魂と死神
炎猫幻
第1話 病弱な少年✕新人死神
[死神]・・・死神とは死を司る伝説上の神
そんな死神が一人の少年と過ごした日々・・・
〜〜〜〜
死神が初めて担当した任務は少年の魂を導くことだ。元から、死神だからこういう任務しか来ないが。
その少年は病気で腕は枯れ木のように細くて、顔はしわくちゃだった。体中に繋がれた機械が痛々しくて、ただただ可愛そうだと死神は思った。
病室は彼の荒い息と機械の音しか聞こえないほどに静かだった。
死神は少年が死ぬときになるまで見守ることも役目だからずっと見守っていた。見守るとしても赤の他人だから、死神は暇で暇で仕方がない。少年は死ぬことが確定しているから、目を開けて起き上がってきても、死神にとってはむしろ迷惑になる。
ああ、早く死なないかな。なんて、普通の人が聞けば怒鳴りつけてくるような内容を死神は口に出した。
少年の両親は甲斐甲斐しく見舞いに来ているみたいだ。でも、看護師さんがいないって分かると、不穏な会話をし始める。はっきり言って、この話を聞くことが、少年が死ぬことを待っている死神の一番の娯楽だ。
「この子が死ぬと、どれほどのお金が入るの?」
「まあ、5000万近くは入るんじゃないか?保険なんて信頼できないが別に大丈夫だろ。小さい頃から薬を投与させてきたんだ。分かるやつなんて居ないさ」
「ああ、ステンに気づかれなければ、こんなに早く殺すことにはならなかったのに・・・」
(どっちにしろ殺すことになったんだし別にどうだっていいんだろ。)
なんて、死神が思っても無駄なことで、死神は人に触れられない。干渉できるのは魂だけ。この両親に話しかけようと思っても声は届かない。
「ああ・・・人を殺すのはこんなにもしんどいことなのね・・・」
女性は弱々しい声でうめいた。男性は気持ち悪い笑顔を浮かべながら、女性の肩を抱く。
「まあ、僕らは時間を掛けて、色々してきたからね。」
「私達、捕まることはないのよね?」
「そうだな・・・。君がいい演技をしてくれれば、僕らは捕まることはない。君を一生愛することも誓おう」
「ええ・・・わかってるわ。これは愛を試すためなの・・・そうよ・・・あなたに愛されるためなの・・・これは・・・これは・・・!仕方ないことなのよ!」
女性は視線をグラグラとさまよわせて、手は何かを掴むかのように空を掻く。そして、甲高く叫んだ。
ああ、可哀想な女性。あの人も薬を使わされて、おかしくなっているんだろう。
男性は女性の側によって、空中をさまよっている手を取った。
「ああ・・・君は僕の中で一番従順な女性だよ。君を愛することは出来ないが、君は愛を乞うことは出来る。」
「私は何の為にこの子を産んだの?私は・・・私は・・・」
女性は男性の手から逃れ、蹲り泣き始める。
「すみませ〜ん。検査でぇ〜す」
いつも気楽な看護師が入ってきた。死神はほんの少しだけ顔を歪めた。
(丁度いいところだったのにこの夫婦の闇が解き明かされそうな時に・・・。この看護師が来るといつも雰囲気がぶち壊される。)
と、最低なことを無表情で考えている。
「あら、大丈夫ですか?」
「ええ、少し妻が混乱してしまいまして、少しすれば落ち着くので大丈夫です。」
「気分が悪いのなら、遠慮せずに言ってくださいね」
「はい。ありがとうございます」
男性が上辺だけの笑顔を看護師に向ける。
「そうですか?」
看護師はこの夫婦の関係を知りたいのだろう。訝しげに聞いて、夫婦の様子を検査を行いながら、静かに観察した。
男性は未だに蹲ったままの女性に近寄り、自分の背中を看護師に向け、女性を看護師の位置からは見えないようにして片足をついた。
「さあ、ユラエ、機嫌を直してくれ」
「あ・・・ごめんなさい・・・」
「大丈夫だよ。君が無事でさえいれば」
「そう・・・」
男性は看護師から見えないように静かに圧を掛ける。笑顔を無表情に切り替え、ボソボソと女性の耳元で何かを呟いた。それ聞いた瞬間に女性の顔色が一気に悪くなり、吐き気を催した様で、う”っと言って口に手を持っていった。
「ああ・・・大丈夫かい?つわりが酷いんだね。少し横にならせてもらおうか」
「ええ・・・」
男性は女性の腰に手を回し、病室を後にした。
「ステン君、大丈夫?」
「は・・・はぁ・・・あ・・・はい・・・」
看護師に声を掛けられ、少年はゆっくりと目を開けた。だけど、視線が定まらない。何処を向いているのかわからないほどに、せわしなく動いている。
程なくして、少年は目を閉じた。死神が見ている限りは、一時間に一回はこれをしている。いつも、これを繰り返す。
「可哀想な子だな」
死神の口からするりと言葉が漏れた。死神も自分で驚くほどに、か細く震えていた。それだけ、その子に憐れみを向けていた。
「ああ・・・最悪だ」
死神は静かに悔しさを乗せて一人呟いた。
〜〜〜〜〜〜〜
今日も死神は一人の少年の前に立っている。
少年は昨日よりも弱りきっているようで、もっと荒い息づかいをしている。そして、体中に繋がれた色々なものと、真っ白な部屋が彼がもう少しで亡くなることを示していた。
「はあ・・・はあ、は・・・」
少年は少しだけうっすらと深い青色の目を開けて、死神の方を見た。
「はあ・・・し、にがみ・・・さん・・・はっ・・・ぼくを・・・つれて・・・いってえ、くれる・・・・の・・・・?」
死神は答えない。その代わりに近くに居た両親が半分悲鳴のような声で叫んだ。
「そんな事言わないで!!」
「ステン!生きろ!お前はまだ生きれるんだっ!」
「・・・き、みはっ・・・やっさし、いんだぁね・・・」
少年は死神に微笑みかけた。死神は手を伸ばしかけて、今はまだその時じゃないと本能が言い、グッと、体を抑えた。
少年の言葉を聞いた女性は表情を変える。
「いやよ!お願い。生きて!生きて。生きて・・・」
女性はベッドに縋り付いた。そんな女性の背中を男性は擦ってあげている。
無常にも機械の音が病室に響く。少年の瞳は瞑ったまま、二度と動くことはないだろう。
死神はただ小さくため息をついて、少年の首に手をかけた。しかし、少年の首に触れることはなく体の中に沈んでいく。死神は少し不思議な感触に触れるとすぐにそれを掴み、手を引き抜いた。
少年の体から少しだけ透明な何かが出てくる。その何かは、今死んだ少年だ。生前よりも赤みがさした頬。亡骸となった体よりも深いダークブラウンの髪。これらは元気だったときの姿なのだろう。
しかし、一つだけおかしい点がある。半透明な体中に鎖が巻き付いているのだ。鎖は、もう冷たくなり始めた体から出ている。
「僕は・・・死んだの?」
「・・・」
顔しか動かせない少年は死神に聞く。しかし、死神は答えない。その代わりに無言で大鎌を振りかざす。
少年は反射的にぎゅっと目を瞑った。それも体は動かせないから意味はないが。
その行動を気にせずに死神は大鎌を振り下ろした。バキッと鈍い音が響く。
少年は自分の体が軽くなった気がして、でも痛みは一切感じない。不思議に思い目を開けると宙に浮いている鎖が見えた。
「僕の鎖を切ってくれたの?」
少年は純粋な視線を死神に向けた。死神は無視をして動き出す。
「死神さん?僕のことはほっとくの?それにしても、健康っていいね。動いても、動いても、気持ち悪くなって蹲ることもないよ。」
少年は自由奔放に動き出した。ぐるぐる回ったり、ふわふわ浮いたり、壁をすり抜けたりとやりたい放題やっている。
ふと、彼は自分の亡骸に縋っている両親を見た。女性は顔が涙で化粧が崩れ、グチャグチャになっている。男性はそんな女性を後ろから抱きしめていた。
その光景を見た瞬間、少年は顔を歪ませ言い放った。
「・・・僕が病気でも化粧する暇があるんだね。僕はずっとずっと、ずっと!苦しんでたのに!うそつき、うそつき。両親でもないくせに。僕を殺すことだけが目的だったくせに。」
少年の後ろから黒い気配が近づいてくる。少年の中にはなんとも言えない感情が渦巻いていた。その醜い気配に気づいた死神は大鎌よりも小さいサイズの鎌の刃を静かに少年の首に当てた。
死神にとって、少年が悪霊になってしまっても問題はないが、何故かこの子の行動を止めなければと思った。
首に当たる冷たい感覚と、腕に微かに当たる布の感覚に少年はハッとする。
「ご、ごめんね。僕、今更こんなこと言っても無駄だったよね・・・」
少年は死神の方へと顔を向けた。死神は未だに鎌を首に当てたままだ。少年は死神の鎌を持っている方の腕に触れた。
少年はその時に、死神は自分の身長とほぼ一緒の大きさなのだと気づいた。そして、なぜか分からないが、この子と友だちになりたいと思った。
「僕。大丈夫だよ。君に守ってもらったし。・・・君は顔が見えないんだね。フードの中が真っ暗だよ。取れないのかな?」
少年はいきなり体の向きを変えて、死神のフードに触れた。体が動いたおかげで、鎌が柔らかい皮膚に触れ、首に一筋の傷がついてしまった。
死神は少年の行動と、首に傷をつけてしまったことに驚いたのか、後ろへと下がる。
「死神さん、ごめんね。びっくりさせたね。死体っていいね。痛みも何も感じないよ。でも、死神さんを驚かしちゃったのには少し、心が傷ついてるかな。」
少年はわざとらしく眉を下げながら言う。
死神は面倒くさくなったらしく、少年の腕を引っ掴み、ふわりと浮いた。今までも浮いていたが、いきなりの急上昇に少年は流石に驚いたようだ。
「わあ!こんなに上から人を見下ろすのは初めてだよ!」
天井をすり抜け、また、天井をすり抜ける。何回かすり抜けると、きれいな青空が見えた。
少年は目を輝かす。
「凄いね!君は凄いんだね!僕も君みたいになれるかなあ?」
少年は死神を尊敬した。しかし、死神は首を振ったようで、フードが横に揺れる。
「なんで?死神には僕はなれないの?」
フードがゆったりと前後する。少年は眉をひそめた。
「それじゃあ、僕は死神になれないんだね?僕は、キミと一緒に居たいのに・・・」
死神は静かに、黒い手で空を指さした。まだ上昇は続いている。雲がどんどん近づいてきている。
「あそこに行けば、僕は君と会えるの?一緒に居られるの?」
死神は上昇するのを止めた。未だに空を指さしたまま。
少年は意図が分からずに、首を傾げる。
「僕は、空へ行けばいいの?どうすればいいの?」
そらへ、と何故か少年には声が聞こえた気がした。
「そうか、行ってくるね。死神さんありがとう」
少年は微笑んだ。
少年の体が彼の意思に関係なく、浮かび始めた。少年は慌てずに、その流れに身を任せる。
何故だかは分からないけれど、死神ともう一度会えると分かったから。
「死神さん!次に会うときは僕の名前を読んでね。ステン!ステンだよ!僕のことを覚えててね!!」
死神はふわふわと上へ昇っていく少年を見て、フードに手をかけた。
「っ!!!君はとても綺麗だね!」
死神は静かに笑った。悲しみを乗せながら。
〜〜〜
ああ、綺麗だった。綺麗だった。興奮が止まらない。
死神なのに、髪も瞳も淡い青だった。
最後の微笑みは完全に僕に対してのだ!慌ててあたりを見回したけれど、他に誰も居なかった。僕に微笑みかけてくれた!嬉しい!あの両親から開放されて、あんな綺麗子と知り合いになれるなんて!
死ぬって案外いいことばかりだ!もっと早く殺してもらいたかったな。いや、それじゃあ、あの子と会うことはなかったのか?明らかに僕と同い年ぐらいだし。
無口だったから照れ屋なのかも知れない。ああ、早く死神さんに会いたい!
ハッと気づくと、雲が目の前に迫っていた。
え?え?っこれは・・・そうやって回避するの!?
逃げようと、体を動かすけれど無意味だった。僕は為す術もなく、雲に突っ込んだ。
雲の中なのか知らないけれど、濃い霧が体中に纏わり付いてくる。体中に風が当たって、後ろへと押されているような感覚があったけれど、僕の目には光がだんだん大きくなるのが見えているから、前へ進んでいるんだろう。とても不思議な感覚だ。
光が目を開けられないほどに強くなって、ぎゅっと目を閉じると、ふっと体が軽くなって、吹き付けてくる風が無くなった。
そうっと目を開けると、川があった。川?と、思ったけれど、嘆きの川を思い出し、納得した。ああ、これが死後の世界なのか、と。僕は罰を受けるのかと。
ふらふらと導かれるように川に近づいていく。そっと、僕は川に手を入れた。何も感じない。ただ、流れを感じる。川をよく見ると、光る丸いものが、ふわふわと漂っていた。目には手に触れたいるように見えるが、感覚にはなにも伝わってこない。
しばらく、川に手を浸けていると、川の中に黒い大きな影が浮かんできた。不思議に思い、手を伸ばすと、急に真っ白な無機質な手が僕の手を引っ張った。体を前のめりにしていたから、川に顔から突っ込んでいく体制になってしまった。
「ああ・・・!!」
僕の悲鳴は川に吸い込まれていった。
〜〜〜〜〜〜
「・・・・・・い。ぉい。おい。さっさと起きろ。お前は特別なんだ。これからの処理が面倒くさいから早くしてほしいんだが。」
「へぁ!?えっ・・・かっこいいですね・・・」
「うるっせぇ!俺がかっこいいのは普通だ!早く動け!」
うわぁ。ナルシストだった。
すっごいかっこいいお兄さんだけど、羽が生えている。いわゆる、天使の羽って言われるやつだ。お兄さんは父親だった人のように、真っ黒な髪だ。
僕は一切濡れていなくて、ここは川じゃなく、真っ白い部屋だった。でも、天井にはとても綺麗な細工がされている。すごく幻想的な部屋だ。病室とは全く違う。病院もこういう風に絵を描きまくればいいのに。
「おい、俺に対して失礼なこと考えてんのは分かってんだぞ。」
「いや、白い羽が似合ってるなあ、と思って」
「そんな事言うなら、お前にも生えてるぞ」
「え”?」
確認するために背に手を背中に持っていくと、ふわふわした感触があった。
「よし!死神さんへ会いに行こう」
「は?死神に会いにいくのか?もう、終わったのに?」
「うん!会う約束をしているんだ!」
「・・・・まあ、お前が何の約束をしたのか知らないが、あまり死神と関わりすぎると、堕天するぞ。あと、天使が下界に行くには何か代償を支払わなくてはいけないぞ?何を支払うんだ?」
「う〜ん・・・足、とか?」
「ふ〜ん。まあ、翼があるからそんなに変わんねだろうし、大丈夫そうだな。」
お兄さんは紙に何かをさらさらと書いて、こっちへ寄越してきた。
「契約書だ。お前が両足を代償に下界へ行くことを許してもらうためのな。早く名前を書け」
「・・・字、分かんない」
字が分からなかった。ミミズみたいな部分もあれば、カックカクの部分もある。僕には理解できない字がいっぱい並んでいた。
「・・・母国語でいいから書け。いいな?」
「はい・・・」
お兄さんが渡してくれた羽ペンで書く。書き終わると、いきなり膝がカクンと折れた。お兄さんがとっさに支えてくれてなかったら、僕は今地面に衝突していただろう
「え?」
「契約書の申請が通った証だ。とりあえず、死神と天使が唯一、一緒になれる場所に案内してやる。おまえと会うのはこれっきりだろうからな。」
お兄さんが手を引いてくれる。僕は今浮いているのか、地面が当たる感覚はなかった。
足がブラブラしていて気持ち悪い。けれど、感覚がないんだからどうしようも出来ない。
いくつもの部屋を移っていく。でも、ドアはないから、昔の有名な建築物の観光をしているような気分だ。天井にはそれぞれの絵が描かれていて、今風の絵もあれば、ギリシャ神話や仏教のような神聖を感じさせるような絵もあった。とにかく、移動中は一切飽きることはなかった。
しばらくして、色々な人がいる場所に来た。その場所は大広間のようになっていて、いっぱいの窓口がある。その窓口には列ができていて、紙を受け渡ししているみたいだ。
僕とお兄さんのように羽が生えている人もいれば、死神さんのように真っ黒いマントを羽織っている人もいる。悪魔のような笑い声を上げる人もいる。実際に悪魔もいた。
それに、皆が皆、紙を持っている。その紙を睨みつけてはため息を吐いている人もいれば、グシャグシャに丸めたり、折り紙にしている人もいる。
黒人も、白人も、顔が黒い靄に包まれて、見えない人や骸骨の人もいる。
不思議な空間だ。
「うわあ・・・・!」
「お前は初めての景色だからびっくりするだろうが、これには慣れなきゃいけないぞ。お前だって、何回も来ることになる。ほら、皆紙を持ってるだろ?あれを提出して自分の依頼が終わったことを表しているんだ。そして、また依頼をもらう。全部が全部をしなきゃいけない任務ってわけじゃないから安心していい。お前のところにその死神が来たなら、絶対にここに来るはずだ。」
「わかった!お兄さん、ありがとう!!」
僕は自分の羽を必死に動かし、椅子があるところまで、動いた。そして、椅子に座る。けれど、背もたれがないから後ろに倒れてしまった。
「き、君・・・大丈夫?」
「う・・・うん・・・大丈夫だと・・・あ〜!!死神さん!僕と一緒に来てよ!」
助けてくれたのはあの時の死神の子だった。僕は舞い上がって、死神さんに手を伸ばす。
「ああ・・・えっと・・・」
「何?どうしたの?」
できるだけ、圧を掛けないつもりで微笑む。
「・・・ステン・・・くん・・・」
「っ・・・!!!呼んでくれた!!!すごい!すごい!」
「そんなに喜ぶもんだったっけ?」
「そりゃあ!僕が好きな人は君が初めてだから」
「ああ・・・」
死神さんは納得するように頷いた。そして、僕の体を支えて、座らさせてくれた。そして、死神さんも横に座ってくる。
「君は何故ここに?っていうか、死神からじゃないんだね珍しい」
「死神から?」
「うん。魂はまず、死神になってから天使や悪魔になるんだ。」
「そうなの?なんで死神からなの?」
「それは、自分が犯した罪の数や、罪の大きさの分、魂を集めるんだ。死神らしい言い方をすると、魂を狩るんだよ。実際は導くんだけどね。」
死神さんは得意げに胸を張って答える。
「それから何故天使と悪魔になるの?」
「天使は待ち人や、会いたい人がいる場合。悪魔は後悔がある人がなる。よく天使が、悪いのと関わると堕天するとか言うけど、あれは他の者に関わるには下界に降りるしか天使には方法がない。だから、下界に降りていくの。でもね、下界に降りて何回も行き来してると、後悔が募っていく。自分にはこう出来たんじゃないかって、こうすれば良かったんじゃないかって。だから、悪魔になってしまう人が多い」
「へえ〜。君は物知りなんだね。」
「物知りなわけじゃないよ。ただ、魂が覚えてるんだ」
死神さんは大事なものを優しく、優しく抱きしめるように胸の前で片手をぎゅっとした。
「魂が?」
「うん。魂は回り続けるから。もう少しすれば、ステンにもこの字が読めるようになるよ」
そう言って、死神さんが手に持ってた紙を僕に見せてくれた。でも、僕にはまだ読めなかった。
「輪廻って、本当にあるんだね」
「あるよ。神様もちゃんと存在する。この世界は全て、人が信じる力で成り立つから」
「なら、人に忘れられると、神様も僕らも消えちゃうの?」
「そうなるのかな・・・?この世界は曖昧だからね」
死神さんは困ってように笑う。今気づいたけれど、最初に会ったときのように黒いフードを被っているのに顔がはっきりと見える。
「やっぱり顔が見えるのが良いよね」
「ん?そうかなぁ。僕は嫌派だなあ」
「でもね、僕は君の顔を見ていると、嬉しい気持ちになるよ!」
「そっか・・・。照れちゃうな」
死神さんはフードの端を持って、顔を隠した。
「で、でもね、僕は君が悪霊にならなくて良かったと思うよ。」
「悪霊?」
「うん。君がなりそうだったから・・・とっさに止めちゃったんだ」
「そうか、ありがとう」
嬉しくて笑うと、死神くんも笑い返してくれた。
「死神と天使と悪魔は魂じゃないの?」
「違うよ。魂は魂だけ。僕らは肉体があるから」
「ふ〜ん。そうなんだ。魂と霊の違いは?」
「この世界にいるかいないか、ぐらいだね。」
「悪霊との違いは?」
「悪意や、妬み、恨みが霊にあるかないかだね」
「ん?それなら、悪霊は何故生まれるの?」
さっきから質問攻めだな、と思って死神さんの顔を伺うけれど、活き活きしているから、別にいいんだと思うことにした。
「魂は霊になる前に、死神が依頼を受けてちゃんと導いてあげなきゃいけないんだ。でもね、すべての死が予測できるわけじゃない。そういう時に、霊が生まれる。霊は悪霊になる前に導けたら良いんだけど、皆が皆、上手く導けるわけじゃない。時には導きに行っても、悪意が強すぎて、導けない場合もある。君に黒い気配が近づいてきたでしょ?あれが濃くなって、全身を包まれると悪霊になる。まあ、国によって認識は違うから、一概には言えないんだけど」
「君が居なかったら僕は悪霊になって、あの両親に取り憑いてたかも知れないってこと?」
「まあ、そうなるよね」
「君がいて本当に良かった」
僕は心の底から安心した。
「でも、ステンにはあれ程の醜い感情があったのに、なんで天使になれたのかは僕には解らない」
「そりゃあ、珍しいからに決まってんだろ」
上から言葉が降ってきて、びっくりして顔をあげると、今さっきお世話になったお兄さんが居た。
「あ、今さっきぶり」
「よ。で?なんでお前が天使から、かって?」
「あ・・・そうですね」
「うん。そのことを知りたいの」
「ただ単に娯楽がほしいんだよ。天使と死神の友情なんて珍しいじゃん?」
「え?でも、天使の会いたい人は絶対に死神になるんでしょう?そんなに珍しいことじゃないじゃん」
「うわあ。お前って意外と鋭いよな」
「僕もそれは思います。」
死神さんとお兄さんが、ね〜。と一緒にうなずき合っている。
「でも、君は死後にこの死神くんに友だちになりたいと思ったんでしょう?」
「うん。運命を感じたから」
「ひゃ〜。お熱いこって。だから、生前の記憶が一切関係ないわけ。このままだと、死神から天使にさせてあげられないってことで、強硬手段に出たわけだ。んで、今君が存在しているってわけ。少し天使でいる時間は長くなるけれど、死神さんと終わる時期は一緒になるだろうから、次の人生では巡り会えるんじゃない?」
「そんな事まで分かるんですか?」
すごいなあ、と死神さんは小さく呟く。その反応を見て、お兄さんは嬉しそうに目を細めた。
「まあ、な?」
「すごいね、お兄さん」
「誰がお兄さんだゴラァ」
「い”でででで!!」
両拳でグリグリと頭を押された。本当に痛い。
「本当に痛かった・・・・」
「ははっ。ごめんって。んふふ」
「面白がってるのバレバレですよ」
ニヨニヨしているお兄さんを酷く冷たい目で死神さんは見つめている。
「まあ、ありがとうございました。僕は少し受付の方に行ってくるので、ステンのことお願いします。」
「ん?ああ」
「ん。いってらっしゃい」
死神さんに変わって、お兄さんが僕の体を支えてくれた。意外と足が使えないのって
不便だ。体を支えられない。
「まあ、お前凄いよな」
「そうなんですか?」
「死後に一目惚れなんて、そんなに人生つまらなかったのか?」
「あ〜〜。そう・・・だね。でも、僕の人生の中でこの子と友だちになりたいっていう感覚は死神さんにしか湧かなかったのは事実だよ」
「死神は幸せだなあ。」
「ふへへ。あ。お兄さんの会いたい人は誰なの?」
「もう少し、な。その人の死神期間が終わるのが。俺にとっての大切な人でも彼女はきっと新しい家庭を作っている。だから、俺が居なくなっても彼女は誰かを待ち続ける。両思いほどに素晴らしいものはねえよな。」
お兄さんはきっと列の中にその大切な人が並んでいるんだろう。今まで一番やさしい顔をしながら、順番を待っている人たちを見ていた。
それから、お兄さんと他愛無い話をしていると、向こうの方から死神さんが走ってきた。
「ありがとうございました。ステン、行こうか。僕の任務にステンの名前も入ってるんだけど・・・君、本当に何したの?」
「一緒に居られるの!?よっしゃあ!!」
「ガン無視かよ、面白れえな。つか、うるせえよ。お前は静かにすることを覚えろ」
ぱしんっといい音を立てて、頭を叩かれた。
「ステンを叩かないでください」
「お〜お〜。美人の睨みは凄いなあ。まあ、俺も大切な人がやってきたようなんで、行きますかねえ。じゃあな」
「ばいば〜い!」
「さようなら。もう一度会えると良いですね」
「ああ。来世でな」
お兄さんはかっこよく、片手を上げてきっぱりとした足取りで歩いて行った。
「お兄さんは、居なくなるの?」
「うん。この世界からはね。でも、きっと会えるよ」
「そうなのかなあ・・・」
「全ては偶然で出来てるんだよ。必然なんてものはないの。だから、偶然と偶然が重なって、僕らは出会えた。お兄さんとも。いつか、いつか、会える。君と僕も」
死神さんは僕を安心させるように、結んだままの唇に笑みを浮かべた。そして、静かに、でも暖かく死神さんは呟いた。
「大丈夫だよ」
僕を安心させるように僕のいつの間にか握っていた拳を手のひらで包んでくれる。僕はそれだけ、たったそれだけのことなのに泣きそうになる。でも、死神さんの目の前でダサい格好は見せられないと、涙をのんで死神さんの手を握り返した。そして、自分の気持を死神さんに伝える」。
「僕は君がいれば生きていけるよ」
「そうかなぁ・・・」
えへへっと、今度は年相応?というか、可愛らしい笑顔を見せてくれた。
「あ、お兄さん」
あたりを見回すと、お兄さんが一人の死神と笑い合っていた。その死神は腰が曲がって、ローブの隙間から覗く手が皺くちゃだ。きっとおばあちゃんなんだろう。
お兄さんがその手を取って、目線を合わせて笑った。僕達が見たことないような甘くて、嬉しさが顔中から溢れるような笑顔だ。
お兄さんの前に立っている死神は曲がっている腰を伸ばし、ローブを取った。すると、美女が出てきた。
「見た?見た?死神さん!!」
「はいはい、見たよ。こういうことはよくあることだから、静かにしようね」
「うん」
死神さんに言われて、僕は口を閉じる。
お兄さんはその美女を見て、感極まったように抱きしめた。美女も弱々しく抱き返しながら、涙を流している。ああ・・・ああ・・・と、感動に打ち震えているお兄さんの声が遠くにいる僕らの方にも聞こえてくる。
お兄さんの周りに光が集まってきた。だんだんと光が強くなる。その代わりにお兄さんの姿は薄くなっていく。
「!?おにぃ「し〜・・・」・・・!」
お兄さんのことを呼ぼうとすると、死神さんに遮られた。
生まれ変わるんだよ、と耳元で囁かれる。
ゆったりと影を残して、お兄さんは光の中に紛れていった。
美女は膝をついて、嗚咽を漏らし始める。その背中に天使の羽がうかび出てくる。綺麗な真っ白い羽根が美女の背中に生えた。
あの美女にもまた大切な人が出来たんだ。と、馬鹿な僕でも悟ることが出来た。
美女は段々とおばあちゃんの姿に変わっていった。
「あの女性も、天使になって大切な人を待つんだね。」
「うん。でもね、また巡り会えると僕は思うな。」
「そうだと良いね。お兄さん、今、幸せの絶好調だろうね」
「魂になっちゃたから、過去を持っているのかは分からないけれど、また違う生を受けるまで、天使がちゃんと面倒を見てくれるよ。」
「天使が?僕も?」
「君は例外だからね。天使の仕事は魂が間違ったところへ行かないようにすることと、次の生を受けるまでの面倒を見ること。君も、僕と遊んでばっかりじゃ怒られるよ。」
「ん〜〜〜・・・死神さんと一緒にいるためなら、僕も仕事をするよ。」
「いい心意気」
二人して顔を見合わせると、ブフッと吹き出してしまった。
「じゃあ、行こうか」
差し伸べられた手を取って、二人一緒に歩き出す。僕は飛んでるけど。
それから、二人で下界で遊んだり、死神さんの仕事に付き添ったり。死神さんの仕事に付き添うと、死神さんより僕が注目されて、皆が皆、天使様が迎えに来てくれた。と、涙ぐみながら言っていた。でも、死神さんのことを無視して、僕にばっかり話しかけてくる少年がいてウザかったから蹴っちゃった時は、先輩的な人に怒られて、しばらくの間、死神さんに会えなかった。だから、死神さんの仕事にはあまり関わらないように、魂に話しかけられても、無視を決めることにした。
僕の仕事場は皆はそんなに想像し難いと思うけれど、魂の川だ。魂には流れがある。川のように、それぞれの場所を進みやすいところを進んでいく。でも、この世界を過ぎるまでの道のりはみんな一緒だ。その魂の川の流れに乗ってくれないと、川に障害物が生まれると流れる場所が変わるように、魂の行く場所がだんだんとずれていってしまう。だから、時には強制的に分岐点まで連れていくこともある。
ちなみに魂は本当に姿形がない。殆どがホタルの光のようだ。
しかも、魂だからって、人格がないわけじゃなくて、一癖も二癖もある人しかその場に留まらないから、説得をするのがとてもとても大変だった。
そして、魂の面倒を見ると言っても、殆どが成人しているから、はっきり言って、僕より小さい子のお世話だった。この子達は無邪気だから、流れに乗れずに、反対に戻ってくるときもある。しかも、なんで期と、いやいや期の子もいるから、質問に答えるのや、言うことを聞かせるのが本当に本当にしんどい。世の中のお母様は本当に凄いと思う。
「ステン。ねえ、ケーキ何にしたい?」
「チョコ!」
もちろんこの世界にも食べ物はある。でも、食べ物が貰える場所は限られる。だって、この世界に食べ物は本当に必要のないものだからだ。
僕は今、死神さんとケーキを選んでいる。僕らの、こなさくちゃいけない依頼はどちらとも一個ずつになっている。だから、また新しい生を受けた時に出会えるようにと、ちょっとした願掛けを込めて、ケーキを食べるのだ。
依頼を書いている紙には、この数をこなせば魂になれる、というのが書かれている。死神は、後悔があるか、会いたい人が居るかと聞かれて、天使か悪魔か魂になるかを選べる。
会いたい人がいると言っても、その会いたい人がもう、違う生を受けてしまった場合は僕のように、依頼をこれだけこなしてください。と、言われる。
天使はそのまま魂になる。それだけ。
〜〜〜〜〜〜
「ねえ、ステン。僕らまた、出会えるかな?」
「大丈夫だよ。死神さん。僕は君のもとにがむしゃらになって突き進んでいくよ」
「くふふっ。いつも通りの君だね。」
「死神さん。僕は、次こそは生きている間に会えたらいいなって思うよ」
「僕もだよ。あの天使のお兄さんとも出会えたら良いね」
「きっと会えるよ。これは君の口癖でしょ?」
「そうだね。偶然が重なり合うことを祈ろう」
「僕らは運に身を任せるしかないね。」
「じゃあね、ステン」
「じゃあね、死神さん。また来世で」
天使と死神は額を合わせながら互いに呟いた。次に会えることを信じて。
二人の体は徐々に色が薄くなり、光りに包まれていく。
光は2つの丸い光へと吸い込まれていき、2つの光は魂の川に乗り、動き出した。皆に見守られながら。
end
作者から
読んでくれてありがとうございました。
誤字脱字等あったら、すみません。許してください。
途中に出てくる嘆きの川はギリシャ神話に出てきます。三途の川とは全く違う意味を持っているので、気になる方は調べてみてください。
それでは、さようなら。
魂と死神 炎猫幻 @enbyou
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