人形たちの夜
夢路こころ
一
昼下がり、人形使いのフランクおじいさんは、今日も曲がった腰としわがれた声で、町の子どもたちに人形劇を見せていました。
「アンナ、僕は君のことをずっとずっと・・。」
「ヨゼフ、私だって。」
「僕たち、この世界で一緒になれないなら、いっそ、お空の星になろう。」
「まあ、それならあなたがあのお空で一番明るい星ね。そして私は、その横にいつも寄り添っているあの小さな星になるわ。」
「アンナ。」
「ヨゼフ。」
フランクおじいさんの右手は、今は貧しい羊飼いのヨゼフです。そして左手は町長の娘のアンナです。二人は深く愛し合っていたのに、町長の手でむりやりに引き裂かれてしまったのです。
今、二人はたがいに固く抱き合って、自分たちの運命のために、思いのままに泣いているのでした。
ヨゼフの人形も、アンナの人形も、おじいさんの手にはめられただけの簡単なものなのですが、今は二人とも命を得て、その息づかいが子どもたちのところまで聞こえてくるようです。
二人がうつむくと、その目からは本当の涙がこぼれ落ちるようでした。
昔はアンナの役は、おじいさんの奥さんのマリーおばあさんがやっていました。でも十年ぐらい前におばあさんが病気で亡くなってからは、おじいさんが二人の役を一人でやるようになったのです。
おじいさんも、はじめはうまく二つの人形を操ることができませんでした。おばあさんが亡くなって、元気が無くなっていたせいもあります。
いつもアンナのセリフの番で間があいてしまいました。そこはおばあさんが言うところだと、身体が覚えてしまっていたのです。
そんな時は見ていた子どもたちが、おじいさんに声をかけました。
「おじいさん、それからどうなるの?」
おじいさんは慌てて子どもたちに言いました。
「いや、すまん。すまん。アンナの番じゃったな。アンナの。」
それから左手のアンナの顔を見て言いました。
「アンナ。黙ってないで、お前の言いたいことを言いなさい。」
それはおじいさんがおばあさんに言いたかった言葉だったのかもしれません。人形劇をずっとずっと町の子供たちに見せてあげたいというおじいさんの夢に、文句も言わず何十年もついてきてくれたおばあさんに。
子どもたちはフランクおじいさんの人形劇が大好きでした。
でも、おじいさんの出し物はそんなに多くはありませんでした。人形の数も多くありません。
若者のヨゼフと娘のアンナ。その他には、ピエロのジベール、騎士のピピン、そしておひげの紳士のワゴット。それだけです。
出し物に合わせて役柄は少しずつ変わりますが、基本は同じです。恋人役はヨゼフとアンナ。それに他の人形が片思いの役で、からむことも時々ありました。
人形たちを作ったのはフランクおじいさんです。そして人形たちに服をあしらったのはマリーおばあさんでした。おばあさんが亡くなってからは、人形たちの服は誰も手入れをしていません、汚れたりほつれたりしても、ずっとそのままなのです。
実はおじいさんは思っていたのです。人形たちの誰かががくたびれて動かなくなってしまったら、その時はこの人形劇をやめようと。
本当はおばあさんが亡くなった時、一度はやめようと思っていたのでした。でも、さびしそうなアンナの顔を見ていると、やめることができなくなってしまったのです。
おじいさんの気持ちは、いつもヨゼフが語ってくれていました。
「アンナ、無理しちゃだめだよ。君はもうせいいっぱいやったんだから。」
アンナは言いました。
「ええ。わかってるわ。ヨゼフ。心配しないで。」
それは、おばあさんがいつもおじいさんに言っていた言葉でした。
でもこの十年、どの人形も動かなくなったりはしませんでした。
蝶つがいがつかえて操りづらくなることはありましたが、不思議と翌日には、直ってしまっていたのです。
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