第7話 リアラside 抱える悩み
私はある貴族の家でメイドとして雇われていた。両親が死んでしまってからこの家に来て、何年が経っただろうか。
すれ違いざまにお尻を触られたり、下賤な目つきでジロジロと見られてきた。最後に鏡で見た私の顔は、それは酷い顔だった。
そして遂には襲われかけた。そこで今まで我慢してきた何かが壊れ、そいつを殴り飛ばして家を出る。
人なんて信じては駄目。心を許しても裏切られる。そんな考えで心が埋め尽くされていた時に、神と名乗る人がやってきた。
「君はこのままだといずれ捕まる。そこで選択肢だ。このまま捕まって犯されるか、違う世界で違う人のメイドになるか。さあ、選んでくれ」
サングラスと口元に布マスクをつけた謎めいた神。捕まって犯されるぐらいなら他の場所でもう一度やり直せたらいい。
「……違う世界に」
「オッケー。じゃあまず君が行く世界の説明をしよう」
神から私は雇い主の名前や住所、そして違う世界の説明を受けた。どうやらこの世界よりも科学というものが進んでいて、街も発展しているという。
そしてよくわからない板のようなものを渡された。横にあるボタンを押せと言われて押して見ると、板の中で何かが動き出した。
「これはスマートフォンと言ってね、これを持っている人と連絡出来たりする便利な道具だ。最低限の説明はするけど、分からないことがあれば君の雇い主に聞いてくれ」
その後、スマートフォンの説明を受けて、そろそろ別の世界に送り出すと言われ、思わず私は聞いた。
「……次の私の雇い主は……男性ですか」
「そうだよ」
せめて女性なら、と淡い期待をしていたが無駄だった。でも私はあんなハゲの変態に襲われるぐらいなら、と無理矢理自分を誤魔化して、私は覚悟を決めた。
「では、お願いします」
「……君の幸せを願っているよ」
そんな無責任な願いは聞きたくなかった。どうせ私は幸せになんかなれない。心の傷が癒えないまま、疑い続けて生きていかなければならない。
そして私は地球に召喚された。さっきまでいた世界とは全く違う建物。そして目の前にある扉。
「……はぁぁ……」
あの時のことを思い出して手が震える。扉の横にあるボタンを押すだけ。それだけなのに寒気がする。
「はぁ……はぁ……」
落ち着かないと……。私は必死に自分に言い聞かせて、何とか体の震えを抑えた。
そしてインターホンを押してしばらく待った。すると、扉が開いて男が出てきた。この人が和樹様……つまりは私の雇い主。
見た目は私と同じぐらいの年齢だろう。顔だけで言えばあの変態よりは百倍マシ。普通よりはいいかもしれない。だが、私にはそんな事は関係ない。
「……もういいですか」
ある程度自分の説明はしたが、段々と嫌悪感が増してきてこの場にいるのが嫌になった。そして私が使っていい部屋に案内されて、そのまま部屋に閉じこもった。
ここで一つ気になったことは、これだけ態度に出していても何も言ってこなかった事だ。無意識に態度に出していたが、元いた場所なら確実に失礼極まりない行動である。それなのに、和樹様は何も言ってこなかった。
そして何より驚いたのは、私が買い物の帰りに神に言われた事を伝えると、和樹様は怒りをあらわにして怒鳴った。「自分を大切にしろ。自分の体を安売りするんじゃねえ!」と、優しそうな顔が一気に変貌した。
初めてだった。自分を大切にしろって言ってくれるなんて、無いと思っていた。
そこで思い出した事は、和樹様は多少なり体を見ようとはしたものの、しっかりと顔を見て話してくれていた事だ。真っ直ぐな瞳で、私という人間を見てくれていたのかもしれない。
「……分からない」
どうすればいいか分からなかった。考えても分からないことだらけで、頭の中はぐちゃぐちゃになっている。
そもそも、和樹様の家に住まわせてもらうのに、今までの態度は良くなかっただろう。自分勝手に和樹様を決めつけて、傷つけてしまった。
「……謝るしかないですね」
どんな罰でも受けるつもりだった。覚悟をして帰ってきたときに謝ってみると、別にいいとなんとも思ってなさそうな感じで和樹様は言った。
ますます和樹様という人間が分からない。何故自分を大切にしろなんて言ってくれるのだろう。何故失礼な態度をとったのにも関わらず、当たり前のように許してくれたのだろう。
結局お風呂に入って寝るまでの間、モヤモヤとした落ち着かない気分のまま眠りについた。
◆
和樹様は七時に野球の練習があるということで家を出て行った。その時に渡されたのは、和樹様が今日の夜に作ってほしい料理の材料と作り方が書かれたノートだ。
「これ見たらなんとか作れると思う。別に失敗してもいいから」と言って渡されたノートを後から見ると、見やすいように綺麗な字で書かれている。
「どうしてそこまで……」
偶然で和樹様のメイドになったとはいえ、料理などメイドなら出来て当たり前だ。前の家では二度と料理は作るなと言われて、洗濯と掃除だけをしていたというのに、和樹様は私が作った料理でも文句を言わずに食べてくれた。
一晩経っても相変わらずで、私は和樹様の考えていることが分からない。信じるよりも先に、疑問が勝ってしまう。
「なんなんですか……本当に」
疑問で頭が一杯のまま家事をし続け、明日のための確認の電話も済ませて、夜の七時を回った頃にスマホにメールがきた。
昨日の夜のうちに和樹様と連絡先を交換して、帰る三十分前になると連絡すると言われていた。連絡先が和樹様以外存在しない私へのメールはやはり和樹様からのもので、『今から帰る』の一言だけだ。
今日の夕食のメニューは鶏胸肉のソテーとサラダに味噌汁と、私じゃなければ簡単な料理だ。とはいえ、ノートを見ながらやってみると、味付けも困らずにスムーズに作業が進んだ。
何とか料理は完成させて、テーブルに料理を並べている時に玄関の扉が開く音がした。
出迎えは来なくていいと言われていたものの、流石に見に染み付いていることでやらなければいけないという気持ちが勝つ。
「おかえりなさいませ。夕食はできていますので」
私はユニフォームからジャージに着替えている和樹様を出迎える。
しかし、私が予想する反応とは大きく違って、
「……ああ」
声のトーンも低く、私の横を通り過ぎる和樹様の顔は、とても暗かった。
「軽く体拭いたら行くから」
まるでとても嫌なことがあったかのようだった。疲れているだけのような顔ではなく、目の光が消えかけているような悲しげな顔。
まだ料理を並び終えていない私はリビングに戻るのだが、そこで和樹様の部屋の方から何かを殴るような大きい音が聞こえてくる。
「な……」
その後も同じぐらいの音が二度聞こえて、私はその場から動けなかった。それでもリビングに戻ってきた和樹様の顔は、昨日とあまり変わらない。
「もしかして俺がメール送ってから作ってくれたのか? 別に作り置きでもよかったんだぞ?」
「──い、いえ、問題ありません。いつ作ろうが変わりませんので」
「そっか、ありがとう」
「……」
何気ないただの会話。それでも私は和樹様が無理して今の表情を作っているのが、すぐに分かってしまった。人の機嫌を見ながら生活する事に慣れていた私からすれば、和樹様の表情が作られているのは簡単に分かる。
この表情は、私が人に向けている顔と全く同じものなのだろう。
「ちゃんとできてるな。美味しいよ」
「……あ、ありがとうございます」
こんな和樹様の姿を見た私の疑問は、深まっていくばかりだ。
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