Chapter28-5 俱利伽羅剣(1)

先日、コミックガルドにて、コミカライズ第四話が無料公開されました。

興味のある方は、ぜひぜひご覧ください。


――――――――――――――



「魔人王陛下が、貴様にご用があるそうだ。一緒に来てもらおう」


 マリナたちと別行動を取って数分後。マロンを伴って首都の第三層を巡っていたオレたちは、そこで一人の魔人に声を掛けられた。


 現在地は閑静な住宅街であり、他に人影は見当たらない。間違いなく、オレたちに向けられたセリフだった。


 声を掛けてきたのは、一メートル三十前後の身長と黄色い肌が特徴の、黄魔鬼おうまきと呼ばれる種族の男。


 先の言葉と身にまとう豪奢ごうしゃな服から、彼が魔人王の側近であることは、容易に察しがついた。


 同時に、オレの所在があちらに把握されていたことも理解した。


 どこまで敵側に筒抜けなのかは判然としないが……少なくとも、オレの正体が人間だとは露見していないらしい。でなければ、目前の魔人がここまで冷静に振る舞えるはずがなかった。


 最悪、魔人王にはバレている可能性もあるが、むしろそちらの方が好都合だった。


 何故なら、魔人王は『人類への殺意』という本能に振り回されていない、その証明になるんだから。人類対魔人の戦いを回避する、何らかの糸口になるかもしれない。


 まぁ、今考えても詮ないことだ。魔人王がどんな人物なのか、ほとんど分かっていないわけだし。


 逆に言えば、これはチャンスである。忍び込むくらいしか手段のなかった魔人王の居城へ、正面から堂々と入れるんだ。罠の可能性はとても高いが、それでも飛び込む価値があった。


「分かった。連れてってくれ。彼女も一緒で構わないな?」


 オレは首肯し、後ろで控えていたマロンに視線を送る。


「……良いだろう」


 黄魔鬼おうまきの男は一瞬渋面を浮かべたものの、すぐに了承した。おそらく、ゴネられる方が面倒くさいと考えたんだろう。


 扱いが悪質クレーマーのそれと同等なのは癪だが、ここで食い下がれば、話がややこしくなる。大人しく受け入れた。


 黄魔鬼おうまきの先導に従い、オレたちは町中を進む。厳重に守られていた第二層以降の門も、彼のお陰であっさり通過できた。


 顔パスだった辺り、この男は思っていた以上に大物なのかもしれない。好奇心がうずくけど、あちらは親交を深めるつもりはないようで、ずっと無言を貫いていた。


 ただ、まったくの無反応だったわけではなく、


「何度見ても圧巻だな」


「当然だ。魔人王陛下が直々に設計した城なのだから」


 城の目前にて改めて感想を呟いたところ、そうやって自慢げに返してきたんだ。言葉の節々からも感じ取れていたが、この男は魔人王を心底慕っているらしい。心酔と表しても過言ではないな。


 だからこそ、オレたちを呼び出す役に抜擢されたんだろう。この男なら、どんな問題が立ちはだかっても魔人王の命令を遂行しそうだった。


 城内はとても洗練された構造をしていた。たとえるならオフィスビルに近いか。余計な飾りはなく、無機質な印象を受ける。


 このご時世には珍しく、上階へ向かうための階段やエレベーターも、二つにしか分けられていなかった。侵入者など恐れるに足らずという自信の表れか、はたまた別の理由があるのか。


 しばらくして、オレたちは城の最上階へと辿り着いた。エレベーターを降りると、目の前には三角形の大きな扉があった。


「この先で魔人王陛下がお待ちだ。無礼なマネをしてみろ。私が容赦しないぞ」


 そう言って、オレたちをギロリと睨みつけてくる黄魔鬼おうまき


 側近だけあって、かなりの実力者なんだろう。並の相手なら、この視線だけで気絶しても不思議ではない気迫があった。


 とはいえ、オレたちには何の痛痒つうようも与えられない。平然としているこちらを見て、黄魔鬼おうまきは詰まらなそうに舌打ちをした。


 それから、彼は扉の近場に設置されたパネルを操作し始める。


 十秒ほど後。カシュンと空気の抜ける音が響き、いよいよ扉が開く。三角形のそれは真ん中から二つに割れ、斜め上へとスライドしていった。


 魔人王のいる部屋は、ほぼ全面がガラス張りだった。円錐の頂点ゆえに、その眺望は素晴らしい。どこまでも透き通る青い空と、魔獣島の自然が一望できた。


 インテリアの類はほとんど配置しておらず、唯一あるのは玉座のみ。オレたちの現在地とは正反対である窓際に、窓外へ向く仰々しい椅子があった。


 当然、その椅子には座する人物がいる。


 背もたれのせいで全貌は把握できないが、あれが魔人王で間違いないだろう。まとう膨大な魔力もさることながら、その傍らには嫌な気配を称える棒状の武器が置かれていたので明白だった。


 あれは聖剣だ。全長は六十センチメートルほどで、つばのない針のような細身の形状。カレトヴルッフの証言が正しければ、俱利伽羅剣くりからけんで間違いない。


 オレが聖剣へ最大限の警戒を払う中、前にいた黄魔鬼おうまきの男が声を上げた。


「ご下命に従い、ご指名された男とその付き人をお連れいたしました!」


「ご苦労さま」


 多分に優しさを含んだ声。想像していたよりも、若い気配が感じられる。


 そんな返事とともに、くるりと玉座が回った。あの椅子、まさかの回転式だったらしい。


 あらわになった魔人王の姿は、とても普通だった。


 身長は百五十くらいで、人間よりも手足が長いように見える。全体的に痩せ細っており、褐色色の肌と相まって枯れ木を彷彿とさせた。


 ただ、そんなものよりも目立つ特徴を、魔人王は持っていた。瞳を持たないんだ。人類の目に相当する部分には何も存在しなかった。


 弱肉強食を是とする俱利伽羅剣くりからけんの使い手だから、筋肉隆々の魔人を想像していたんだが、完全に当てが外れた。イメージと正反対である。


 一礼した黄魔鬼おうまきは、そのまま流れるように部屋の隅へ移動した。これからの会話に参加するつもりはないらしい。


 黄魔鬼おうまきが下がったのを認めると、魔人王は再び口を開いた。


「ようこそ魔人国へ、強き者よ」


 僅かに口元を緩ませる笑みの作り方は、儚い印象を与える。やはり、俱利伽羅剣くりからけんの持ち主のイメージとは合致しなかった。


 こちらの反応を勘違いしたのか、魔人王は苦笑を溢す。


「『魔人国』なんて安直な名づけに関してはご容赦願いたい。何せ、この近辺に、我が国以外の魔人主体の国家は存在しないんだ。キミたちの故郷を侮っているわけじゃないと、理解してほしいな」


「……大丈夫だ。その点は理解している」


 内心を悟られないよう、オレは当たり障りのない返事をした。


 タメ口だったせいか、黄魔鬼おうまきの方から殺気が飛んで来たけど、突っかかってくる様子はないので無視しておく。


 今の魔人王のセリフから、三つの事実が明らかになった。


 一つは、魔人王が視覚に類する感覚を有している点。オレたちの内心を勘違いしたことから、そう予想できる。


 息遣いなど他の要素から察した可能性も否定できないけど、それにしては振る舞いがヒトと大差ない。いずれかの五感が尖っている種族特有の、妙な違和感かなかった。


 瞳もなく視野を確保している方法は、まったく分からないけども。


 二つ目は、魔人王がオレたちの正体を突き止めていない点。こちらの故郷を指して『魔人主体の国家』と言ったんだ。間違いないと思う。


 部下である黄魔鬼おうまきの前なので嘘を吐いた。そういった考え方もできるが、ほぼあり得ないだろう。


 嘘を吐いた時の魔力の動きはしていなかったし、聖剣の能力を使った気配もなかった。


 さすがの聖剣でも、相対しておいてオレの眼を誤魔化すのは難しいはずだ。こちらも聖剣の研究を進めており、無策なわけではない。


 だが、オレたちが島外から侵入したことは把握しているようだった。


 つまり、それこそ三つ目の事実。当初から懸念していた通り、魔人王はオレたちをずっと捕捉していたのである。おそらく、俱利伽羅剣くりからけんの能力の一つ、【覇動はどう】によるものだろう。


 人間だと露呈していないことを考慮すると、最北端の港町に侵入した時点では気づかれていなかったか、映像による情報は得られていなかったか。そのどちらかだな。


 できれば、後者であってほしい。映像の有無によって、情報の精度が大きく左右されるもの。


 一応、捕捉されている前提で動いていたので、大事な情報は渡していないはずだが、敵側が得た情報が少ないに越したことはない。


 努めて冷静に振る舞ったお陰か、魔人王がオレに不審を抱いた様子はなかった。こちらの返答に、ホッと安堵の息を漏らしている。


「キミ……えっと――」


「ゼクスだ」


「ゼクスの寛大な心に感謝しよう。しかし、他に魔人の国が存在するのであれば、固有の国名を考えないといけないな。あとで意見を募集しよう」


「いくつか訊きたいことがあるんだが、良いだろうか?」


 ブツブツと独り言を始めた魔人王を制し、オレは声を掛けた。


 それを受け、彼は恥ずかしげに人差し指で頬を掻く。


「おっと、すまない。思考が暴走するのは僕の悪い癖でね。それで『訊きたいこと』だったかな? もちろん、構わないよ。こっちも質問があったから、キミを呼び出したんだし」


「質問?」


 部下一人に呼び出させた辺りから察してはいたが、魔人王はオレと敵対する気はないらしい。無論、こちらの正体を知らないからこその態度なんだろうが。


「外の世界の情報はもちろん、キミについても興味があってね。国内を巡ったなら知っているかもしれないけれど、僕の愛剣は強者に目がないんだよ」


 朗らかに笑った魔人王は、最後にポンポンと傍らの俱利伽羅剣くりからけんを叩いた。その挙動に合わせて、聖剣が弁柄べんがら色の燐光りんこうを散らす。


「本来なら、王たる僕の要望を先に叶えるべきなんだろうけれど、そういう地位を誇示するやり方は嫌いでね。それに、愛剣も『強者を優先すべきだ』とうるさいんだ。だから、キミから質問してくれ。僕に答えられる範囲なら、何でも答えよう」


 そう言って、「どうぞ」と手を掲げる魔人王。


 あちらが先手を譲ってくれると言うんだ。遠慮なくその厚意を受けよう。


 また、好都合でもある。オレたちが人間である以上、魔人王の質問に上手く答えられない可能性が高いからな。


 オレは一つ深呼吸をし、最初の質問を投じた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る