第10話 黄昏のおしゃれさん


 そこから二十日間は、毎日が魔法の特訓の日々だった。

 簡単な属性攻撃魔法を教えてもらったり、結界魔法を教えてもらったり。


 おかげで、今私のスキル欄には『火属性魔法』『水属性魔法』『風属性魔法』『土属性魔法』『結界魔法』『????』という六つのスキルが表示されている。

 そう。最後の一つ、ずっと文字化けしてるんだよね。

 たぶん、造形に関するやつだと思うんだけど……師匠に聞いたら「今、この世界に存在しない魔法だからかもしれない」って言ってたけど。

 ちゃんと魔法が完成したら、表示されるのかな?


「魔法って詠唱とかしないんですね」

「一応はあるよ。ボクはしないけど」


 ――そうか。師匠基準でしたか。


 なんとなく、この師匠のこともわかってきた。

 この人、規格外にもほどがある。

 最初に出会って教えを乞うたのが師匠だったのがよかったのか、悪かったのか……私はたぶん、ちょっと他の魔術師とは違う育ち方をしている気がする。


 ――他の魔術師、知らないけどね。


「造形魔法……と仮に呼ぶが、キミの使うそれは魔力を魔石化した状態に似ている気がするな」

「魔石化、ですか?」

「ああ。強い魔物は体内に魔石を生成し、それを核とする。人間が扱う魔力とはまた違うことわりだな。だが、キミの造形魔法が生み出すものはその魔石とよく似た性質がある。たとえば、こうして魔力を強く内蔵しているところとか」

「……魔石っぽい綺麗さはないですけどね」


 私の目指しているものが造形用パテのせいか、私が造形魔法が生み出す魔力パテ(仮)は基本的に地味なグレーの塊だ。

 私にとってはかなり馴染みのある見た目でいい感じなのだけど、師匠はことあるごとに「この見た目はどうにかならないのか」と口にしていた。

 悪かったな、地味で。


「魔石は人間に生み出すことはできないと言われていたが、これは覆るかもしれないな」

「……私がやってること、結構やばい魔法だったりします?」

「魔法とはいつの時代も常に危険視されているものだ。気にすることはない」


 ――師匠、やっぱりかっこいいな。


 いや、見た目がイケメンなのは最初から知っているけど。

 そうじゃなくて、性格が。

 まあ……超がつくほどのスパルタだけど。


「さてと。この辺りで一度、魔術師ギルドに顔を出しておくか」

「おお! ついに!」

「身分証を手に入れれば、行動範囲を広げられる。そろそろレベルを上げることを考えたほうがいいだろうしな」


 ――やったぁ! なんか魔術師として及第点もらえたっぽい!


 師匠はいつも全然評価とか、そういうのは聞かせてくれないから。

 ほとんどの場合、理由も聞かされずにいろいろなことにチャレンジさせられるし。

 ちゃんとできてるのかできてないのか。

 その辺りもあんまり説明してくれないので、自分が伸びているのかどうなのか、ステータスウィンドウで見るぐらいしか判断がつかない。


 ――スキルが増えてるってことは間違いないんだろうけどさ。


 だから、こうしてちゃんと成長を認めてもらえると、ものすごく嬉しい。

 ……認めてくれたんだよね?


「準備をして、昼から出掛けようか」

「今すぐにでも行けますけど?」

「……キミは、その格好で出掛ける気か?」


 ――はい。ごめんなさい。ちゃんと着替えて準備してきます。


 師匠がおしゃれさんで綺麗好きなのを、すっかり失念していた。

 師匠は魔法の特訓で家から出ないときでもちゃんとした服を着ている……私は、ずぼっと一枚被るだけの適当な服なのに。

 ローブだって毎日着替えているし、本当に信じられないぐらいおしゃれさんだ。

 それを見習うのは難しいけど……とりあえず、並んで歩いて大丈夫なレベルには整えておかないと本当に怒られてしまいそうだ。


 ――さっきのも結構、ガチギレだったもんね。


 一度、自室に戻る。

 部屋の壁にはずらり、私の魔力を物質化したものが並べてあった。この二十日間の成果だ。

 固定化がうまくいっているか、こうして確認していた。


「……初日に作ったシャボン玉、やっぱり少しずつ小さくなってるなー」


 毎日一つずつ作った魔力パテ(仮)の中には、初日に作ったシャボン玉もある。まだ消えてはいなかったけど、明らかにサイズが小さくなっている。

 今じゃ最初の半分ぐらいの大きさになってしまっていた。魔力を完全に固定化できていないという証拠だ。


「結構いい感じにはなってきたんだけどなぁ」


 今日の朝作った魔力パテ(仮)は割といい感じの仕上がりになってきている。気に入って使っていた造形用のパテの硬さにだいぶ近づいていた。

 指先で捏ねて、形だって変えられる。

 魔力を使って造形できる日は、そう遠くないんじゃないかな。


「――おっと、早く出掛ける準備しないと」


 あんまり遅くなると、また怒られてしまう。

 私は部屋に備えつけられているシャワールームに、慌てて駆け込んだ。



   ◆◇◆



「あの……師匠って、結構有名人だったりします?」

「なぜだ?」

「いや、周りの視線を感じるなぁ……と」


 師匠と二人、魔術師ギルドに来ていた。

 扉を入るなり、突き刺さるような視線を向けられて――それはいくら鈍感な私でも、すぐに気づくレベルだ。

 それで、さっきの質問だった。


「前に宿の食堂でも、かなり見られていた気がしたが」

「え。嘘……全然気づいてなかった」

「だろうな。キミはそういうのに鈍感らしい」


 どんなに視線を向けられても、師匠は全く気にしていないみたいだった。

 遠巻きに見ている人たちからは『黄昏の魔術師様だ』と噂している声が聞こえてくる。やっぱり、師匠って有名人なんだ。


「……私、すごい人に魔法教えてもらってたんだなぁ」


 そう、しみじみと感じる。

 あのとき、師匠に出会えて本当によかった。


「それで――なぜ、ボクの杖を拝む?」

「師匠との縁を繋いでくれたのは、この杖なので……今日もお美しい。最高の造形です」

「っふはは。相変わらず、キミはブレないな」


 師匠が笑った瞬間、魔術師ギルドの中が大きくざわついた。

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