第19話 妖怪サトリと雷獣の間の子は琥珀

 僕はかくりよ商店街のある店を訪れようとしていた。

 酒吞童子と妖怪サトリの琥珀さんと――。

 それから興味津々顔でキョロキョロしてるシグレが僕の横を歩く。


 シグレも心配だからついて来るってきかなくて、来てくれた。嬉しいけど巻き込んじゃうみたいで悪い気がしてる。

 桜の木のあやかし武士の蔵之進さんも来てて……。


 ふと振り返ると、……蔵さんが居ない?


 みんなが歩いて行ってしまうので、蔵さんのことが気になりつつも慌てて付いていく。


 あれ!? 今は、居る。

 もしかして蔵さんは大嶽丸が路地に潜んでいないか、探っているのかな?


 ふらっと消えたり現れたりしていた蔵之進さんは着流した和服の袂から扇を出して開き地面に置くと、扇の上に不思議なことにサクラさんが半透明の姿で浮かぶ。


「ここ……は? かくりよ?」

「かくりよでごさるよ、サクラ」


「サクラさん!」

「サクラちゃん!」


 するすると桜の花びらが舞ってサクラさんの体が実体化していく。

 不思議な扇、人間界とかくりよを結ぶ簡易的な扉の役割をするんだろうか?



 美空と彩花には大嶽丸のことは、あまり詳しくは言わなかった。

 無駄に恐怖心を無駄に煽るようなことになったら辛いだろう。

 おじいちゃん家の警護は豆助たちと、ハクセンや澪に頼んできたんだ。

 頼りになるよね。

 満願寺の和尚さんも気にかけてくれてるようだし、ありがたいです。



 かくりよ商店街の扉の大きな太鼓を「どぉーん……どぉーん」と叩いて、人間世界からあやかしの領域世界かくりよに本格的に僕らは踏み込む。

 そこまでの通路は曖昧な境界線、川と海の入口みたいなところかな?

 淡水と海水が入り混じった世界。


 足を踏み込んだ世界は、妖怪たちや妖しいあやかしの住まう世界――。

 僕ら人間とは、違う存在が闊歩し暮らす場所だ。


 琥珀さんの案内で辿り着いた場所は、商店街の奥の道の先だ。背の丈よりグンと高い竹ばかりが生えた、鬱蒼とした林の道を行ったところだった。


「わあっ! 大きい……。立派なお屋敷だなあ……!」

「すっげえぇなあ!!」

「うん、まあ。……雷獣一族の棲み家です。そして酒屋と酒蔵でもあります」

「酒蔵! へええ〜。どうりでオレのなかの血が駆け巡るように騒ぐわけだ」


 酒呑童子は頬を赤らめた。酒好きの妖怪の血筋のはずだけど、僕の目の前の酒吞童子は下戸だと言った。わずかに香るお酒の香りが彼の継承された妖力を刺激しているのかもしれない。


 琥珀さんが雷獣御殿の玄関に差し掛かると、軒先に居た小さな獣が飛び出して来て、琥珀さんの胸に飛び込んで来た!


「お館様! お帰りなさいまし! 待ち呆けておりましたテン」

「ふふっ、ただいま。この子は雷獣の仲間です。名をテンガンと申します。テンガン、お客様たちを屋敷にお通しして」

てんや猫に似ておるな」

「蔵さん、猫とは大違いニャ。アイツ、体から雷を出しているのニャン」

「触ったらびりびりしそうだね」

「雪春はオイラだけ、思う存分によしよしすれば良いのニャ」

「うふふっ、虎吉は嫉妬かな?」

「サ、サクラ! し、嫉妬にゃんかしないのニャ!」

「ふふっ……」

「雪春、笑うなニャン」


 虎吉は尻尾をくるくる回して、必死に否定した。

 僕はそんな虎吉の仕草がすごく可愛くて癒やされた。



 昨日、おじいちゃんが帰って来た。

 妖狐たちの畑作りのために行ってた妖狐の里から帰って来て、僕はさっそく夢のことや事情を話すと、おじいちゃんが一度かくりよをじっくり見てきなさいと言ったんだ。


 どういう意味なのかを訊ねると、実際に行って自分で感じたほうが良いと告げるおじいちゃんはどこか苦しそうだった。

 犬神の豆助はおじいちゃんがきっと、娘を僕の母さんを思い出しているからだとこっそり耳元で教えてくれた。


「で、今更だがな。……なんで虎吉も来てるんだ? お前猫だろ、雨が苦手なくせに。嵐を呼ぶ雷獣や、きまぐれな心も読んじまうサトリの集まりって苦手だろうが?」


 酒吞童子に問いかけられ、僕の洋服の胸元から妖怪猫又の虎吉が「じゃ~んニャン!」と言いながら顔を出す。


「酒吞童子、オイラを見くびるニャン! 雪春を守るのは当たり前ニャ。オイラは雪春のヒーローだニャン! そばで守るのニャ」


 そうだった。猫は濡れるのが嫌いなんだよね。

 雷獣の十八番は雷を起こし、雨と風も呼べること。

 虎吉の苦手なことが怒るかもしれない。なのに、僕のために一緒に来てくれたんだ。


「雪春くんは妖怪に好かれますね。……俺には、甚五郎さんが心配ながらも雪春くんを送り出した意味が分かる気がします」

「それって……琥珀さん」


 僕はおじいちゃんが言いたかったことが分かる気がしていた。

 全部は言ってはくれなかったけど、かくりよに僕は来てこの先のことを考える必要があるって。

 そう、……将来のことだ。


「雪春の母君……梓殿は蝕まれていた。妖気や悪しき力を強く受けて感じとってしまうからでござるな。人間の体には強すぎる妖気は毒なのやもしれんな」

「「蔵さんっ!?」」


 気づけばまた居なかった蔵さんが、突然目の前に姿を現してびっくり驚いた僕たち!

 神出鬼没とはまさにこのことだよね。


「琥珀殿、雪春とサクラを助けてもらえぬか?」

「そうしたいです。……覚悟を決めました。そのために来たんだ」


 琥珀さんの横顔が辛そうに歪む。


「僕とサクラさんを助けるのに、なんで琥珀さんが関係あるの……?」

「そ、それは……」


 酒吞童子が琥珀さんの肩を叩くと、彼は薄く笑った。


「はははっ。琥珀……、半端はんぱもんの我らはどこでも苦労するように出来ているみたいだな。せっかく人間界で生きようとしても、血縁やしがらみは思ったより強力なようだぜ」

「そうですね、酒呑童子。かくりよのこの一帯を平和に保つはずの俺たち雷獣の力が弱まったせいで、大嶽丸一派がはばを利かせているみたいなんですよ、雪春くん」

「雷獣も、無関係じゃないってことニャンね?」

「関係ないって言えるほど無責任には生きられないのが、他人の心を知ってしまう琥珀のサトリの性分であるのだ。……雪春、酒呑童子のオレも力を貸すぜ。鬼は鬼同士、力は互角なはずだからな」


 僕は戸惑っていた。

 おじいちゃんが言いたかったのは、かくりよを見ることで僕らがあやかしとは一線を画する人間だと知りなさいという意味だったのかと思う。

 ――その上で、自分が妖怪たち、彼らとどう関わって行くのか考える時だと、僕は受け取った。


 こんなに大好きになってしまった妖怪たちに、僕がサヨナラすることなんて出来るわけないじゃないか。


        ◇◆◇


 雷獣御殿のお屋敷の中に通されると、たくさんの小さな雷獣が仕事をしていた。

 掃除をする雷獣、伝票を抱えて走り回る雷獣、そろばんで勘定をする雷獣とか、僕たちにお茶を運んでくれた雷獣とか、とにかくいっぱいいた。


 雷獣のテンガンくんに広い畳の部屋に案内され、僕らは大きなテーブルの前に置かれた座布団に各自座る。

 猫又の姿の虎吉だけは座布団の上で丸まった。虎吉の二本の尻尾が右に左に揺れた。

 蔵さんは座らずに、腰にさした剣の鞘に触れたまま立って窓の外を見たりしている。目の奥が強い力がこもっていた。……警戒しているのかな。


「僕は戦うとかイヤなんです。傷つけ合わずに、頼政さんの魂を助けられませんか?」


 僕は単刀直入に自分の思いの丈を吐き出す。


「そう簡単にはいかないでござる。残念だが、頼政は永い年月を経てもはや大嶽丸そのものだと思うのだ、雪春……」


 蔵之進さんが真っ直ぐ僕を見る目が悲しそうで、しかし、キリッと鋭くなった。蔵さんは、はらを決めたんだ。

 そう感じて、スーッと背筋が寒くなる。


「僕、今さらとか言われると思うかもだけど、戦いや争いは嫌なんです。誰かが傷ついたり泣いたり苦しんだり、そんなのは嫌だ」


 僕の言葉に誰もしばらく何も言わなかった。

 いや、言えなかったのが正しいのかも。


「そう、優しくあればいいけれど。正直、鬼たちの凶暴さには説き伏せる自信が無いんだよ、雪春くん。甚五郎さんが見てこいって言ったのはむごいけれど現実を知れってことなんじゃないかな? 君のお母さんの二の舞いを負わせたくないから」


 僕は琥珀さんの言葉、胸にグサッと衝撃を受けた。

 お母さんの二の舞い? それって妖気をあまり受けないほうが良いってこと?


「雪春は甚五郎の孫ニャ。慣らしていけば大丈夫ニャン」

「……そうだな。まったく関わらるなとは言わないでござる。妖怪も人間も良い者と悪い輩がいる。だがやはり妖怪世界は根本から人間世界とはことわりが違うのだ」


 僕は以前出会った化け草履のことを思い出して、ぞおぉっとした。

 あの妖怪は人間に友好的な虎吉たちとは違う。

 自分とは異質なナニカを感じた。


「拙者の弟であった頼政はもう怨念の塊である。先手必勝、討つべき時が来たのでござる。……大切な者たちを守るためには躊躇わないで欲しいのだ」


 サクラさんがじいっと、そばに来て立つ蔵之進さんを見つめている。

 その視線に気づいて、蔵之進さんはサクラさんの頭を撫でた。


「そなたにもずっと迷惑をかけたな。……すまないことだ」

「蔵さんが謝ることではないです。私を救ってくれたじゃないですか。……甚五郎さんのお店に来られて、――私には今こうして居場所があるもの」

「サクラちゃあんっ!」


 サクラさんは見渡して、一人ずつ見つめて、微笑んだ。

 僕は胸がぎゅっとした。

 隣りのシグレは涙と鼻水をぐずぐず流しながら「感動しちゃうぜ〜!」と声を上げ、ずびずび言わせむせび泣いていた。

 時折り、服の袖で涙をごしごしこすって。


「そんなに泣かないで。シグレくん」


 サクラさんの顔はほんのり桃色に染まっていて、シグレを見つめていた。

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