地元PR型Vtuberが俺なわけ無いだろう!〜俺も町も友達も皆変人編〜

@shinoujp

第1話Vtuberの日常始めました

 とてもカラフルな空間の真ん中で一人の美少女が歌い、踊り、叫びながら無駄にいい笑顔ではしゃいでいた。


「と、言うことでアサガオ市の新規ラーメン店「味噌一筋」は味噌ラーメン専門店なだけあり、味噌しかメニューがないけどとても美味しいんだよ! 私もついつい食べ過ぎちゃって胸のお肉が増えちゃって……あ、今、スパチャありがとうございます! じゃあ今回の配信はここまで! このチャンネルが面白いと思った人はチャンネル登録とグッドボタン。そして味噌一筋でラーメンを食べに行ってね! それでは!」



 プツンッ……



「ふぅ〜〜……」


 ヘッドホンを取ると朝霞大地(あさかだいち)は深いため息を吐き、椅子の背もたれに崩れ落ちる。


「今回も上手くいったぁ……」


 モニター画面に映るYouTubeの視聴数を見て、ふと笑う。


「味噌一筋にお客が入るといいなぁ」


 ぐぅ〜〜……


「腹減ったなぁ……なにか買いに行くか?」




 町の静かな空気が彼の感傷的な精神を穏やかにしてくれる。


 彼の名前は朝霞大地(あさかだいち)。


 大学中退後ふらふらとニートをしながら気付いたらこの街、アサガオ市の地元PRするだけの迷惑系Vtuber「ハイドレンジア」をやっている25歳のフリーターだ。


 文字通り、夢もない。希望もない。仕事のやる気もない。


 負け犬を絵に描いたような人生だがこのアサガオ市はそんな彼を受け入れてくれた。


 五年前、色々あってこの町に流れ着いた時は死ぬことすら考えていた彼を人も町も優しく受け入れてくれた。

 だから恩返しがしたい。

 出来てるか知らんけど……


「うん?」

 コンビニまでの距離を歩いていると夜中の田舎町に相応しくない喧騒に目をこらしてしまう。


「あの行列は……「味噌一筋」の店じゃないか」


 行列の出来る店の看板に「ハイドレンジアの動画を観た人は卵をサービス」を掲げられ、さらに外の行列には街頭モニターばりの大きなタブレットにさっきまで自分が配信していたVtuberの動画が流されていた。


「……ふっ」


 ちゃんとか宣伝になっていたのだなと自己満足感が心を支配する。


 でも出来れば動画は使用許可を取ってほしいものだと思ってしまう。


 まぁ彼も許可なく勝手に店を宣伝してるからおあいこか?



 ぐぅ〜〜……



「……ラーメン食いてぇ」


「あれ、朝くんも動画観て来たくち?」


「うん?」


 腹に目が向かっていた視線をそっと上げる。


 そこにはかなり胸の大きな可愛い美少女が笑顔で手を振っていた。


「天川(あまかわ)さんじゃないか……」


 ニコニコ顔で近づいてくる天川あゆのご尊顔に彼は目をそらしながら返事を返す。


 美人は苦手だ……


 そんな彼に気に求めず天川はトテトテと可愛らしい足音を立てながら近づいてく。


 ちょうど頭一個分の身長差のせいで胸の谷間がもろに視界に入り、目が上を向いてしまう。


「エッチ……♪」


 面白がってるのか天川さんは楽しげに苦笑する。


「そんなことよりも朝くん、ハイドレンジアの動画を観て、ラーメン食べたくなったんでしょう?」


「ハイドレンジアって……あの非公式のアサガオ市の地元をPRするVtuberだっけ?」


「そっっっっっの通ぉぉぉぉぉりッッッ!」


 ビシッと指差され、後退ってしまう。


「五年前に流星のように現れこの街、アサガオ市を宣伝してくれる謎の美少女アイドルVtuber! ハイドレンジアを知らない人はモグリだよ、朝霞くん!」


「それは申し訳ない」


 本人だけどな……


「でもさすがハイドちゃん! 配信終わってまだ三十分も経ってないのに味噌一筋の行列が凄い。急いて来たのにもう入れそうにないね?」


「また今度来ればいいだろう。あの調子なら長続きするよ」


「天下のハイドちゃんに宣伝してもらったんだから潰れでもしたら私が呪うよ」


「過激派……」


「仕方ない。私の行きつけのお店に行こう! 奢るよ!」


「付き合うの前提なんだな……」


「どうせ暇でしょ!」


「……」


「ささ、行こう!」


「て、手を引っ張るなよ……」


 転ばないよう足を進めるも万年運動不足の男の足には若い女の子の足には追いつけないらしい。





 アサガオ市でも随一の繁華街、「キツネ通り」。


 夜八時を過ぎると人の波もまばらになり、どこか寂しい雰囲気とそれを壊すような辺り一面のハイドレンジア一色のレイアウトに目がチカチカする。


 やべぇ帰りてぇ……


「いい空間♪」


「地獄の間違いだろう」


 町のあっちこっちにハイドレンジアグッズが展開しており、ガチャにマスコット人形。個人制作の同人誌(R-18)に警察服を着たハイドレンジアの縦看板まである。


 なんか本当に地獄に見えてきた。


 確かに著作権をフリーにしてるがまさか地元警察までハイドレンジアを使ってるのは流石に引くな。


「そもそも朝くんがハイドレンジアに興味なさすぎるんだよ! ハイドちゃんがこの街にどれだけ貢献してるがわからない訳ないでしょうがぁ!?」


「無許可で街の店の名前を晒す迷惑系じゃん」


「さては嫉妬してるんでしょ〜〜? 同じ時期にアサガオ市デビューしたのに人気が明暗がついたから!」


「勝手に言ってろ」


「まぁまぁ! いいものを見せてあげるから!」


「……」


 キツネ通りでも取り分けハイドレンジア色が強い……まるでコラボカフェのような店の中に引きずり込まれるとそのまま天川は店内の奥に引っ込み、すぐにとんでもない格好で現れる。


「じゃぁぁん! どうよ、今月はハイドレンジアコスチューム強化期間で看板娘天川あゆちゃんがハイドレンジアとして接客してあげる! なんと朝くん限定で!」


「人を指差すなよ……」


 なにかの拷問か?


「じゃ、朝くん、作りおきの冷めたオムライスをあぁ〜〜んしてあげる!」


「結構だよ。て、スプーン返せよ……」


「記念すべきハイドレンジアが初宣伝した元祖のお店、天川カフェ特製ハイドレンジアオムライスをご賞味あれ! はい、あぁ〜〜ん!」


「……ぱく」


「色気無い食い方しないでよ!」


「冷めてる上に具材の切り方がバラバラ……余り物で作ったでしょう」


「うん、最初から君に食わせるつもりだったから味には拘らなかったんだ。廃棄するくらいなら貧乏人の腹に入れたほうがボランティアになるでしょ!」


「怖いところに出られても知らんぞ。食うけどさ……」


「ツンデレな朝くんが大好きだよ!」


「人はそれを都合のいい人だと言うんだよ」


「えへへ……♪」


「……ぱく。もぐもぐ、まずい」


 この街は彼を受け入れてくれた。


 そしてもう一人の彼、ハイドレンジアをもっと受け入れてくれた。


 これはそんなちょっと変わった街の変わった彼の日常の物語だ。

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