣は別として、元々は風呂敷が大小各二枚ずつだった。ロクが追加で五枚依頼していたが、結局使用したのは当初あった四枚で、刀武士、槍武士、安徳天皇に二位尼をそれぞれ包んだ。だが、大量の下級霊の霊魂を魂送したのは
いろいろな事前調査での指摘を受けて、ずいぶんとしょげているウワハルを見たロクは、『あなたは瀬織津姫の交渉をしてくれたでしょう』とフォローをしてやっていた。前回のおやつタイムのときといい、ロクはウワハルがお気に入りのようだ。
また、井戸調査にあたっては、僕の視界が失われることがすっかり抜けていた。宮司に借りたヘッドライトと蓄光鱗粉については急場なものであったため、今後は技術部でその改善が進められることになった。
次は作戦人員について。まあ何はともあれサルメの応援に助けられた。サルメの能力も素晴らしかった。さすがねこ父である。霊殿に送られてくる大量の霊魂を知った瞬間に考えを巡らせていたのだろう。タイミング的にもあれ以上遅れるようなことがあれば厳しいものだった。
クーリエの駆け付けも助かった。遅れてしまったのは、クーリエ自身も任務が終わってからの移動であったのだから、仕方がないというものである。いずれにしても回復薬を届けてくれ、サルメを赤間神宮まで避難させてくれただけでも本当に助かったし、あそこでの余裕ができたおかげで僕も冷静に状況を把握することができたのだ。
暗部一体の援助を依頼したのはロクであったが、医療部一体の派遣要請をしたのも大きい。ナムチの回復薬各二回分もなければ僕らはダメだったであろう。最後の一回分はほぼ丸々余った計算だが、これも先ほどと同じで、余裕があってこそのあの結論、安徳天皇の思惑へ考えを及ぼすことができた。
まあ、つまり応援分はすべて丸々不足していたのだ。計画変更があったとはいえ、あまりにもギリギリであった。すこしでもこれらの奇跡のような歯車が狂えば、危なかったのだ。ナムチが厳しいひと声を発した。
「実行部隊の二柱と一名にもひとつ忠告があります。途中撤退をいつでも計画の中に含めておかねばなりません。今回はあなたたちの強硬にも問題があることを忘れないでください」
ナムチさん、おっしゃる通りです…………。
※ ※ ※
ここで再び休憩。会議もすでに三時間弱の長丁場となっていた。ここで、クーリエは次の議題に関わりが低くく、任務があるため離脱となった。僕は小腹が空いていたし、随分と頭を使って疲れていたので、アップルパイを作った。あらかじめ買っておいたパイシートにリンゴをレンジで煮詰めたモノを乗せるだけの簡単なものである。作っている間中、ロクが隣で熱心に聞いてくる。
「その変わった香りの香辛料は、なんですか?」
「ああ、これはシナモンって言うんだ。幹や枝をはぎ取って乾燥させたもので、古代エジプトから使われてるんだよ。まあその頃は薬とか儀式に使われてたって話だけどな」
「ふうん。甘い香りと、……苦い香り?」
「うん、そうだな。実際には、甘みとほんの少しの辛みある味だよ」
そういうとロクはぺろりと舐めてみる。
「あ、これは紅茶が合いそうですね」
「へぇ、ずいぶんと味がわかるようになってきたじゃないか。シナモンティーって紅茶があるぐらいだからな。あ、でも僕はコーヒーにしてくれよ」
コーヒーや紅茶といった飲みものはシャルが準備してくれた。ロクもシャルも、コーヒーや紅茶はもうすっかり上手に淹れるようになっていた。パイが焼きあがったところで、会議再開となり、食べながら進めていくことになった。ねこ父のは『にゃんプチクリスピー』というおやつタイプのカリカリで、相変わらずのスピード完食だった。
最終議題は、戦闘についてだった。
はじめは、やられたこと、受けた攻撃についてだ。最初に大打撃を受けたのは、やはり弓武士の弦を鳴らした攻撃。僕は、軽い脳震盪を起こし動けなくなったことを伝えると、ナムチが静かに話す。
「今の情報ですと、考えられるのは二つです。超音波によるものか、電磁波によるもの。ただし、それぞれ水中での動きは真逆です。超音波は水中での伝播速度が、空気中の約五倍になります。電磁波は水、とくに海水には吸収されてしまいますので、距離によって大きく変わってきます」
「僕は弓武士のときは吐いてしまうほどひどかったけど、平知盛のときは咄嗟に耳を塞いだおかげもあるのか、ほとんど影響はなかったんだ。お前はどうだったんだ? ロク」
「わたしはどちらかというと反対ですね。弓武士のときは一瞬影響はありましたが、それはどちらかというと史章、あなたの揺らぎが伝わってきて、わたしも共鳴してしまった感じです。あと、下からという想定外の矢の攻撃で封じられたのも動けなくなった要因です。それでも、比較的まだ余裕があったんです。平知盛の攻撃のときは、わたしは受けていて磁力攻撃と思いました。身じろぎひとつできませんでしたし、史章ともシャルとも思念会話もできませんでしたから。ただ……、磁力攻撃なら、その磁力を上回る力でねじ伏せればよいのですが、あの時はそれもできなかったんです」
ロクの話を聞きながら、シャルもうんうんと頷いていた。
「じゃあ、弓武士の攻撃が超音波として、平知盛の攻撃はわからないままか……」
ナムチが眉間にしわを寄せながら、考えを独り言で漏らすように言う。
「それなら、単純に磁力コントロールによるものか……。磁力のコントロールで相手の磁力を遮断するものをぶつける……。例えば鉄。うん、確かに鉄で覆えば、動けなくなる。他には…………」
と、ここでねこ父がまとめに入る。
「では、アルタゴスよ。その超音波攻撃と磁力攻撃に対する防御の方法を検討せよ。今回は磁力攻撃かどうか、今のところ定かではないが、それは今後も攻撃を受ける可能性があるということじゃ。特徴や仕組みで不明なことは医療部や情報部とも連携せよ。ナムチよ、それらの攻撃を受けた際、薬のようなもので回復を図ることは可能か?」
「現時点ではほぼ不可能です。ですが、初めから諦めるつもりはございませんので、研究を進めてまいります」
「うむ。よろしく頼むぞ。では、最後に攻撃についての反省じゃの」
まず、シャルが話しはじめる。
「形代草薙手裏剣はとても使いやすくて、よかったです。今回は本来の封印機能は使えていませんが、ブラッシュアップすれば、活用度はもっと上がるものと思います。現時点で既に希望が一つあるのですが、それは昇華機能です。今回はサルメさまや瀬織津姫に助けられたところが大きいですが、とくにサルメさまの昇華の技を私たち上級霊でも扱えるようになれば、戦いはとてもやりやすくなります」
「どうじゃ? アルタゴスよ」
「うーん。…………。とても難しいですね。上級霊の二柱とサルメさまの昇華では、そもそもの仕組みが違うのではないでしょうか? お二柱は、自己エネルギーで霊の分解をしていらっしゃいますよね。大量の霊を昇華するには、単純に大量の自己エネルギーが必要になります。ですが、サルメさまは少ない自己エネルギーで大量の霊を昇華できているとするならば、もうそれはわたしの知る方法論ではございません。サルメさまにご協力を得られない限り、……、得られたとしても解明できるかどうかわからないぐらいです」
「ふうむ。サルメの協力のぅ。そこからが難問じゃのぅ…………」
ねこ父にしてはずいぶんと険しい表情をしている。
「なにが大変なんだ?」
小声でロクに聞く。
「審判所は独立組織ですから。というよりもふつう接触はないんです。わたしもサルメに会ったのは今回で三回目ですから」
「わたしは百年ぶりですよ」
「まあ、あと、お父様はお母様に頭が上がらないですからね。ふふふ」
「なんで上がらないんだ?」
「さあ、理由まではわかりませんけど、力関係はお母様の方が上ですね」
「ふうん、それは尻に敷かれてるってことだな」
これはもう絶望的だな、とそう思ったとき。
「よし、タカよ。おヌシがサルメの協力を得てまいれ」
とんだとばっちりが来たゾ!
「僕は人間なんですが……、審判所に立ち入りできたりするもんですか?」
「恐らく大丈夫じゃ。ホレ、おヌシは『にゃんちゅるちゅる』という強力な武器を持っておろう」
「………………。」
「なんじゃ。不満か?」
「いえ、……。善処します……」
やれやれである。
「ところで、形代草薙手裏剣なんだけど、ロクやシャルが入ることはできるのか?」
「入れますよ」「入れます」
「じゃあ、弓武士に射抜かれてた時に、そこから離脱するために入ることもできたのか?」
「それはムリですね。あの矢は思念、つまり磁力で形成されたものです。こちらの動きそのものを封じたものです。史章が天叢雲剣で攻撃、というか回復エネルギーを飛ばしたときに、相手の集中が途切れたのでムリヤリ引きちぎったんです」
「うーん、じゃあ、あまり意味はなさそうだな。もう少し戦術の幅を増やしておきたいんだけどなぁ」
と、シャルが何かを思い出したのか、いつもより大きめの声で興奮気味に割り込んできた。
「そうそう! タカのあのラスボスを討った時のは何だったんですか? わたしはあの時、動けずにいたのですが意識はあったんです。横目で見ていて、タカが危ない! と思った瞬間に青白い閃光が敵を貫いたんです」
「うん、残念ながらシャル、僕もそこんところ記憶があいまいなんだ。刺されて意識が朦朧としていたのと、無我夢中だったのと、そのあと意識を失ったもんだからさぁ……」
「わたしもシャルと同じ光景を目にしていますが、全く見当がつきませんね」
ロクがそう言うと、すっかり落胆してそれまでほとんど会話をしていなかったウワハルが口を開く。いや、正しくは端末から声がする、だ。
「では、皆さんの記憶を取り出してみましょうか?」
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