21話。ベオウルフ盗賊団

 俺たちはエルフ王家の馬車で、イヌイヌ族の荷馬車を先導しながら街道を行く。


「くんくん。うん、あるじ様、敵の気配ないよ」


 御者台には、獣人少女リルにも座ってもらい索敵を行ってもらっていた。人間を超越する聴覚と嗅覚を持つ彼女は、魔獣や野盗が近づいてくれば、すぐにわかる。


「偉いぞ。リル。その調子で何かヤバいヤツが近づいてきたら、すぐに教えてくれ」


 俺はリルの頭を撫でてあげた。


「うん、あるじ様。リルお仕事、がんばる!」


 リルはパタパタと尻尾を振って、うれしそうに目を細める。

 リルはかわいいヤツだな。


「依頼を達成したら、リルにもお小遣いをあげるからな。何か好き物を買うといい」


「好きモノ? リルが一番好きなのは、あるじ様! その次が、お肉かな。お肉、いっぱい食べれる?」


「お、おう。いっぱい食べられると思うぞ」


 無邪気にリルは好意を向けてくるので、ドキッとしてしまう。


「やったぁ! じゃあ、リルは大好きなあるじ様と、大好きなお肉いっぱい食べる!」


 リルが満面の笑みで抱きついてきた。


「そ、そうだな。みんなで焼肉パーティをするか」


「リルさん、そろそろ交代の時間ですよ!」

 

 コレットがムッとした様子で、客室の窓から顔を出す。

 御者台の定員はふたりなので、どちらが俺の隣に座るか揉めた末、一時間ごとに交代で座ることになった。

 野盗の奇襲から身を守るため、客室にはイヌイヌ族たちにも乗ってもらっている。


「交代時間? リル、まだあるじ様の隣にいたい」


 リルは犬耳をペタリと寝かせて、残念そうな顔になる。


「……残念だけど。最初に決めたルールは守らなくちゃいけないからな。イヌイヌ族たちと、仲良くバナナでも食べていてくれ」


「うん」


 俺はバナナを大量に出して、リルに持たせてあげた。

 商人であるイヌイヌ族たちと会話すれば、リルにとって得られる物があるに違いない。リルには、少しでも社会性や生活する上での知識を身に着けてもらいたかった。


「ワン!? 先程いただいたリンゴも絶品でしたが、今度はバナナをいただけるんですかワン!?」


「コレット姫様にリンゴを剥いていただいて……もう、いたれりつくせりです、ワン!」


 イヌイヌ族たちが喜びの声を上げている。

 俺はふたりの少女の交代のために、馬車を停止させた。イヌイヌ族の荷馬車にも止まってもらう。


「……大丈夫そうだな」

 

 ユースティルアの街を振り返ると、特に異常はなさそうだった。

 もし街がエルフや魔物の軍勢に襲われたら、狼煙が上がることになっていた。


 エルフの侵攻は、すでに王国政府にも伝えてある。王国は防衛のため正規軍1万を国境付近の砦に派遣してくれていた。

 もしエルフが攻めてきたら、狼煙で知らせて、近隣の領主からも援軍を出してもらう手筈だ。


「ユースティルアに異常が起こりましたら、お約束通り、すぐに引き返してくださいワン」


 荷馬車の御者台に座ったイヌイヌ族が、俺に声をかけてくれる。


「ありがとう」


 ユースティルアが攻撃されたら、すぐに戻って戦うつもりだ。

 あの街は城壁に囲まれているので、大軍に囲まれても簡単には陥落しないだろう。隣の街まで行って帰ってくるだけの猶予は有るハズだ。


 それに俺がイヌイヌ族の護衛を引き受けたのには、もうひとつ狙いがあった。

 どうやら、このあたりには強力な野盗集団が流れて来ているらしい。


 ユースティルアの防衛力を強化するため、彼らを手勢に加えることができないか。考えていた。

 野盗というのは、食うに困った者が仕方なくなる場合が多い。不作が続いて税が支払えなくなった農村の者や、傭兵崩れなどが主な構成員だ。


 だったら、彼らをユースティルア子爵家が兵として雇えば、問題が一石二鳥で解決するんじゃないか? 俺はそう考えていた。

 

「ご主人様、ミリア様が心配なのですね」


 コレットが御者台に上がってきた。


「コレットも狙われる心配があるから、できれば、ずっと客室にいてもらいたいだけどな……」


 もし遠方から狙撃されたら、100%守れるとは限らない。

 しかし、そんなことを言っても納得してもらえないのは、もう承知していた。俺の側がもっとも守りやすいのも事実だし、諦めるしかないな。


「ご主人様の側で死ねるなら、わたくしは本望です。離ればなれになって、命を落とす方が後悔します」


 コレットは意外と肝が据わっていた。このあたりは、さすがはエルフの王女と言うべきか。

 どこにいても危険があるのは事実だからな。自分が後悔しない選択をするべきだ。


「わかった。それじゃ魔法で索敵を頼む。何か異常があったら、知らせてくれ」


「はい!」


 コレットは周囲半径1000メートルに、魔物や敵意を持った人間がいないか感知する【索敵(サーチ)】の魔法が使えた。

 この魔法の何よりの利点は、維持に集中力が必要なため、使用者はまともな受け答えができなくなる点だ。

 そうコレットが大人しくなるのだ!


 何かあるたびに抱きつかれたり、新婚旅行の計画など話されると、俺のメンタルが保たない。


「あっ! ご主人様、敵です!」


「あるじ様、騎馬の一団が向かってくる!」


 その時、コレットとリルが同時に警告を発した。


「イヌイヌ族さん、急いで俺たちの馬車に入ってください!」


「ワン!?」


 荷馬車を御するイヌイヌ族に、俺たちの馬車の客室に入ってもらうよう促す。

 この馬車はエルフ王族専用だけあって、かなり頑丈だ。野盗程度の攻撃なら、ビクともしないだろう。


「かなりの規模の野盗のようです」


「例の野盗集団か……歓迎の準備ならできている」


 やがて馬蹄の音を轟かせて、目の前に百騎ほどの騎馬の一団が現れた。凶暴そうな面構えをした男たちだ。

 鉄の剣や槍、革鎧などで武装しており、統率が取れているようだった。

 驚いたことに先頭で彼らを率いているのは、10代半ばくらいの少女じゃないか。


「ああっ!? あいつらは、悪名高い【ベオウルフ盗賊団】だ、ワン!」


 馬車の窓から外をうかがっていたイヌイヌ族が、驚愕の叫びを上げた。


「へぇ? あたしたちが誰だか、わかっているようね。痛い目に合いたくなかったら、荷物を全部、置いていってもらおうかしら」


 先頭の少女が胸を反らして告げた。その耳は尖っていた。

 もしかしてハーフエルフか?

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