第24話 パチパチ&キャンディー


「とうちゃーく」


 無事、工房へ辿り着いた。

 結局のところ、索敵魔法に引っかかっていた謎の静電気の正体はわからないままなんだけど……一体あれ、なんだったんだろう。

 魔の森のほうから帰ってきたので、正面ではなく裏口の扉を開く。

 少し開いた扉の隙間から伸びてきた何者かの手によって、工房の中へ引きずり込まれた。


「え、わわ――っ!」

「静かにしろ」

「え……君」


 勢い余って転びそうになったところを支えてくれたのは、広場の露店にも来てくれた、あの黒づくめの少年だった。

 今もあのときと同じ、黒づくめの格好をしている。


 ――どうして、うちにこの子が?


 私を先回りして工房に来ていたんだろうか。鍵を閉め忘れていたとか?

 朝、確かに急いで工房を出たから、その辺りの自信はない。

 それにしてもびっくりした。驚きすぎて、今も声が出ない。

 じっと見つめていると、薄暗い部屋の中でもキラキラと輝いて見える金色の目が私のほうを向いた。きゅっと縦に引き絞られた瞳孔は、人間のものとは明らかに違う。

 すぐに私から目を逸らした少年は、辺りを警戒するように視線を動かした。


「……何か、あるの?」

「攻撃されている……気がつかなかったのか?」

「えぇ?」


 ――どういうこと?? 攻撃されてるって、私が?


 少年の言葉の意味がすぐには理解できなかった。

 だって、本当に攻撃なんてされた記憶は――……あっ!


「……もしかして、あのパチパチって」


 ――実は攻撃だった……とか?


「お前は、随分と魔法防御は高いようだな」

「やっぱり、そうなんだ」

「賢者ぐらいでないと、お前を魔法で害することは難しいようだが……だとしても、正面のあの男だけは厄介だな」

「……うん?」


 ――正面? もしかして、そこに誰かいるってこと?


 そもそも、なんで私が攻撃なんてされているんだろう。

 あのパチパチが攻撃だったっていうなら、帰り道をずっと狙われていたことになる――気がついてなかったけど。

 王都から、ずっと尾行されていたってこと?


「……そういえば、指輪の代金がまだだったな」

「え? いやいや、それはいらないって、あのときも」

「口を開けろ」

「へ?」


 少年はかなり頑固者だ。加えてマイペースな気がする。

 お金はいらないってこれだけ言ってるのに、全然聞いてくれないし……っていうか、口を開けろってどういうこと?


「ほら、早く」

「いやいや――んうっ」


 ――今の、口を開けたんじゃないんだけど?!


 少年が指でつまんでいた、ころりと丸い飴玉のようなものを、突然、私の口の中に放り込んだ。

 反対の手で、ぎゅっと唇を閉じられてしまったので、びっくりしたけど吐き出すこともできない。


「――んぐ、むむッ」


 ――何これ、おいしい!


 舌に触れると、とろりと溶けたそれは、今まで食べたことのある飴の中で間違いなく、一番の美味しさだった。

 今日、広場でファーラと食べた、あの綿菓子を軽く飛び越えていくハイレベルなお菓子だ。


「え、え……消えちゃった」


 結構大きな飴玉だったのに、あっさりと溶けてなくなってしまう。

 びっくりするほどの口溶けだ。これって、本当に飴?


「ねえ、さっきのって」

「――来るぞ」

「え?」


 少年がそう言い切ったのと同時に、ドーンと地響きが起こった。

 少し遅れて地面が、ガタガタと大きく揺れ始める。


 ――これって、地震?


「つ、机の下!」


 慌てて、作業机の下に駆け込む。

 少年の腕を引っ張ろうとしたのに、その手は空を切った。


「あれ?」


 キョロキョロと見回してみたけど、少年の姿はない。

 また、ドーンと建物が大きく揺れる。慌てて、机の下に戻って頭を守る。


 ――いや、こんなことするよりも結界!


 そのほうが机の下に隠れるより、どう考えても安全だ。

 こういうとき、どうしても地震大国育ちの日本人は、反射で机の下に隠れちゃうよね。

 杖を構えて、自分の周りに厚めの結界魔法を展開する。


 次の瞬間、工房が吹き飛んでいた。



   ◆



「……何が起こったの、これ」


 更地になってしまった工房を、呆然と眺める。

 私が魔術造形で作った物は工房よりも頑丈だったのか、棚に飾ってあったものがあちこちに散乱していた。

 少年の姿はやっぱりどこにも見当たらない。

 あのときも路地から突然消えてしまったし、あの子はそういうのが得意なのかもしれない。


「にしても、訳がわかんないだけど」


 せっかく、師匠が用意してくれた工房なのに、一体なんでこんなことに。

 最初は地震かと思ったけど、崩れているのは私の工房だけだ。この周りには、うちの工房より襤褸の建物がいっぱいあるのに、隣接している建物以外は今までどおりの形で残っている。


 ――攻撃されてるって……あの子、言ってたよね。


 少年の言葉を思い出した。

 あれが本当なら、これは誰かに壊されたってこと?


「なんだお前。これだけやって、まだ生きてるのか」


 後ろから聞こえたのは、どこかで聞いた覚えのある声だった。

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