アナタイロ

@pu8

 アナタイロ


 月替り、部屋に掛けてあるカレンダーを捲ると、もう12月。

 この季節になると、いつも思い出す事がある。

 少し浸りたい気持ちになり、ヤカンでお湯を沸かす。

 電気ケトルじゃ、早すぎちゃうから。


 ◇  ◇  ◇


 私の実家の近くには小さな町工場があって、その入り口には少し変わった自動販売機があった。

 小さな頃それを見た興奮は、今でも覚えている。


 小学3年生の冬、犬の散歩の帰り道に父が “ちょっと食べてくか” と言って工場に立ち寄り、カップ麺を買った。

 自動販売機からお湯を注ぎ、フォークを刺して蓋を止めている姿が、妙に格好良かった。 


 そんな姿に憧れて、小銭数枚を握りしめてする背伸び。

 いつしかそれは、私の心の拠り所となってゆく。

   

 運動会のリレーで1着になった日。


 ピアノの発表会で上手く弾けた日。


 テストの点数が悪かった日。


 愛犬が亡くなって、悲嘆に暮れていた日。


 楽しい時も、辛い時も、私はあの場所でカップ麺を食べていた。



 中学3年生の夏、私のクラスに転校生がやってきた。

 偶然にも席が隣になった私達は、その日から意気投合をし、常に一緒に行動するようになった。


「あー、肉まんもピザまんも両方食べたいなぁ……どっちにするべきか……」

「ふふっ、じゃあお互い違う方を買えばいいんじゃない? そしたら半分こしよ?」


 彼女の笑顔は、いつ見ても素敵だった。

 隣りにいるだけで、心が温かくなる。


「寒っ……もう秋も終わりかぁ……」

「……手、繋がない?」


 1つしか無かった手袋。

 お互違う手につけて、残った方で手を繋ぐ。

 彼女の温もりは、どんなに分厚い手袋よりも暖かかった。


 勿論あの場所にも連れて行った。

 だって、大切な人だから。


「またそれ食べてるの?」

「うん。そっちだっていつもそれでしょ?」


 誰が見ても仲良しだった私達でも、好みの違いっていうのは存在して……

 まぁ、色の違いとか味の違いなんて、些細な事だと思っていた。


 中学生最後の12月、上手くいかない事が続き自暴自棄になっていた。

 あの時の私は……今すぐにでも忘れたい程の、醜態の極みだった。

 忘れたい事程忘れられないもので、おかげでこうして鮮明に思い出している。  


「だ、大丈夫だよ。きっと次は……」

「私の気持ちなんか分かんないでしょ!! 良いよね、余裕がある人は。私なんか……」


 思わず強く当たってしまい、収集がつかなくなった私はその場から走り去った。

 罪悪感と嫌悪感で押し潰されそうになり、近くの神社で隠れるように項垂れて……

 気が付けば外は暗闇になっていた。


 家に帰るはずなのに、足は自然とあの工場へと向かってしまう。

 何回も、何十回もしている事。

 小銭を入れて、毎回同じボタンを押す。

 ただそれだけなんだけど……その時は違った。

 ボタンを押す瞬間、彼女の顔が思い浮かんで……私は初めて、隣のボタンを押した。


 工場の横にある小さなベンチ、私の特等席には、先客がカップ麺の出来上がりを待っていた。


「な、なんでいるの!? っていうかなんで……」


 鼻水を啜る音、赤く腫れた目。

 その姿に、心が締め付けられる。


「……アナタの気持ちが知りたくて。ごめんなさい、私……どうしたらいいか分からなくて……これを食べれば……少しでもアナタに近付けるのかなって」


 その純粋な心に、拗らせていた私の何かが優しく解けてゆく。

 彼女の涙を指で拭い、力強く抱き締めた。

 不器用な私は、こうする事しか出来ないから。


「ごめん……ごめんね……」


 おでこ同士を擦り寄せると、自然と目が合って……

 どちらからともなく、私達はキスをした。


 汁を吸って伸び切った麺。

 冬の月、肩を寄せ合っていたからか暖かかった。



「……美味しいね」

「うん……美味しい」


 美味しいに決まってる。

 だって、彼女が食べてきたモノなんだから。


 初めて食べた緑のたぬきは、大好きな彼女の味がした。


 ◇  ◇  ◇


「ヤカンの火、つけっぱなしだったよ?」

「ごめんごめん、色々と思い出してて」


「……もう5年も経つんだね。赤と緑、両方作っておいたよ」

「ありがと。ねぇ……今だったら、何色が好き?」


 この季節になると、いつも思い出す事がある。

 隣にはいつだって、微笑んでくれる大切な人がいるから。


「……ふふっ、アナタ色♪」


 5年前と同じ様に、私達はおでこ同士を擦り寄せて、それから……

 きっと、伸び切ったカップ麺を食べるのだろう。

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