第5話:弓の使い手



 ひとまず海底まで上がることにした。視認性をよくするためだ。僕も地中よりは、まだ動ける。


 戻っている途中で、形代・天叢あまのむら雲剣くものつるぎのレプリカを二本拾う。安徳天皇の対応役はすっかり僕ということになり、形代・天叢雲剣も僕が運んでいた。なるほど確かに本物とレプリカは全然違うものだった。レプリカは普通のつるぎである。普通の剣なんて言ってしまうと身も蓋もないのだけれど、つまりは長い包丁を持っているような感覚だ。

 だが本物は触った瞬間にビリビリきた。これが霊圧エネルギーだというのなら、とんでもない気がする。僕はロクの攻撃、シャルの攻撃を知っていて、二柱の攻撃を受けたことさえある。その二柱の持つ霊圧エネルギーとは比べ物にならないほどに大きな力を感じるのである。


 でも、これが形代・天叢雲剣の力によるものなのか? それとも中にいる安徳天皇を含めた封印によるものなのか? それはわからなかった。前者であれば、もしかすると今からの戦いにおいても、この剣は活躍できるかもしれない。が、後者であったならば、とてもじゃないがヤバいことになる。


(いやあ、やっぱりどう考えても後者だろうなぁ、これ……)


 僕はとんでもない提案を、またやってしまったのではないだろうか。本当に、ロクとシャルの力、それに僕の少しばかりできる回復を加えたとして、ちゃんと勝てるのか? この剣の中の霊圧エネルギーと戦うとするなら、勝てる可能性なんてこれっぽっちも見いだせないぞ。



「史章よ。ひとつ約束をしようぞ」


「なんだ」


「最後の最後まで、命尽き果てるその時まで、絶対に諦めるな。尽きてさえ、諦めるな」


「………………」


「よいか」


「わかった。僕が言い出しっぺだ。それに、……、その約束だけは、僕にもできることだしな」


「よかろう!」



 おおかた、ロクが僕の心の内を見たのだろう。そして、勇気を持てと言っているのだ。そうだった。僕はお前を死んでも守ると誓ったんだ。打算したところで意味はないんだ。


 海底に着く。安徳天皇が、また形代・天叢雲剣から上半身だけ、ホログラムのように顔を出す。



「それでは、まず、弱いのを二体出します!」



 そういうと、安徳天皇は黒いもやを、口から二つ吐き出す。

 僕の目の前で、黒い靄はみるみる大きくなり、やがて刀を持った武士と、槍を持った武士とに姿を変える。おぞましい怨念。解き放たれた怨霊武士の二体が雄叫びのように怨念をまき散らすと、周囲が一気にざわめきはじめる。隠れ潜んでいた下級霊どもが、わらわらと、水を得たかのように出てくる。

 僕は、形代・天叢雲剣とともに大きく後方へ弾き飛ばされた。シャルが慌ててそうしたのであろう。僕と怨霊武士の間に、ロクとシャルが割って入る。ロクは刀の武士と、シャルは槍の武士と、それぞれ対峙した。



 最初に仕掛けたのはロクだ。右腕を、指先だけではなく腕全体をライフルのように変え、左腕は刀に変え、先ずはライフルで一発お見舞いをする。さっきマシンガンで放った黒い光の五倍ほどの大きなサイズだ。刀武士が左腕で防御をするが、その左腕が吹き飛ぶ。やはり飛び道具があるのは強い。が、刀武士はお構いなく右手に持つ刀を大きく振りかぶると、ロクに切りつけにかかる。ロクはひらりとかわし、上に飛ぶ。その飛んだロクを、あろうことか! 刀武士はでロクの右足を掴んだ! 刀武士の左腕は、



「やはり、この程度の力ではダメじゃったか。仕方ない、接近戦じゃし、こちらにするか」



 ロクは右腕のライフルを短いロケットランチャーのような形状に変える。刀武士は、かわされて振り下ろした刀を、そのままそこから振り上げて、ロクに切りつけにかかる。右足を掴まれているロクは、切られるが早いか、ロケットランチャーを刀武士の頭にめがけて打ち込んだ!


 刀武士の頭で爆発が起こり、上半身が吹き飛ぶ。ロクの右足を掴む手が緩み、ロクはするりと抜け出すと、そのまま前回りで一回転して、今度は左手の刀で上から切りつける。一刀両断!

 刀武士の上半身から下を真っ二つに切り裂いた。海底に着地したロクは、間髪を入れずに左手の刀で今度は横一閃、刀武士を四つ切にする。抜け目のない、油断のない、隙のない連続攻撃。そしてそのまま、元に戻した右手をかざし、あの黒炎を放つ。黒炎は、霊蛇のときと同じように青い炎を上げて、刀武士を燃やしていく。

 よしっ、こうなれば、あとは敵の霊圧エネルギーを削って終わるはずだ。圧倒的じゃないか。行ける気がしてきたぞ!


 シャルの方は大丈夫か?

 そちらを見やろうとした時、下級霊が僕に近寄ってきているのが目に入る!


(うわっ! 来やがったか!)


 あらためて自分の周りを確認すると、足元にも何体か、地面から湧き出てこようとしていた。思わず力を込めて踏みつける。プシュっとつぶれると、黒い煙に変わった。昇華させる前の形態だ。よしっ、これで行くぞ! 地面から這い出てくる下級霊を、モグラ叩きのように踏みつける! 踏みつける! 踏みつける!

 が、顔を上げると、水中を舞う下級霊が一斉にこちらに向かってきているじゃないか!


(ヤバい!!)


 そう思った瞬間、黒い光がレーザービームのように僕の目の前を横切る。そのレーザービームが下級霊に触れると、一瞬で消滅した。レーザービームが発せられた元をたどると、形代草薙手裏剣であった。

 シャルが左手のてのひらを上に掲げ、その掌から十センチメートルほど浮いたところに形代草薙手裏剣がある。シャルは形代草薙手裏剣を回転させ、剣先の四方から発せられる黒い光を超高速で連続射出して周囲にまき散らしていた。その超高速連続射出がレーザービームのようになっていたのだ。そうして、辺り一帯に近寄ってくる下級霊を一掃した。



「ありがとうシャル」

「油断しないでください。打ち漏らしもありますから!」



 確かにだ! 脇からスルスルとすり抜けてきた下級霊が一体、こちらに近づいてくる。僕はレプリカ天叢雲剣を右手に構え、タイミングを合わせて切りつける! 袈裟切りにした下級霊は、見事、黒い煙になって上がっていった。


(僕も、なんとか戦えるじゃないか!)


 自分の身を自分で守れるかもしれない。ロクやシャルの負担を軽くしてやれる!


(よし! やるぞ!!)

(痛っ!?)


 左足に激痛が走る。ふくらはぎだ。見やると、這い出てきた下級霊が噛みついていた。

 やられた! それでも、痛いけれども、頭から刺し殺す。こんな痛みは大したことない。ロクに、腕や足を散々切断されたのだ。あのとき、何度失神したか、まったく。まあそういう訳で、あれに比べれば、なんてことない。それよりも、ちょっと自分もできると思って、いい気になったらこれだ。もっと注意力を上げる。周りに集中する。


 もう一度、ロクとシャルの方に目をやると、刀武士も槍武士も、もうその姿かたちはなく、小さな黒い塊になっていた。小さな風呂敷に、それぞれを封じ込め、ロクが放り上げると、スッと消えてなくなった。霊界へ送りつける魂送をしたのだろう。二体討伐完了である。

 気になるのは、霊圧エネルギーの消費具合だ。二柱とも一回と半分を消費していた……。


 二柱で三回分。僕が作り出せるエネルギーは残り二回分になる。ギリギリ足りない計算だ。だからといって、僕に何かできるわけでもない。すこしでも良質な、とはいっても何が良質で何が不良質なのか、結局分からないままなのだけれど、だからこそ、もう、気持ちを入れるだけだ。



「フル回復するぞ!」



 すこしでも丁寧に、きっちりと、いいものを! お前たちの力になってくれ!


 そう思いながら腹に気を溜め、綺麗に整える気持ちを込めて、ロクとシャルに渡す。二柱の表情から疲れが消え、悪意の気がみなぎる。背筋が凍るような戦慄。いつの間にか、こいつらの悪意の気が、僕には心地よいものになっていた。ロクと約束をした。諦めてなるものか!


 安徳天皇が、ひょっこりと顔を出す。間抜けな感じに聞こえるかもしれないが、その通りなのだからしょうがない。まあやはり、まだ子供なのだ。



「いかがしましょうか? 二体、同時に行きますか? ここからは一体ずつ行きましょうか? 当然ですが、先ほどよりは力の強い怨嗟えんさを持っております」


「うむ、手間はかかるが、一体ずつの方がよかろうな。シャルはそなたらも守らねばならんからな」


「わかりました。今度は放出する位置を、そちらの方にできないか、やってみます」



 そう言うと安徳天皇は、大きく息を吸い込み、プゥーっと勢いよく吐き出す。黒い靄は二柱のいるところまで吹き飛んだところで、形を変え大きくなっていった。姿を現した武士は、すぐに後方へスッと移動し、ロクとシャルとの距離を開ける。その移動をしながら引いていた矢を二本、同時に放った。矢は、ロクとシャルにまっすぐ向かう。今度は相手も飛び道具だ!


 ロクは左手を再び刀に変えて、シャルは手に持つ形代草薙手裏剣で、それぞれ矢を薙ぎ払う。と同時に、接近戦に持ち込もうと間合いを詰め寄る。弓武士は詰め寄られまいと、再び矢をつがえ、二本打ち込む。同じくロクとシャルは薙ぎ払う。が、今度は薙ぎ払った矢の影から、新たに矢が二本ずつ、二柱を襲った。影矢だ!

 影矢はこれまでと違って距離がない。二柱とも薙ぎ払う余裕がなかった。しかもその二本は周到に計算されていて、高さを変えてそれぞれ二柱を襲う。上下に避けて間合いを詰めようと突き進めば、一本は避けることができたとしても、もう一本は喰らうことになる。左右にステップを踏めば、もちろん矢をかわすことはできるが、間合いは広がってしまう。


「横にギリギリかわすぞ!」


 ロクの思念会話が、僕にまで届く。本当にギリギリなのだろう。しかし、シャルとの息はぴったりだ。シャルはギリギリ左に、ロクは左足をかすめるほどもっとギリギリ右に、それぞれ軽いステップで矢をかわすと、間合いを詰めるべく踏み込みを入れる!

 が、それは罠だった。ちょうどロクとシャルが前のめりに進んだところに、上部から矢の雨が降り注ぐ! 一本ずつとかではない。百本ぐらいはあるだろう、という数の矢が、二柱の頭上にあった!



「ロク!」「シャル!」



 僕が声を発する前に、僕の心の内が伝わったのか、叫んだ時には、すでに二柱は頭上を見ていた。ロクはさらに右に、シャルもさらに左に、それぞれ横っ飛びになり、頭上にある矢の雨を回避すると、そのまま大きく回り込んで弓を持つ武士を挟み込みにかかる。

 詰将棋のように手数てかずを計算して射ていた弓武士は、頭上の矢を回避され、なぜバレたのか? 原因を探るように、声を発した僕を見た!


(ヤバい、バレた!)

(僕をターゲットにして襲ってくるに違いない!)


 武士は、僕に向かって、弓を引く動作をする。ロクとシャルが左右から挟み込みに向かっているが、間に合わない。いや、矢がない! 武士は弓を引いているだけで、

 ロクとシャルは、弓武士が僕に攻撃する前に、左右から切りつけにかかろうと速度を上げる。

 ロクは刀を、シャルは草薙手裏剣を振り上げ、その間合いに到達しようとした、そのとき!!




 武士は、




 ゔっ!!


 視界が揺れる。

 脳が揺れる。

 平衡感覚が失われる。

 ひどい船酔いのようだ。


 僕は嘔吐した。


 何が起こったんだ? 朦朧もうろうとする中で、ロクとシャルも体制が揺らぐのがわかる。だが、二柱は進んできた勢いでそのまま切りつけにかかる。動きがまるでスローモーションのようになったその時、二柱の足元から何十本もの矢が刺さる!



(ロクっ!! シャルっ!!)



 声が出ない! 声にならない!



(回復してやらないと! 回復してやらないと!!)

(僕にしかできないんだ!!)



 回復したいのだけれど、目が回り、頭がぐらぐらして、

 気を集めることなんかできやしない。

 気がく。焦る。

 いや、落ち着け!

 少し、少し集中するんだ。


 何もかもがぐるぐるしている中で、腹に力を入れる。

 ちっとも力が入らないけれど、それでも入れる。

 気を溜めようと、無理をする。

 また、嘔吐した。

 そして、僕はその場に倒れこんだ。

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