第5話 いきなり怒鳴り散らしちゃった
俺が素振りをしようとバットケースを持って外に行こうとしたところで、リアラは帰ってきた。
「ただいま戻りました」
「おかえり、買ってきたものは適当に冷蔵庫に入れといて」
「はい。それと、話があります」
唐突なリアラからの報告。普通なら嫌いな奴にいちいち報告などしないだろう。つまりは神様に何かしら言われた可能性が高い。
「……私にはどんな命令をしても構いません。裸になれなり、ヤらせろなり好きな事を」
いやしないから。下着のまま生活させるとか夫婦でもさせねえわ。てかそんな嫌そうな顔するなら言わなけりゃいいだろうに。
「それと私の仕事についてですが、和樹様のメイドとしての契約は高校を卒業するまでになります」
「ふむ……じゃあその後はどうするんだ?」
リアラがどうなるのかは単純に気になる。元の世界に戻されるのか、それとも他の場所でまたメイドとして働かせるのか。
「基本的に仕事をこなせば、この世界で好きなように暮らしてもいいらしいです」
つまり仕事をちゃんとできていなければ、元の世界に戻させるということか。それにしても態々言うところは律儀なところだ。
仮にリアラが言っていることが本当なのであれば、神様はリアラを俺の一時的な所有物みたいな扱いにしているのだろう。
「そうか……」
してほしいことって言ってもな……。普通に家事してくれたらあとは居てくれるだけでもいいんだけど。
「……」
リアラの表情からは明らかに嫌だと思っている事が伝わってくる。早く開放されたいとでも思っているのだろう。
確かにこの世界で好きに暮らせるなら、リアラはまともな生活が送れるだろう。だが、俺はリアラに一つだけ気に食わないことがある。
「……あんまり人のこと舐めない方がいいぞ」
「え……?」
リアラは初めて俺に驚き、表情の変化をはっきりと見せた。
リアラは自分が見てきた世界しか知らなく、そのせいで男に接する事に抵抗がある。それは別に悪いことではないし、心に刻まれた傷が癒えるのに時間がかかるのもわかる。だが、俺はリアラの考えを少し正さなければならない。
「なにしてもしていいって言って……もう諦めてるのか? ふざけるのも大概にしてくれ」
ここで怒り気味なのは完全に私情だ。そんなどこの馬の骨か分からなくて、人を傷つける事を平気でするような奴らと一緒にされたくない。
リアラが俺に向けている感情も恐らくそれで、少なくともその考えだけはなくしてほしかった。
「何でもかんでも諦めたような顔しやがって……もっと自分を大切にしろ。自分の体を安売りしてるんじゃねえよ」
「……し、知ったような口を利かないでください! あなたに私の何が分かるんですか!」
ここで初めてリアラが感情をむき出しにした。
だが、別に俺がリアラの全てを知っていたところで、俺の意見は変わらない。
「ああ、そもそも初対面だし知ってるわけない。でもな、自分だけが辛いなんて思うなよ? 俺の事もまだ知らないくせに勝手に見限るな」
「──っ」
核心を突かれたリアラはバツが悪そうに顔を俯かせた。俺は元々素振りをしに外へ行こうと思っていたが、どちらにせよここにいれる雰囲気ではなかった。
「……素振りしてくる。七時半には戻るから、その時までに晩ご飯何でもいいから作っといてくれ」
俺はそのまま家を出ていき、自転車で五分ほどかかる広めの公園に向かう。
「……」
ああ……思わず怒鳴っちゃったよ。なんかリアラをストレスのはけ口みたいにしちゃったよ。しかもゲームの説明で多少は知っているとはいえ、初対面で同居生活初日の女の子に怒鳴るって俺最低じゃん。
「でも、ムカついたのは本当だし、間違った事は言ってないよな?」
人の事をあんまり言える立場でもないのだが、リアラの態度には少しイラッときた。俺にまでいきなりゴミを見るような目をされては、流石に言わずにはいられなかった。
「なんか更に嫌われたりしてないかな……。そうなったらもう詰みだぞ」
ブツクサと独り言をしているうちに、俺は公園にたどり着いた。まだ外はかろうじてオレンジの光が見えているのだが、しばらくすればすぐに暗くなってしまうだろう。
「やっぱりここが一番いいな」
俺が素振りをしている場所は街灯が近くにある為、ある程度の明るさは保たれている。
体を動かしてからバットを軽く振り、十回ほど振ってから持ってきたスタンドにスマホを立てかけて動画を撮るボタンを押す。
すぐに丁度いい位置に俺は立ち、八割程度の力でバットを三回振る。三回振り終わればバットを自転車に立てかけて動画を止め、自分のスイングを確認する。
「……別に悪くないんだけどなぁ」
前に監督に指摘された部分は、既に直っていてスイングは綺麗だと思う。それなのに試合では何故か打てない。
「もう何なんだよほんと、何が悪いんだ?」
オフだろうが試合があった日だろうが、毎日素振りは欠かさずにやっている。だが、努力だけでは解決できない何かがあるのだ。
俺は努力していればいつかは報われるだろうという一心で、バットを振り続けている。俺がバットを振らなくなる日が来るとすれば、俺が野球というスポーツを諦めた時だろう。
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