第66話 薩埵峠

 甲斐からは勝頼を大将に、武田軍一万五千が富士川を下っていきます。途中まで蒲原氏高が出迎えに来ていました。蒲原氏高は桶狭間で討ち死にした蒲原氏徳の養子で、蒲原城代を務めています。元々は今川家の血筋ですが、桶狭間以降あまり優遇されておらず、今回の誘いに乗ったのです。


 今川氏真は、三河をずっと放っておきましたがそれは、駿河、遠江内で徳川と通じているという噂が立った武将たちを粛清するのに忙しかったのです。曳馬城主の飯尾連竜、井伊谷の井伊直親、この2人の武将は実際に徳川に通じていたかはともかく、氏真に殺されてしまいました。氏真は臆病な性格だったのでしょうか?信じれる者が少なかったのです。そして最も信じているのが同い年で幼馴染の朝比奈泰朝です。朝比奈は今、今川館の留守を守っています。


 蒲原氏高は100人の兵を連れて勝頼達を出迎えました。


「蒲原氏高にございます。蒲原城を明け渡しに参りました」


 勝頼は穴山と馬場の顔を見てから、


「伊那勝頼である。蒲原殿、立派な心がけである。蒲原城へは小山田殿の兵をいれさせてもらう。そこもとは興津、由比の国衆を集め北条に備えてもらおう。小山田殿の指示に従うように。それと駿府までの道案内を頼む」


「小山田信茂である。なーに、心配なされるな。戦が終われば城はお返しいたす」


「ありがたきお言葉にございます。由比殿は三河へ出陣しておられますが、武田様がご出陣の際はお味方するよう居留守の者が言付かっておりますのでご安心ください。由比殿につきましてもご容赦願いたくお願い申し上げます」


 勝頼は、


「由比殿の事は朝比奈から聞いておる。今回の戦は戦う事より素早く奪う事が大事。このまま駿府まで急ぎ進みたい」


「はっ、道案内には菅原隆則を付けまする。菅原は駿府までの道は熟知しておりまする」


「菅原隆則にございます。途中までは何もないと思われますが、おそらく薩埵峠で今川軍が待ち構えていると思われます」


 薩埵峠、蒲原から駿府へ行くのに避けられない難所です。勝頼は物見を先行させゆっくりと進む事にしました。勝頼はこの菅原という男に興味を持ちました。


「菅原殿。待ち構えているのはどなたかな?」


「庵原忠緑様、今川家への忠義に厚いお方です」


「なぜ待ち構えているとわかる?」


「武田様の進軍は見張られております。物見に出ていた者の顔を見ましたが庵原様のところの者でした。顔見知りの者でしたので間違いありません。すでに我が殿が武田様に付いた事も伝わっているでしょう。主な重臣の方々は氏真について三河に行っていますが、庵原、朝比奈、安倍、瀬名、伊谷等が駿河に残っております。戦うのなら庵原様が勝手知ったる薩埵峠のはずです。武田様の方が兵が多いので平地でまともにぶつかりはしないでしょう」


「なるほど。菅原殿はお若いのに頭が切れるようだ。これからも色々と教えてもらいたい」


「はっ、光栄にございます」


 勝頼は薩埵峠に入る手前で皆を集めました。物見が帰ってきたのです。重臣たちの前で物見に報告をさせました。


「薩埵峠の頂上に今川軍が陣取っております。その数見えただけで三千、峠の下にも兵が控えておりましたが数まではわかりませんでした」


「朝比奈はいたか?」


 勝頼は肝心な事を物見に聞きました。


「朝比奈の旗印は峠の下に見えました。頂上には庵原、安倍が陣取っています」


「ご苦労であった。下がって休め。さて、皆様がた、ここはこの勝頼に任せていただけないでしょうか?」


 馬場信春が目を白黒させながら、


「なにを言うのかと思えば、伊那殿。この軍の大将は伊那殿でござる。大将は命令をしていれば良いのだ。お屋形様が伊那殿を大将にしたのは経験を積ませる為であろう。ここはそれがしと真田にお任せ願おう」


 えっ、そうなの?それも一理あるんだけどここでみんなに見せたいんだよなあ、中砲。


「馬場殿。仰る事はわかりました。それでは最初の一撃だけそれがしの配下にやらせては貰えませぬか?皆様に見せたい物がありまして」


 それを聞いた穴山信君は、あれか、あの噂の、と目を輝かせました。


「もしや箕輪城攻めで使ったというどかーんというやつですかな?それは見てみたい物ですが、誰かに見られてもいい物ですかな?」


「ここには北条や徳川の間者は紛れてはいないでしょうし、今川の兵は死ぬか味方になるかどちらかでしょうから。馬場殿、どかーんと言ったら突撃してください。たぶんですが、朝比奈はこの音を聞いたら兵を引き上げますので後詰めはないはずです」


「わかり申した。すぐに準備に入ろう」


 勝頼は玉井と徳を呼びました。作戦を伝えると徳は、


「連射とまではいかないけど、次弾までの時間を短縮できたからバンバン撃ちたい」


「ダメ!一発撃ったらすぐに馬場殿と真田殿の兵が頂上へ突撃するから危ないでしょ。花火弾一発撃ったら退却!」


「ねえ、殿。拡散弾使ってもいい?」



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