キツネな狸

銀ビー

キツネな狸

 今晩も家の庭には客が来ている。春先から週に二、三回は来る常連だ。既に我が家の一員となっている。客の名前は『キツネ』。


 目の周りが黒く垂れ目に見える顔。半円で可愛い耳がちょこんと頭の上についている。茶色い体毛で覆われた胴体は丸く尻尾までモフモフだ。


 生物学的には狸です。でも名前はキツネ。


 だって家は赤井ですから。アカイに続くのはキツネがこの国の常識でしょう?


 赤井家の一員だから赤いキツネです。因みに私の学生時代のあだ名でもある。


 苗字が赤井だからというだけで、小学生時代に越してきたこの町で付けられた。


 男の子から揶揄われるのが嫌で泣いて帰って来た事もある。


 その度に母は「ごめんね。ホントにごめんね」と謝り頭を撫でてくれたものである。


 その母も既にここには居ない。母がこの世を去り、独りぼっちになった私の前に、まるで入れ替わるかのように現れたのがキツネだった。


 独りになって心細くなっていた私を励ますかのように、この人里で逞しく生きている姿を見せてくれたのだ。


 最初は庭の片隅にある家庭菜園の野菜を齧っていた。当然、追っ払った。


 でもまた直ぐに来た。野菜なんて周りの畑に沢山あるのに何故か家に食べにくる。


 不思議に思ったのでスーパーで買った同じ種類の野菜を置いてみた。バリバリと食べた。


 それじゃあとパンをあげてみた。むしゃむしゃ食べてた。


 白米をあげてみた。カリカリと齧ってた。


 肉をあげてみた。むしゃぶりついていた。


 何でも食べるんかい、こいつ。見事なほどに雑食だった。食べられる物は何でも食べる。キツネなんてとんでもない名前を付けられているのも気にせず一生懸命に生きていた。


 逞しすぎるだろと思ったらちょっと笑えた。久しぶりに笑った気がした。


 思い返せば私もあだ名のせいで少しは強くなれたのだろう。そう思うとキツネのあだ名も無駄ではなかったのかな。


 よし、仕切り直そう。私も自分の名前を背負って胸を張っていこうと目の前で今日の食事真っ最中のキツネな狸に誓う。


 でもね、お母さん。離婚したから仕方がないけど「赤井 緑」は結構しんどいよ。

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キツネな狸 銀ビー @yw4410

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