第2話:龍神・瀬織津姫
—— 少し前、赤間神宮拠点 ——
史章とシャルが井戸調査に出ていき、ワシはようやく一息つけたのじゃった。
(危ないところじゃ……、余計な心配をさせるところであったわ)
関門海峡という所は、想像を超える下級霊の数じゃった。もう、この地域全体が霊だまりと申してもよいぐらいである。思わず動揺してしもうて、シャルと史章にそれを悟られぬよう、慌てて戦闘モードに切り替えたほどじゃ。
ワシの動揺が皆に伝わってしもうては、極めて簡単に終えるはずの作戦もほころびが生じ、失敗してしまうやもしれぬ、そう危惧して、少し落ち着く意味でも霊殿に荷物を取りに行くと申した。が、渡りに船とはこういうことを言うのじゃろう、シャルがちょうど先んじての井戸調査を申し出おった。一人になれる時間ができたことは、本当に助かった。調査を提案したシャルを褒めてやりたいぐらいじゃ。史章を一緒に送り出したのは、もちろんワシの動揺の影響を受けんで欲しかったことと、シャルとの連携行動の慣れにちょうどよいと思うたからじゃ。なにせ練習はしておるが、実践は一度もないからのぅ。
さて、なにはともあれ、アヤツらがおらぬうちに下見をしておこうぞ。史章とシャルが赤間神宮を離れたのを確認すると、すぐに霊殿に直接思念を送る。
「父上、今、よろしいか?」
「ああ、ロクか。なんじゃ、さみしいのぅ。にゃん師匠はどうしたのじゃ」
「父上っ!」
「わかった、わかった。そう怒るな。どうじゃ、現地の様子は」
「思った以上にひどうございます。地域全体、ギリギリ耐えているという状況にございます」
「そうか。して、どうした」
「はい。追加の支援のお願いでございます」
「必要な分を申せ」
「はい。風呂敷大五枚追加、医療部から一体の派遣、あとこれは……、可能であれば暗部からの一体の派遣をお願いしたく存じます」
「そんなにか。……。おヌシがそこまで申すなら、そういうことじゃな。よかろう、風呂敷五枚と医療部からは簡易医療キットを持たせて一体遣わす。暗部一体については、今出払っておるでのぅ、戻り次第ということになりそうじゃ」
「ありがとうございます。あの……」
「なんじゃ? 申せ」
「簡易医療キットの中に、念のため、依代の……、史章のものもお願いしたく……」
「そうであったの。安心せい、伝えておく」
「ありがとう存じます。今現在、シャルガナと史章が、先んじて井戸の様子を見に行ってございます。わたくしもこれより現場周辺の視察に参ります」
「あい、わかった。くれぐれも気を付けてのぅ」
「はい。では、行ってまいります」
やはり暗部一体、急に回せというのはムリがあったか。仕方あるまい。今のところは、あくまでも下級霊がそこいらじゅうにいるというだけのことじゃから、まずは史章とシャルが戻るまでに現場の視察をするとしよう。
意識を関門橋の中央上部あたりに集中させ、その空間を引き寄せる感じじゃ。空間移動はそれで完了、たやすいものじゃ。
さて、関門橋上部からの眼下にはすでに
「ウワハル、ウワハル! ……。聞こえておらぬか? ウワハル!!」
「えっ、あっ、はい? えっ? キャス姉ですか?」
「いかにも、ワシじゃ。何をしておるか。作戦直前であるぞ」
「キャー!! 武霊のキャス姉だぁーー!!」
えらく喜んでおるようじゃ。まったく、可愛いやつよのぅ。
「すみません、キャス姉。取り乱してしまいました。どうしましたか?」
「うむ。今、関門橋の中央におるのじゃが、右手……、九州の側に神社が見えておる。その神社を調べて欲しいのじゃ。内容次第では使えるやも、と思うてな」
「すぐに調べます」
「繋いだままにしておく、纏まったらいつでも申してよいぞ」
そういうと、ワシはそのまま下降して作戦現場へ向かう。海の中に入ると、ちょうどある地点を中心にして、同心円状に下級霊が増えていくのが、よう見て取れた。どうやらあの中心が、鎮圧封印をしている場、すなわち形代・
ふむ、確かに、鎮圧封印の霊圧エネルギーは弱まっておるようだ。これであると、形代草薙手裏剣に移せるかどうか? 移せたとして鎮圧封印の効果が維持できるかどうか? 効果が維持できたとしていつまで持続できるか? ちっ、まったくもって問題だらけじゃ。
と、ウワハルから思念会話である。
「キャス姉、大丈夫ですかぁ?」
「よいぞ、申せ」
「その九州側にある神社は、
「それは、もうよい。内容は?」
「はい。祭神は
「うむぅ……。穢れを祓う……。禊……。月……。潮の満ち引き……。導くというのがあったか?」
「え、あ、はい。潮のコントロールから、船を導く、行く先を導く、となっております。転じて、終焉の導きとなっていますね。導きの神というのもあります。あと、瀬織津姫を祭神とする神社は、この和布刈神社以外にも多数あります。祓神はもとより、水神、龍神というのもありますね」
「ふむ。基本は水の神じゃろうな。終焉の導きのところで、なにか特別なことはあるか?」
「はい。下界では人間の死に関する内容の取扱いが多く、評判も高いようです。相続、葬儀から供養まで幅広く……、あ、関門海峡での海洋散骨? もしているようですね」
「ということは、昇華が出来そうじゃの。よしっ! ウワハル、霊殿より協力の命を出せ。これより下級霊の掃討を行う故、昇華を手伝えとな。ただし、形代・天叢雲剣の回収については伏せておけ。地域を見守る神とあっては、あまり気分のいいものではなかろう。あとで父上にうまく纏めてもらうとしよう」
「わかりました。さっそく取り掛かります!」
(ふぅ。あとの面倒ごとは父上に任せるとするかのぅ)
しかしまあこれで、少しは戦いやすくなった。ワシ自身も、此の地へ来たばかりの焦りや動揺は消え、落ち着きを取り戻せたのが、ようわかった。史章が『段取り八分、仕事二分』とやかましく言っておったのを思い出す。アヤツの言うことも一理ある。戻ったら少し褒めてやるとしようぞ。
※ ※ ※
僕とシャルが赤間神宮へ戻ると、ロクは瞑想していた。真剣な面持ちは作戦のシミュレーションでもしているようだった。お互いの調査報告を行い共有をする。ロクが多くの事前準備の追加を行っていたことには少々驚いたのだが、こいつもやはり、やるときはやるんだなと少し見直した。
「よし、時間じゃ。参ろうぞ!」
僕も気合を入れる。ロクとシャルは霊圧エネルギーを一気に高める。僕にとっては少々懐かしいのだけれど、あの恐ろしい、戦慄に震え動けなくなるような霊圧だ。ビリビリ来る。霊蛇のときも頼もしかったが、今回はシャルもいる。今度こそ大船に乗せてもらえそうだ。
ロクの表情は、霊蛇対戦のときから少し変えていて、瞼全体には紫の、目尻には赤のアイシャドー、頬には濃い赤のファンデーション、それに深紅の口紅。ずいぶんと洗練されていて、かっこよく、強そうになっていた。まあ実際にはコスメを使ってるわけじゃないんだろうけど、どちらにしてもだ、お前はいつ勉強したんだよ!
シャルの方はというと、ロクと似たような化粧で、青を基調としていた。瞼は同じく紫、目尻はダークブルー、頬には濃紺から青に変わるグラデーションだ。蒼い色の髪によく似合っている。
「お前たち、二柱で示し合わせたのかよ。その化粧」
「よいであろう。一掃するには、まずマウントを取らんとな」
「お前はいつから、形から入るミーハーになったんだよ……。まあ、前よりは断然いいけどな」
「うむ。気に入ってくれたようじゃな。では、気合いを入れてゆくぞ!」
ちょうど目標の形代・天叢雲剣がある上空まで来ると、僕を挟んで、ロクとシャルが背中合わせになり、二柱は十本の指先をすべて銃身のような形状に変化させた。体制が整ったところで、ロクが大声で呼びかけをする。
「
「聞こえてございます。武霊キャスミーロークさま、お初にお目にかかります。瀬織津姫にございます」
声のする方に目をやると、羽衣を纏った美しい女神がいた。ロクから月や水の女神だとは聞いていたが、その姿は、見るからに女神であった。僕の纏う改良された羽衣ではなく、よく目にするフワリとしたあの羽衣だ。ただ、肩から
しかし、神様に対してのあのロクの物言いは、どういうことだ。下級霊よりも先にマウントを取っているじゃないか! ん? ロクは女神よりエラいのか? うーん、……うーん、……。
「今宵は急に呼び立てて、すまんかった。足労痛み入る」
「とんでもございません。武霊キャスミーロークさまのお役に立てますること、光栄に存じます」
「これより一帯の下級霊の掃討に入る。そちには昇華を願いたい」
「すみません。武霊キャスミーロークさま、わたくしは昇華することはできません。できるのは、霊魂を霊界へ送り届ける、
「なに? 魂送じゃと? うーむ、やむを得んな。霊界は混乱するであろうが、まあそこは父上に任せるとするかのぅ。では、瀬織津姫。魂送を頼むぞ」
「お任せください」
昇華と魂送と、どういう違いがあるんだろうか? そんな風に思っていると、シャルが僕の疑問を読み取ったのか、小声で教えてくれた。昇華は、以前ロクも言っていたように霊体の死であるのに対し、魂送は霊魂を霊界に送るだけらしい。つまり、黄泉列車や風呂敷で霊界に行くのと同じだそうだ。審判所で仕事の割り振りを受け、言ってみれば霊界の住人となるのである。確かに、一度に大量の霊魂が送り付けられるのであれば、霊界の混乱は必至である。
そうこうしているうちに、瀬織津姫の準備も整ったらしく、ロクが掛け声をかける!
「参るぞっ!!」
ロクとシャルが一斉に射撃を開始する。例の、黒い点を青白い稲妻で覆った、黒い光だ。
まるでマシンガンで弾幕を張るかのように、上空から海に向かって連射していく。シャルも、いったいいつロクに教わったのか、ロクと変わらない、とてつもないスピードで射出を続ける。武霊の二柱は、僕を中心として背中合わせのまま、ゆっくり回転していく。ロクとシャルが指先から放った先では、黒いモヤモヤしたものが煙のように浮かび上がってきていた。
すると瀬織津姫が、その姿を龍に変え、海面の方に降りていく。黒いモヤモヤの煙の上を、龍のそのゆらゆらとした動きで辿っていくと、黒い煙は透明に近い淡い水色の光に変化してゆく。魂送とやらをしているのだろう。それは唖然とするような、とても綺麗な美しい光景だった。
四、五分も続いただろうか。何万という透明の淡い水色の光が、
気づけば、ロクもシャルも少し小さくなっていた。少女の姿ではないが、一段階分の霊力を使った状況だ。慌てて僕は腹に力を込め、気を集める。そして、それをロクとシャルに放出してやる。二柱とも元の姿に戻った。残りはあと、四回分だ。
「ひとまずは、こんなものじゃろう。いよいよメインの任務と参ろうぞ!」
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