第56話 箕輪城攻め

 1ヶ月後、信玄、勝頼、重臣達五千の軍が箕輪城へ向かいました。勝頼の兵は途中で合流して総勢八千、先に箕輪城を囲っている逍遙軒信廉のところには五千の兵がいます。大掛かりの出陣となりました。


 この戦の目的は、一向一揆に上杉が手こずっている間に関東の城を奪う事です。北条の要請で出陣していて北条を助ける形になっていますが実際は、将来北条と決裂した時のために西上野に拠点を作ることです。すでに倉賀野城は内藤修理の調略活動によって武田の物になっています。


 箕輪城は長野業正が生きていた頃は手強く、信玄も手に入れることができませんでした。今はその業正が死に息子の重盛が城を守っています。逍遙軒信廉は五ヶ月に渡り城を囲んでいて、ぼちぼち兵糧が尽きるのではないかと想定していました。


 箕輪城は上杉輝虎へ援軍と食糧の要請をしましたが、一向一揆の相手をしていた上杉はそこまで手が回りませんでした。逍遙軒信廉は何度も城へ降伏要請をしましたが、若い長野業盛は武田信玄の恐ろしさを亡くなった父親から聞いていて断固として降伏しません。


『武田信玄は鬼だ。捕虜は金山へ送られ死ぬまで働かせられる。女は遊女として金山へ送られるのだ。民のため決して降伏してはならない』


 これは昔、信玄が上野へ出た時に討ち取った兵の首級を敵の城の周りに並べさせ恐怖心を煽った事があり、そこから話が勝手に膨らんだデマです。信玄は恐ろしい、あんな男に従ってはいけないという教えが上野の国衆には伝わっていたのです。そのため、箕輪城の者達は降伏はせず徹底抗戦の構えを崩さなかったのです。


 信玄達が到着するとすぐに軍議になりました。内藤修理が状況を説明すると、


「五ヶ月もかけて何をしていたのだ。城を囲んで遊んでいたのか?」


 と、信玄から檄が飛びました。勝頼は大声に驚き、叔父の逍遙軒信廉の顔を見たところ、信玄ではなく勝頼の方を見て、ペロっと舌を出しました。勝頼は吹き出しそうになり堪えるのが大変でした。あとで信廉に聞いたところ、信玄の怒りは芝居でああ言わないと士気が落ちるからだそうです。信廉からは結婚の事を聞かれ参列できずに申し訳ないと言われました。そして


「初陣だからとて緊張する事はない。勝頼は普段通りにやればいいのだ」


 とだけ言って、その後はこの戦が終わるまで近寄ってきませんでした。不思議な叔父ですが勝頼はこの叔父が好きになりました。さて、軍議では図面を見てみな、あーだこーだ言っています。新参の勝頼は黙って聞いていましたが信玄から、


「勝頼、お前の意見が聞きたい。申せ!」


 と無茶振りされました。勝頼は昔、徳に言われた事を思い出しました。自分の目で見ないとわからない、という事をです。


「お屋形様。この図面は良くできておりますが詳細がわかりません。自分の目で確認したく城を見させてください」


「城からは鉄砲が狙っている。あまり近づくな。行って参れ」


「はっ!」


 勝頼は玉井、半兵衛、徳と護衛の旗本を連れて城の周囲を回りました。城からは丸見えです。


「あれは誰だ?」


「あの旗は諏訪ではないか?もしかしてあの若造は勝頼ではないのか?」


「信玄の子か?この城で子供に手柄をたてさせようというのか、なめやがって」


「いっちょう、脅かしてやれ」


『ダーン!』


 城から鉄砲が撃たれました。本陣にいた信玄は銃声を聞き立ち上がりました。気が気ではありません。勝頼が戻ってくるまであちこちうろちょろしていましたが、重臣は皆、見て見ぬふりをしています。

 当の勝頼は気にせず城の周りを歩き、走り、図面と徳の作ったジオラマの不足部分を補っています。傾斜、高さ等実際と図面では異なるのです。


「丘のなんとまあ高い事。空堀も深いしこりゃ苦戦するわけだ。兵の出口は、搦め手だけかな?ご丁寧に土手まであって下からだと本丸が見えないのか。中砲の射程距離だけど打ち上げるとどのくらいだ、こりゃ?」


 勝頼のつぶやきを聞いて半兵衛が、


「一発撃てばわかりましょう。城攻めの訓練もしてはきましたが実際とは異なるので」


それを聞いた徳が、


「あたいに任せて」


 おいおい。


「後でな。勝手には動けん」


「いいけど。殿、知ってます?砲弾ってまっすぐ飛ぶんじゃないんだよ。放物線っていってね。弧を描くの。理科と算数の教科書で着弾点を計算できるんだよ」


「???、わかった。後でな、指示するまで待て」


 徳は自由人なのでこういう時は釘を刺しておかないと危ないのです。しかし放物線てなんの事?勝頼は教科書を思い出しながら本陣へ戻りました。


「おう、戻ったか。どうであった?」


 勝頼は半兵衛にジオラマを出させます。一同、


『おおー!これは見事な図面、いやなんというものなのか?』


 驚きとどよめきです。勝頼は自分の目で見た事実を元にジオラマを修正していきます。軍議に出ている重臣達はそれを黙って見つめています。


「お屋形様。これはジオラマといい図面を立体化したものです。この城は高い丘の上にあり下からは土手が邪魔をして本丸が見えません。敵の動きを下からは見れないという事になります。周囲は深い空堀があり、搦め手のある西側は深く、東側は浅くなっています。ただ兵を東側から進めるのは途中にも掘りがあり大変です。そこで、敵がどう動くかを考えてみました」


「それで?」


「敵が兵を出すところは搦め手しかありません。我らがこの本陣から城への侵入口も搦め手だけです。ですので敵は搦め手に兵を集中させるでしょう。その裏をかきます。敵はこちらの兵が増えたのを見ています。数の攻めを仕掛けてくると思っているでしょう。それに乗っかり、まずは外堀を埋めにかかります。鉄砲はギリギリ届く距離なので竹襖隊を配備して進めます。堀を埋めたら搦め手に兵を用意し仕掛けます。敵は搦め手への応戦に追われるでしょう。そこで堀を渡って土手を登り本丸へ侵入するのです。中から攻めれば城は簡単に落ちるでしょう」

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