第37話 質問

「聞きたい事は山ほどある。今日はお前の後には予定を入れていないからじっくりと聞かせてもらうぞ。どうやって善光寺の兵を蹴散らした?」


 勝頼は山の中腹から鉄の玉を使って攻撃した事を説明した。


「ちょうど距離が程よく離れていまして、と言いますか実は敵の進行方向が山寄りになるように仕掛けをしていました」


 山から離れて通られては玉が届かない。なので敵の進路を誘導するために斜めに大石を置いたのだった。


「敵が向かってくると石が見えます。その先にも石があり、普通にそれを避けて進むと山に寄ってくるという仕掛けです」


「誰が考えたのだ」


「私です。敵を引きつけて鉄の玉を空から降らせました。命中精度などはありませんので敵の中に落ちればいいと思って撃ったのですが、運良く敵の将に命中し敵が混乱、引き上げていきました」


「偶然だというのか?そなたも天運を持っているのかも知れんな?」


「天運でございますか?」


「そうだ。天運だ。織田信長は雨が降って生き延びた。だがそれはあやつが行動を起こしたから成功したのだ。天運を持つ者は起こした行動に結果がついてくるものだ。それに比べて義信には何もない。わがままなだけだ」


「兄上ですが、謹慎と聞きました」


「あんなのでも跡取りだ。時間をおいてきちんと話をするつもりだ。武田の棟梁として考え方を変えれればまだ間に合う」


 無理だろうけど。後で兵部と話がしたい、傅役はどう考えているのだろう?


「私に天運があるかはわかりません。武田の跡取りは兄上です。しっかりしていただかないと」


「その事だが、万が一という事もある。わかるな、勝頼」


「今は考える時ではないと存じます。ですがそうなればその時は」


「よかろう、それでいい。義信がお前のような考え方ができるのなら安心なのだが。善光寺の増援を阻んだ功績は大きいぞ。大義であった」


「はっ」


「では次に諏訪へ渡した武器の事だがな」


 あれ、ばれてた!


「よくお気づきで。あれも工場で作っているもので名付けて『桜華散撃』といいます。本来の使い方は火を付けた後空中へ投げて敵上空で爆発させることにより、その下にいた敵を殲滅する武器です。今回、諏訪には目立たぬように使わせたのですが」


「誰も気づいていなかった、戦闘中はな。やられた新発田勢もだ。お諏訪太鼓に目がいっていてそれどころではなかった。諏訪の旗は最後まで倒れなかった。あれがなかったらと考えると背筋が寒くなる」


「背筋が寒くなるで思い出しましたが、善光寺の兵を退けた後、しばらくして上杉政虎がやってきてこちらに気づきました。隠れておりましたが目があったような感じを受け、背筋が寒くなりました。恐ろしい男です」


「そうか。で、お諏訪太鼓だが、あれもそなたの発案か?」


「いえ、あれは諏訪の判断です。戦場に太鼓とは源平の戦ではあるまいしと思いましたが意思が固かったので尊重しました。神を背負っては負けるわけにはいかないでしょうから」


「一向宗の真似か。頭が回ることよ」


「それで父上。関東へは出陣なさるのですか?兄上は謹慎、父上は静養が必要ですが」


「逍遙軒に行かせる。今回戦に出ていない者達を主体にな」


「ではそれがしも」


「ならん。お前は出陣したであろう」


「それはそうですが余力はあります」


「そなたには他に頼みたい事がある。一刻後もう一度来てくれ」


「わかりました。それと、豚肉を運ばせますので精を付けてください。いくつか力の出る料理方法も開発しましたのでそれもおつけします」


 三雄殿は信玄は労咳で死にその時に家督を譲ってない事で内乱の引き金になったと言っていました。信玄があと数年生きていれば………、それには栄養を取る事だと考えたのです。勝頼は生姜焼き、とんかつ、とんてきのレシピを信玄の料理人に手ほどきをしに厨房へ行きました。






 一刻後、再び信玄の部屋を訪れるとそこにはあばた顔の貫禄ある男が控えていました。穴山信君です。


「勝頼、そこに座れ。信君、勝頼は知っているな?」


「はい。立派になりましたな、伊那殿」


「ご無沙汰しております。穴山殿」


 こいつも伊那殿と呼ぶな。信玄は勝頼を一武将として取り扱う事を重臣達に告げていました。川中島の戦功を知っている者は僅かですが。


「関東へは穴山も勝頼も行かずともよい。その代わりに行ってもらいたいところがある」


「岡崎ですかな?」


 穴山が勝頼をチラ見してから答えた。岡崎、つまり松平家康のところか。


「勝頼は桶狭間で何があったかを知っている。余が話をしたわけではない。なぜか知っているのだ」


「それは真か、伊那殿」


「はい。配下の忍びを使って調べました」


 まさか、そのような事が。この事は秘密でした。穴山家でも固く口止めしているというのに。


「伊那殿、何のために調べたのか?ご親戚衆とはいえ理由によっては問題ですぞ」


 穴山信君。三雄殿はこいつがいい意味でも悪い意味でも要の人物だと言っていた。祖父、信虎の娘の子であり、信玄の姉を嫁にもらっている。勝頼から見たら武田姓ではないものの従兄弟にあたる。いきなり絡んでくるとは困った男だ。


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