釣り人
田崎 伊流
釣り人
朝方の4時、アラームの鳴る3分前に目覚めすぐ様アラームをOFFにする。目はしっかり覚めているので冷水を顔にかける必要も無い。足早に台所へ向かい置いてある菓子パンを二つ手に取り一つは口へ、もう一つは釣具の詰まったリュックに詰め込む。噛んで飲み込む時間がもったい無いので食べながらその場でパジャマを脱ぎリュックの隣に投げられたロンT,ジーパンにジャンバーを前方へ突き出た腹を意識しつつ着る。引っ込んだ腹を確認するとリュックを掴み勢いよく肩に掛ける。そして玄関に立て掛けてある釣竿を右手でソッと持ち上げリュックへ突き立てる。しっかり押し込めた事を確認するとようやく玄関を開ける。所用時間10分。まずまずの出来だ。
暗闇の冷気がバッと全身を襲うが気にしない。釣り人にとって朝方の寒さなんて付き物だ。今更、それがどうしたって言うんだ。早歩きで原付に飛び乗りキーを勢いよく回す。2ストのエンジンが唸りを上げ古臭い車体が震え出す。とっくの昔にガタはきているが手放すつもりは微塵も無いし、この2スト特有の大袈裟なエンジン音を気に入っている。そんな愛車と共に馴染みの釣り場へ行って釣りをするのが唯一の楽しみだ。
だが今回は違う。今日向かうのは初めての釣り場。噂にすらならない謎な場所だが胸が高鳴る程期待している。良い釣り場だと言う根拠は無いが、あのじいさんの喋りは右から左へ流れる凡人の無駄話と違いつい耳を傾けてしまう〔現実〕があった。試さずにはいられない! アクセルをめいいっぱい回し誰よりも速く住宅地を駆け抜けた。
工場周辺は暖かい排水が流れたり船の往来で底に溝が出来たりと攻めやすいポイントが点々とある比較的易しいスポットとなる。つまり、じいさんが教えてくれたこの工場地帯沿いの海は当たりかーーと言うと実はその逆大はずれ。工場の屋根は一部剥がれ放置された重機は元の色なんて分からない程錆びついている。人の気配なんて全く無い明らかな廃墟。排水も出ず船なんて来ないから溝も埋まっているだろう。嘘をつかれたか…… いや、違う。きっとあのじいさんの目には…………
軋む金属音に波の音、それに挟まれて聞こえる従業員の明るい声。昼食片手に竿を振るう幾つもの影で賑わう海。
かつての光景を数秒見つめ、ゆっくりと愛車を走らせた。
釣り人 田崎 伊流 @kako12
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