20話。イヌイヌ族の護衛をする

「本日は、お願いしますですワン!」


 犬型獣人イヌイヌ族の商人たちが、目をキラキラさせて俺を見上げていた。彼らは俺の腰くらいしか背丈がないため、子供っぽく見える。

 モフモフの毛並みと尻尾を持った獣人種族だ。


「こちらこそ、よろしく。しっかり護衛させていただきます」


 彼らのリーダーと握手をかわす。

 俺は冒険者ギルド【銀翼の鷲】からの依頼で、イヌイヌ族の護衛をすることになった。 

 彼らは馬車に小麦を満載して、隣の街まで運ぶ。街と街の間は、危険な野盗がばっこしているので、冒険者を雇う必要があるのだ。


 【銀翼の鷲】の競合として【神喰らう蛇】がいるが、イヌイヌ族が【銀翼の鷲】を選んだのには理由があった。


「アッシュ様のおかげで、元手なく商売ができて大助かりですワン!」


「ホント、アッシュ様はボクたちの英雄ですワン!」


 イヌイヌ族が取り扱う小麦は、俺がスキル【植物王(ドルイドキング)】で生み出したものだ。俺は小麦を出して出して出しまくり、ユースティルアの食糧庫を満杯にしていた。

 小麦取り放題のため、イヌイヌ族の懐は一切、痛んでいない。


 もはやタダ同然になってしまった小麦だが、食糧難にあえいでいる他の街では大変な需要がある。なるべく多くの街に運んで売るのだそうだ。


「おかげで、大儲けさせていただけますワン!」


「ノーコストの商売、最高ですワン!」


「それはどうも……」


 尻尾を千切ればかりに振るイヌイヌ族に、俺は若干、気圧される。

 お礼に彼らは、【銀翼の鷲】に護衛依頼を出してくれた訳だ。共存共栄というヤツだな。


「では俺の仲間を紹介します。こっちは獣人のリルです。実は、この娘はいろいろあって社会常識が欠落してまして……

 ご迷惑をおかけするかも知れませんが、同じ獣人ということで、大目に見ていただけるとありがたいです」


「イヌイヌ族、リルの眷属。リル、しっかり守る!」


 リルもすっかりやる気だ。

 神獣フェンリルにとって、犬型モンスターや犬型獣人はすべて眷属(配下の者)という認識らしい。


「これは、かわいらしいお嬢さんですワン。どうか、よろしくお願いしますワン!」


 同じ犬型獣人ということで、イヌイヌ族もリルにシンパシーを感じてくれたようだ。幸先が良いな。


「こちらは……信じられないかも知れませんが、エルフ王国アルフヘイムの王女コレットです。この娘も社会常識が欠落してまして……

 ご迷惑をおかけするかも知れませんが、どうか大目に見ていただけるとありがたいです」


「コレット・アルフヘイムと申します。よろしくお願いしますね、イヌイヌ族のみなさん」


 コレットは礼儀正しくスカートの裾を摘んでお辞儀する。所作から高貴さが、にじみ出ていた。


「ワン!? エルフの王女様ですか、ワン!?」


 案の定、イヌイヌ族は度肝を抜かれた。

 コレットはエリクサーの調合を行っていたが、あとは密閉状態で3日ほど寝かせれば完成するという。

 そこで俺のパーティに合流することになった。冒険者ギルドへの登録もすでに済ませてある。


「はい。ですが、わたくしは国を追われた身です。今は未来のエルフ王となられる、ご主人様にお仕えすることを生き甲斐にしています。どうか特別扱いしないでいただけると、ありがたいです」


「ワン!? 未来のエルフ王!? ご主人様というのはアッシュ様のことですかワン!?」


「はい、もちろんです。偉大なる世界樹のマスターであるご主人様にお仕えし、その血を後世に残すことこそ、エルフの王女としてのわたくしの神聖なる使命です。

 その使命に全力を尽くすことこそ、わたくしの喜びです!」


 コレットが熱ぽっく語る。


「うん? と、ということは、アッシュ様はコレット王女と結婚するんですかワン!?」


「あーっ……この娘の発言には、多分に妄想や思い込みが入っているので、真に受けないでいただけると、ありがたいです」


 イヌイヌ族たちに釘を刺しておく。

 他の街で、変な噂をばらまかれたりしたら困るからな。


「妄想? そんなことはありません。男女が同じ部屋で寝ると、子供を授かると聞きました。であれば、もうわたくしはご主人様の子を身籠っているかも知れませんね!」


「ワン!? これはビッグニュースです、ワン!」


「おぃいいい!? いや、だから! 他人の前で、そういった発言は謹んでくれ!」


 俺は絶叫した。


「……何故でしょうか? 世界樹のマスターの血を取り込むことはエルフ族の悲願。とてもおめでたいことだと思うのですが? わたくしもちょっと恥ずかしいですが、おめでたいことはみんなに広めた方が良いかと?」


 コレットは小首を傾げている。


「俺たちはそういう関係になっていないから! 身籠っているとか絶対に無いから、困るんだよ!」


 確かにコレットとミリアとリルと、毎晩、同じ寝室を使うハメになっているが……

 俺は【植物王(ドルイドキング)】で喚び出したネムネム草を使って、コレットたちを先に眠らせ、危険を回避していた。

 間違いを犯す気は絶対にない。


「こ、こここ、今夜も一緒に寝ましょうね、ご主人様!」


 ぽっと頬を赤らめて、コレットが告げる。


「うん、うん。リルもあるじ様と、毎日、一緒に寝れて楽しい」


「ぶぅっ!? リル!?」


「あんな、かわいい娘たちと一緒に寝ているだと?」


 たまたま通りかかった【神喰らう蛇】所属の冒険者が、俺に嫉妬のこもった目を向けてきた。

 この前のトラブルから、ずっと【神喰らう蛇】の連中には目の敵にされているので、かんべんして欲しい。


「チッ、いい気なもんだぜ、元一番隊隊長様はよ」


 彼らは俺を遠巻きに睨みつけてるだけで、絡んで来ようとはしなかった。

 なら、俺も気にしないようにしよう。

 

「それよりあるじ様、お腹空いた!」


 俺は思わず脱力する。

 このふたりの少女に常識を教えるのは骨が折れそうだ。

 リルは満腹にさえなってくれれば、大人しくなるのでまだ扱いやすいが……

 コレットのセクハラには、毎回、寿命が縮まる思いだ。


「はぁ〜、わかった。とりあえず、スイカでも食べいてくれ」


「わぁ!?」


 大きなスイカを【植物王(ドルイドキング)】で出現させる。リルは大喜びで、スイカをふたつに割って食べ出した。


「おいしい! おいしいッ! あるじ様、大好き!」


「な、何も無いところから食べ物を生み出す。やっぱり神がかったスキルですワン。アッシュ様が一番非常識な感じがしますワン!」


 イヌイヌ族が感嘆の声を上げた。

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