第19話 目玉商品


「さてと」


 ヴァンさんは私を応接スペースのソファーに座らせると、自分も隣に腰を下ろした。

 この人、なんか距離感がバグっている気がする。ちょっと落ち着かない。

 リードさんは座らずに、ヴァンさんの後ろに控えるように立った。うん、なんか騎士っぽいね。それ。


「……出してもらっても構わないか?」

「出すって、何を……?」

「どうせ売れ残っているんだろう? 金貨500枚で売ろうとしていた、例のもの」


 ――例のもの、って。


 そんな言い方をされると、なんかすごいものみたいじゃん。ただの装飾品なのに。

 別にさっきまでいろんな人の目に触れるように展示していたものだし、もったいつける必要もないので、アイテムボックスの中から売れ残った二つの目玉商品を取り出す。

 結界ケースに入れたまま、目の前の机の上に置いた。


「ほう。これが」


 ヴァンさんの関心は、私から二つの指輪に移ったみたいだった。

 密着していた身体が離れて、ほっと息を吐く。


「これ、手に取ってみても?」

「出しましょうか?」

「いいのか?」

「ええ。構わないですけど」


 振る舞いは我がままそうに見えるのに、こういうところを律儀に断ってくるあたり、好感が持てる。あの勇者とは大違いだ。

 感心しながら、杖を持つ。

 結界ケースは杖の先端でコツリと叩くだけで消えた。


「どうぞ」

「すごいな。結界魔法をいとも簡単に……さすがは大賢者の弟子だ」


 ――これも、普通の魔法じゃないってことかな?


 師匠の教えてくれた結界魔法がどういうものなのか、私はよくわからないまま使っているけど……もしかして、結構使うのが難しかったりするのかな。

 私にとって基準は師匠だから、判断が難しいっていうかなんていうか。

 ヴァンさんは指輪を手に取ってまじまじと眺めている。

 私が値札に書いた効果の内容を確認しながら、いろんな角度に指輪を傾けている。


「……この効果が本物だとすると、金貨500枚でも安いかもしれないな」

「へ?」


 とんでもないことを言われた気がする。

 私も適当につけた値段だったけど――まさか、高いじゃなくて安いって言われるなんて。


「本物ですよ。間違いなく」


 固まっていた私に代わってそう言ったのは、リードさんだ。

 先ほど買った指輪は既に装備として使っているらしく、それをヴァンさんに見せながら、大きく頷いている。


「……そういえば、セト。君の作ったこれはどうやら二つまでしか効果が重ならないようだ」

「え? そうなんですか?」


 そういえば、その確認はまだしていなかった。

 リードさんは指輪を五つ買っていたので、全部つけて試したんだろう――ということは。


「……使えないものを売ってしまった、ってことですよね。私」

「いや、そのことは気にするな。単体でも立派な装備だ。用途に応じて使い分けるつもりでいたし、気にすることはない」


 リードさんはそう優しく声を掛けてくれたけど、やっぱり気になるものは気になるっていうか。

 知らなかったとはいえ、説明もせずに売ってしまったのだ。非は私にある。

 やっぱりまだまだ、テストを繰り返したほうがよさそうだ。今回はあんまり考えずに売っちゃったけど。

 他にはどんなパターンが考えられるんだろう。

 リードさんみたいに実際にこの装備を使う人の意見とかも、ちゃんと聞いておきたい。


「……確認できてなくて、申し訳なかったです」


 重ね重ね頭を下げると、リードさんはもう一度「気にしなくていい」と声を掛けてくれた。

 うう、本当にいい人だ。


「リード。これは他の付与装備とは干渉しないのか?」

「ええ。それは問題ありませんでしたよ。どうやら原理が違うようですね。詳しいことまでは、わかりかねますが」

「ほう。やはり面白そうだな、これは」


 ヴァンさんはさらに目を輝かせた。

 今の話を聞いて、逆に興味が沸いたみたいだ。


「これを作っているのは、君なんだよな?」

「あ、はい」

「魔術師ということは、魔術で作っているのか?」

「そうですね。魔術造形という魔法で……師匠曰く、今は私にしか使えない固有魔法だろう、と」

「魔術造形、か……大賢者が固有魔法だと言ったのなら、間違いないだろうな」


 大賢者のお墨付きってことになるのかな。ヴァンさんは特に疑う様子もなかった。

 私にしか使えない新しい魔法なんて、危険視されたりしないのかなって実は思っていたけど、そんなこともないみたいだ。もしかして、これも師匠が後見人だからなのかな。


「セト。一つ相談なのだが」

「なんでしょう?」

「これを私に売ってくれないか?」

「え……?」


 ――それ、二つで金貨1000枚だよ? 要するに1000万円相当だよ? それを、ぽんっと買っちゃうの? 富豪なの?


 いや、貴族っぽいなとは思っていたけどさ。

 見た目どおりっていうか、お金持ちなんですね……ヴァンさん。


「ええっと、じゃあ……とりあえず、所有者登録しましょうか」


 そう返すしかなかった。

 最初から売るつもりではいたからさ……売りたくないわけじゃないし、むしろ買ってもらえるなら嬉しいんだけど、でもやっぱり高いものを売るってこっちも尻込みするじゃん。

 だから、お金を払う前にきちんと効果は確認しておいてほしいよね。

 こんな大金のやり取りをしてから、本当は効果がありませんでした……なんて、怖くてできないし。っていうか、いいの? 本当にこれ買うってことで。


「その所有者登録なんだが、魔力水にこれを浸すんだよな?」

「あ、はい」

「もし、その魔力水に二人分の魔力が入っていた場合、所有者は誰になるんだ?」

「……それは、まだ試したことなかったです」

「では、やってみないか? 私とリードの魔力を混ぜた魔力水を使って、実験してみたい」


 ――え、待って。もしかして、その金貨500枚の指輪でやろうとしてる?

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