140文字小説集

高透藍涙

第一集



『愛していたわ』


胸の痛みをごまかしながら、何度も同じ夜を数えた。好きも言葉もない愛情の薄さに冷めていく心。グラスに残ったお酒で、唇を湿らせる。酔った振りで、さようならを吐息越しに伝えた。甘く悲しい余韻に浸りながら、部屋を出ていく。置き去りにされてきた私の意趣返しだ。気づいているなら何か言ってよ。





『無題』


冬を呼ぶ雨のように、静かに頬を伝う滴は、むなしさを響かせて今日も胸をふさぐばかりだ。

無条件で好意を寄せて、盲目でいる。それは、素敵だけど時に危険だと感じてしまう。その人を正しさの基準にしてしまったら何も分からなくなる。

霧で隠して判断基準を誤らず広い世界を見たいなと思うよ。




『視野狭窄』


「承認欲求をひとに満たしてもらえても虚しいだけだよ」

眼前に立つ相手を睨み据える。結局、自分さえ見えてないのか。

「自己肯定感をあげる方法は、自分で探せば」

人の感情に疎くて、他人事のお前を言葉の弾丸で、撃ち抜いてやる。

ほのぐらい眼差しでこちらを疎ましそうに見る暇があるなら動け。




『過去(むかし)より現在(いま)、そして未来(あした)』


覚悟も何もなく、できるほど甘くはない。時がたつほど厳しさを思い知った。軽々しくそれを語るなら何年も過ぎてからだろう。そこで終わりたいならそれでいい。真剣にこちらを見て話をお互いにできる人とだけ関わっていく。知ろうとする気持ちだけでも違う。過去じゃなく未来を見つめて生きないとね。



『できないならやろうとする意識』

悲しい思い違いで、いたたまれなくて

自分を守りたくなっただけだ。

「棘が刺さると痛いでしょう」

無数といえるほどの棘を向けるだけこちらも傷を倍返しだ。届かないから空ぶって意味がない。怒っているのも知らないだろうし、知っても理由など思いもよらないだろう。せめて、やることやってからだ。



『運は努力で引き寄せろ』


「きっといいことあるよ」

不思議な気持ちで、その言葉を受け止める。

何かいいことがあったから、言ってくれているって邪推するのは、ひねくれているのかもしれない。

「運をつかむためには努力するわ。どれだけ苦しくても前進するのに必要なら」

努力と口にするのも、わざとらしいとは思うけれど。



『ズルい人の腕の中』

さりげなさの中に余裕があって、ずるい。

「好きよ」

煙草の匂いをかき消すように香水をスーツにまとわせるところも、大人だ。私にらしさを求めない人だから、一緒にいて楽だった。ネクタイをゆるめて、目を眇める姿も、ニクい。

「甘くて熱っぽい眼差しを向けるな」

この腕の中からは、逃げたくない。




『無題』

夜の闇が、街を覆いつくす。焦りと不安がせめぎ合う中、目の前に車が停まった。ヘッドライトの眩しさが、瞼を焼く。

「待たせた?」

助手席のドアが、開かれる。車に乗り込むと彼がこちらを見つめて花束を渡した。

「こんなんじゃ許してあげないわ!」

引き寄せられた腕の中で、彼の肩に頬を預けた。





『ヒーリングバスタイム』

ゆっくりお風呂につかりたくて、入浴剤を投入した。今日はラベンダー。淡い紫色と鼻をくすぐる香りが、全身まで癒してくれそう。独りよがりの禊の時間は、とても大切だからゆったり過ごしたい。体を洗い流しても心までは洗い流せないって、ちょっと切なくなる。沸いては片づかない考え事、出ない答え。



『ふわふわホットケーキ』

まずは牛乳、卵を泡だて器で混ぜた後ホットケーキミックスを投入。マヨネーズは、ふんわり分厚く仕上げるためのアイテムだ。カロリーなんて気にしない。焼けても味はしないし。ふくらむ様子をわくわくして待つ。ほのかな甘い香りが鼻孔をくすぐる。

(ちょっと焦がしちゃったけど美味しいし、いいか)



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