異世界で造形師めざします!
コオリ
第一章 黄昏の魔術師
第1話 巻き込まれ召喚って本当にあるんだ?
造形工房セルディア――それが、私の城だ。
といっても
「よーしっ、今日もやるぞ!!」
そうやって大声を張り上げたところで、その声が届く範囲に人は住んでいない。
私の工房のすぐ裏手には〔魔の森〕と呼ばれる、たくさんの魔物が棲んでいる森が広がっているので、誰も近づきたがらないのだ。
この辺も、昔はそうじゃなかったらしい。
年々成長し続ける魔の森がこんなところまで迫った結果、この辺りに住んでいた人々が逃げるように立ち退いて、今のような有様になってしまったんだそうだ。
おかげで工房の周りには、誰も住まなくなった襤褸小屋がいくつも建ち並んでいる――そのほとんどが完全に朽ちていて、もう誰も住めない状態なんだけど。
私の造形工房が建っている場所とは、そんなところだ。
魔の森っていう危険と常に隣り合わせの場所に住んでいる私は、近くの村の皆から変わり者扱いされている。まあ、私はそんなに気にしてないんだけど。
だって、私は元々余所者だ。
――異世界転移してきた人間なんだから。
◆◇◆
高卒で地元の会社に就職して二年。仕事はまだまだ覚えることばっかりで大変だけど、周りの人のおかげでなんとか頑張っていた。
好きなものは漫画とアニメ、それにネット小説を読むことと――あとは《造形》だ。
仕事の後と週末は、いつも趣味である造形に打ち込んでいた。
小さな頃から物作りは好きだった。
編み物、ビーズ、レジン、フェルト――流行っていたら、いろんものに手を出したけど、その中でもどっぷりハマってしまったのが、この造形だった。
造形にハマったきっかけは、学生時代に友人のコスプレイヤーに頼まれた小道具製作。
最初は手先が器用だからって理由で頼まれただけだったのに、元々好きだったアニメや漫画の世界の変わった形の武器や装備、独特な装飾や繊細なデザインを三次元におこす作業をちまちま続けているうちに、すっかり造形沼へと落ちてしまっていた。
本当に、どっぷりと。
自分でいうのもなんだけど、私の作る小道具は他の人のものとは一味も二味も違う。
撮影のときの見栄えだけじゃなくて、装着者のつけ心地や身動きの取りやすさ、ひいては実用性なんかもいつも考えて作っていた。リアルで実際に使うものじゃなくてもね。
鎧の
――という、コスプレ造形にしては本格的な工程をいつも繰り返し行っていた。
そこまでこだわっていたからこそ、私には造形依頼はいつも絶えることなく届いていた。私に作ってもらえるなら何年待ってもいいという猛者まで現れたりなんかして。
まあ、私もそれを楽しんでやっていたから、全然、苦ではなかったんだけど。
そんなコスプレ用の造形の
フィギュアを作ったりする、あれだ。
フィギュアっていったらキャラクターを作る人が結構多いんだけど、私が一番気に入っていたのは幻想生物やクリーチャー。いわゆる魔物やモンスターだ。
武器や装備も好きだけど、それよりも一番は魔物――特にドラゴンがお気に入りだった。
オリジナルで作る造形は、そんな幻想生物をモチーフにしたものばかりだった。
ドラゴンの頭や腕をかたどったオブジェは本当に大量に作った。あとは、実際に人がアクセサリーとして着けることができるドラゴンの角をイメージしたカチューシャだったり。
そっちもゴシック系のファッションが好きな人に、人気が出始めてきたところだった。
そんな充実した日々を送っていたけど、いつも決定的に時間が足りなかった。寝る間も惜しんで造形に精を出していたけど、それでも全然足りない。
これからどうしたもんか、と悩んでいたとき――私は異世界転移に巻き込まれたのだ。
◆◇◆
仕事からの帰り道。
私の頭の中はいつもどおり、帰ってから作る予定の造形のことでいっぱいだった。
その前を男女三人組の高校生が歩いていることにも全く気づかず、なんなら自分の足元にぽっかりと黒い穴な現れて、完全に落ちて――なんなら異世界に着くまで、自分の周りに起こった異変に全然気がついていなかった。
集中すると周りが見えなくなる、私はその典型らしい。
到着した先は剣と魔法をファンタジー世界。
ザ・異世界だった。
到着した場所はたぶん王城の大広間。
目の前の高校生たちに「世界をお救いください」と金髪の姫君が話していたし、隣に立つでっぷりと太った偉そうな王様も何かつらつらと自分たちの事情を語っていた。
でも、そんなものより私の興味を惹いたのは、自分の周りを取り囲む騎士が纏う鎧のほうだった。
――え、やば。本物すご……かっこよ。
がしゃがしゃと擦れ合う金属の音。本物の鎧の質感はコスプレ用に作ったものとは比べ物になるわけもなく、リアル感がすごい。
このまま、何時間でも見ていられる自信がある。
武器だってそうだ。
――本物はやっぱり、全然違う。
私の視線が騎士たちに釘づけになっている間に周りの話はどんどん進み、気づけば、街でひと月暮らせる分の金貨を手渡され、私だけが城から放り出されていた。
ちなみに金貨の価値を教えてくれたのは、私を王城の入り口に案内してくれた騎士さん。
たくさん説明してくれている間も、私は鎧と武器のほうに夢中だったけど……だって、あんなに至近距離で見られる機会なんて、そうそうないでしょ?
騎士さんの説明によると、私は勇者召喚に巻き込まれただけだったらしい。
要するに邪魔者払いされたのだ。
――さーて、どうしたもんかな。
それでも、私は別に途方に暮れてはいなかった。
転移してきてしまったものは仕方ない。帰る方法だってないって言われた。
それなら、この世界で生き抜く術を考えるしかない。
「造形で食べていけないかな?」
それは偶然にも、転移前に私が向こうの世界で考えていたことだった。
仕事を辞める手間とか一切なくなった分、よかったのか、悪かったのか――とにかく、ここから全くのゼロスタート。
「とにかく、挑戦してみるしかないかぁ!」
私はこの世界での一歩目を踏み出した。
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