第2話 理想の『世界の壊し方』

「こんな雁字搦めに仕組みルールで縛りつけられた世界、壊れてしまえばいいのに。 ねえ、佐藤くんもそうは思わない?」


 おっと?デジャブかな?

 ホームルームを終えてのんびり帰り支度をしていた僕に物騒な内容で語りかけてきたのは案の定、隣の席に座る工藤さんだ。


 相変わらず物騒なのは変わらないけれど、前回と違うのは人類滅亡ではなく世界滅亡になったところだろう。スケールがでかくなっている。

 もしかして……レベルアップした?


 慣れた仕草で工藤さんへと視線を向けると、工藤さんは白魚のような両の手を机の上で組み、今はその上にちょこんと綺麗な小顔を乗せていた。心なしか、深刻そうな表情である。

 秋と言えば僕にとっては『食欲の秋』なのだけれども……このままでは『終末の秋』になってしまいそうだ。


「なによ、その目付き。 なにか言いたいことでもあるの?」

「いや、今日も綺麗だなと思っただけだよ。」

「……そう。」


 我ながら胡乱な目付きをしていただろう自覚はあったけれど、初手から喧嘩腰な工藤さんも工藤さんだよね、とはさすがに言わないでおく。僕はまだ滅びたくない。

 それに素直に褒めたことが功を奏したようで、どうやら工藤さんの威勢を削ぐことが出来たようだ。僕の視線から逃れるように工藤さんの顔はプイと反対へ逸れる。


 でも残念、照れていることは顔を見ずとも分かるんだよね。工藤さん、耳が真っ赤になるから。




 それはそれとしても『理想の世界』を語り合って以来、多少丸くなっていた工藤さんに一体何があったと言うのだろう。椅子に座り直した僕は工藤さんの機嫌について改めて思い出してみるのだけれど、少なくとも午前中はいつも通りだったように思える。


 ……駄目だ、原因が分からないな。

 しかし、ここで安直に「一体どうしたの?」なんて聞くわけにはいかない。そんなことを直ぐに聞いてしまうようでは『少しは考えたら?』と針刺す視線を向けられることぐらいは今の僕でも分かる。


 果たして工藤さんの不機嫌さの原因が『僕によるもの』か、それとも『僕以外によるもの』なのか。会話から、少しずつ探っていくしかない。その間に針は針山に戻して貰えないだろうか。


「確かに、この世界には仕組みルールが多過ぎるのかもしれないね。」

「『かも』じゃないわよ。 多過ぎるのよ。」


 僕の返答はどうやら工藤さんのお気に召したらしく、工藤さんの視線は再び僕へと向けられた。それならば、工藤さんの話に付き合うのもやぶさかではない。


「それなら、まずはどんな仕組みルールがなくなってほしいの?」

「良い質問ね。 やはりまずは『服装と容姿』に関する仕組みルールがなくなればいいと思うの。 私のことを他人にとやかく指図されるのって嫌なのよ。」


 服装と容姿。一見すると僕とは無関係なように思えるけれど、『他人にとやかく指図されるのが嫌』と言う部分に関してはその限りではない。工藤さんならそうやって遠回しに言ってくるぐらい、してきそうだし。

 うん、僕は工藤さんをなんだと思っているのだろうね。


「なるほど。 ちなみに『服装と容姿』に関する仕組みルールがなくなったら、工藤さんはどうしたい?」

「そうねぇ……制服で登校しなくなるかしら。 同じ服を着続けるのって飽きるのよ。」

「それは困るな。 工藤さんは制服がよく似合っているから。」

「……たまには着てくるわよ。」


 やはり、思った通りだ。

 工藤さんがこれからも制服を着てくれるのは僕にとっては嬉しいことだけれど、僕に軽く口出しされただけで行動を下方修正するぐらいなのだから『服装』が不機嫌の根本原因ではないのだろう。まだまだ油断は出来ない。



******



「次が最後よ。」


 ここまでにいくつもの条件が持ち上げられたけれど、どうやらそれも次で最後になるらしい。今のところ、工藤さんが破壊してきたものに僕は関わっていない。工藤さんの不機嫌さは僕とは無関係なのだろうか。

 それに工藤さんが破壊した世界でも僕は変わりなく生活できそうなので、これにより僕の生存も決定する。ここまで来たなら、せっかくだから生き残りたい。


「最後に、『男女の交際』の仕組みルールはなくなってほしいわね。 人前でベタベタしているのを見せつけられるのは、不快だもの。」

「それは……。」


 それは『とても工藤さんらしい条件だな』と納得すると共に『これは詰んだな』と思った。

 男女交際をしなければ工藤さんの世界に居続けて良いようではあるのだけれど……僕だって青春真っ盛りの高校生なのだ。男女交際に興味がないわけではない。


「それで、佐藤くんは私の世界に居たいかしら?」


 だと言うのに、結末を僕に問うてくるのだから工藤さんは性格が悪い。果たして、なんて返答するのが正解なのだろう。


 現状、交際相手がいるわけではない。

 しかし、だからと言って男女交際がしたくない訳では無いのだ。女性に全く関心がないのなら、そもそもこのような話にも付き合ったりしていない。


「……僕は工藤さんの世界には居られないみたいだ。」


 熟考の末、僕は正直に打ち明ける事にした。

 解釈によっては『僕は男女交際がしたい』と言っているようなものなのだけれど、そんな僕の回答に対しても工藤さんは素っ気なく「そう、それは残念ね。」と答えるだけだった。

 本当に残念がっているのかはわからない。


 ……この辱めはなんとしても一矢報いねば気が済まない。

 恥ずかしさを押して告白したと言うのに無下にされ、手痛く切り捨てられた僕はこれ以上話を振られたくなかったので自分から話を振ろうとした……のだけれど。


「それなら、仕方がないわね。 仕方がないから最後の条件に一文追加するわ! 『男女の交際』はなくなってほしい、けれど『節度を守った男女の交際』なら良しとするでは……ど、どうかしらっ?」


 まるで、前もって言うべき台詞を考えていたかのように、僕の反応を待つことなく彼女は一息で言い切ったのだ。でも、『どうかしら?』って僕に聞かれても困るんだけれど……。


 それまで表情を一切変えることなく問うてきていたと言うのに、何故ここにきて誰かに恋願こいねがう表情を浮かべているのだろうか。

 もしかして……僕、試されている?



「『節度』は大切だよね。 でも、そうやって中途半端に仕組みルールで縛り付けると、尚更『雁字搦めに仕組みルールで縛りつけられた世界』って感じがするね。」

「!?!?」


 決して、僕自身が人前でもベタベタしたいから言った訳では無い。これはそう……元々のコンセプトからズレないように忠告してあげたのである!

 でも、人前でも恥じることなく恋人と仲睦まじくしているのには憧れるよね。


「違うの、そんな返事が欲しかったんじゃないのっ!」

「それなら人前でのベタベタに……わ、私は耐えれるかしらっ?」


 最後の条件が出終えたと言うのに、工藤さんは小声で今更何を言っているのだろう?自分が破壊した世界にはちゃんと責任を持って貰いたいものだね。





「そういえば、どうして急にあんなことを言い出したの?」


 話を最後まで聞いてみても結局原因が分からず終いになってしまったので、僕は素直に聞いてみることにした。

 一通り愚痴を吐き出したことで多少機嫌の戻った今なら聞いても大丈夫じゃないか、そう思ったのもある。


「……いいじゃない、別に。」

「良くないよ。 他でもない、工藤さんのことなんだから。」

「な、んぁ……っ!?」


 見える地雷は早々に除去するに越したことはない。踏んでからでは遅いのだ。


「工藤さんが理由もなく、あんなことを言うとは思っていない。 だから、聞かせてほしいな。」

「……帰りのホームルームで『明日、席替えをする』って言っていたでしょう? 私、一番後ろの今の席が気に入っていたから、気が進まなかったのよ。 それに……その、佐藤くんの隣だし。」


 そういえば確かにホームルームで『席替えを行う』とは言っていたけれど……それだけのことが工藤さんにとって世界を破壊したくなるほどに受け入れ難かったと言うことなのか。

 そんな言葉を聞いてしまっては……お手上げだ。僕は両手を上げて白旗を振りながら、降参を宣言する。


「実は僕もこの世界は少し、壊れていてもいいと思っていたんだ。」


 さしあたっては……明日の席替えで工藤さんが一番後ろの席を手に入れられるよう、根回しするところから始めようか。

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