2022.1/30

 弟の大阪への転院は二月の第二週に決まった。そして体内式VADの手術もバレンタインデー周辺に決まった。私は二月の第一週に滑り止めの私立の入試が、第三週には前期の試験があった。重みは違えど私も弟も岐路に立っていた。


 今日は、転院前最後の面会であった。ICUの外からテレビ電話での面会であった。画面を通した弟は脳梗塞前とあまり変わらないように思えたが、時折暗い表情や弱音を吐いた。通話の間ずっと躁鬱のように感情の起伏を繰り返した。先生からも今朝弟がナースコールの管を首に巻き付けて師長らに叱られて反省していたと、少しだけ鬱のような様子が見られるとの話があった。それでも母達が言うには、私と話す時の弟が一番砕けているということであった。

 大阪行きを頑なに拒否する弟の根底には、大阪に行くしかないことは分かっていても納得は出来ないというジレンマや、これまで育ってきた土地やようやく育まれ完成しつつあった病院での先生や看護師さんたちとの人間関係を手放すことになること。無くした記憶を取り戻せないままでいることの不安など様々な可能性があるが、どれも彼の核心をついていて、ついていないのかもしれない。どれだけ大阪行きを拒絶しても、彼が友達たちに別れを告げたり、決して自らの命を繋ぐ器具に手を出そうとはしなかったり、生きる意志が見えることもあった。


 これから体内式VADが入れば、病院を離れて最低限の日常生活を送れるようになる。本格的な野球は難しくなるが、それでも復学して生きていける。そして、心移植が終われば多少の制限はかかりながらも地元に帰ってくることが出来る。それが例え五年、六年、もっと先になっても。弟が背負うにはあまりにも重すぎる荷物である。それでも、彼は必死に目の前の壁を苦悩しながら越えようとしている。私にはそれを横で見守ることしかできない。私たち家族は最後まで全員で食卓を囲む日が来ることを信じている

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弟の心臓に起きたこと 星彩 涼 @ochappa

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