Chapter25-4 道具(3)
「ギゼンシャが」
こちらの宣言に対し、子どもの一人が呟きました。
それは子どもたちのリーダー、ありていに言うと“ガキ大将”の男の子でした。
敵意を見せてから、初めて溢されたセリフ。
そこに、
それが無謀な願いだとしても、やはり捨て切れないのです。未熟者だと理解していても、希望に甘えてしまうのです。
「偽善、ですか?」
無論、意味は分かっております。本心ではなく、建前によって善行を行う者を指す言葉です。
しかし、どうして
……いえ、それではあまりにも鈍感すぎますね。
訂正しましょう。アッシュが発した言葉の意味を、
きっと、彼らは
やっと理解できました。子どもたちが冷えた瞳をしているのは、決して洗脳のせいではありませんね。
光魔法師の活動では、様々な方に出会います。当然、瞳にあのような色を浮かべる方にも。
ゆえに、どういった経緯で
あれは世界を否定したいと願う、心の根っ子まで絶望に染まってしまった者の浮かべるものです。
自らの命以外のすべてを失ってしまったヒト。治療が遅れ、約束されていたはずの輝かしい将来が絶たれてしまったヒト。裏切られ続け、自分の体さえ削り落としていったヒト。そういった、多くの理不尽を目の当たりにしてきました。
光魔法は万能の魔法ではありません。死者は簡単に生き返らせられませんし、傷や病が長期間放置された場合、末端部分が治せないこともあります。
不可能に直面する度に、絶望する彼らの顔を見る度に、
そして今、新たな壁に衝突しました。
明らかな憎悪と敵意を抱く幼い子どもたち。本来なら親元で幸せに暮らしているはずの彼らは、世の理不尽に呑まれたせいで、こうして歪で鋭い牙を剥き出しにしています。
壊すか治すか。両極端なことしかできない
救いたいのに、何をすれば良いのか分からない。焦燥感と自分への憤りのみがグルグルと渦巻きます。
何度目か分からない
「一週間にも満たない僅かな時間でしたが、仲良くなれたと思っていました」
思わずこぼれたセリフに、何人かの子どもが微かな動揺を見せます。
……分かっていたことですが、洗脳の線は完全に消えましたね。少なくとも、感情は抑制されておらず、記憶も健在なのでしょう。でなければ、些細な揺らぎさえ生まれません。
そんな彼らの
「同情を誘って俺たちの裏を掻こうたって、そうはいかねぇぞ!」
彼の言葉を耳にした途端、他の子どもたちは元の冷めた顔に戻ってしまいました。こちらが想定していた以上に、子どもたちにとってアッシュの存在は大きいようです。
「そのような意図はなかったのですが……」
「信じねぇぞ。お前たち大人は姑息で嘘吐きだッ」
「……」
異論は認めないと言わんばかりの怒声を受け、
ですが、それでも、愚かな
「今までのあなたたちは、偽りだったのでしょうか?」
これまで仲良くしてきた子どもたちの姿が嘘だったとは、とうてい考えられませんでした。自身の願望も含まれているとは思いますが、
対して、アッシュは今のセリフを違う意味で解釈した模様。眉尻を吊り上げ、激高します。
「俺たちはお前たちと違って、嘘吐きじゃない! あれは記憶がなかったせいだッ。ついさっきまでの俺たちは、大人たちの汚さを覚えてなかった。それだけにすぎない!」
嘘吐き呼ばわりしたつもりはなかったのですが、思わぬ収穫を得られましたね。
子どもたちは、反旗を翻すキッカケの記憶を失っていた。だから、敵意を察知することができなかったようです。
某魔女が開発した、呪いによる記憶奪取は記憶に新しいですね。かの魔女は帝国と裏で繋がっていたようですので、その技術が子どもたちに使われていても不思議ではありません。
もしかしたら、あの膨大な魔力に関しても、呪いが関わっているのかもしれません。
記憶――精神は魔力と紐づいていると、お兄さまは常に仰っておりました。ならば、記憶とともに魔力も奪えたのではないでしょうか?
専門外ゆえに、ただの憶測にすぎませんが、あながち間違った推論でもない気がします。
まぁ、今度は『その魔力はどこから持ってきたのか?』という疑問が生じるのですが。
何度も申し上げていますが、
ただ、子どもたちが強くなった原因にも、呪いが関わっている可能性が高そうです。彼らの憎悪が、きっと何かのヒントになるはずです。
「あなたたちに何があったのですか?」
事態を解決する糸口を探るため、彼らの過去を尋ねます。
しかし、アッシュは――子どもたちは決して口を開きませんでした。
「教えて何になる。俺たちはお前たちを殺して、二度と虐げられない世界を手に入れるんだ!」
取り付く島もないとは、このことでしょう。その後も会話のキャッチボールを試みましたが、ことごとく切り捨てられました。
率先して切り捨てていたのはアッシュだけでしたが、一切口を挟む気配を見せない時点で、他の子どもたちも同意していることが分かります。
もはや、打つ手なしでした。
「もう、時間がありませんね」
シオンたちが合流を果たすまで、一分を切りました。彼女たちが来ては、呑気に説得する暇はありません。
未練がましい行動はおしまい。
この結果は、薄々察していました。
何せ、彼らの求める救いは精神的なもの。肉体しか癒せない
それでも足掻いたのは、ひとえに
とはいえ、いつまでも、ワガママは通せません。優先度は相も変わらず、時間も差し迫っているのであれば、覚悟を決めなければなりません。
心から滲むのは後悔と悲嘆。この味だけは、何度経験しても慣れません。自然と、
ですが、悔やむだけで終わらせては、壁を前にして足踏みするだけではダメです。
反省も、後悔も、諦念も、何もかも終わった後に行えば良い話。今この瞬間は、前へ進むことのみを考えれば良い。
ゴチャゴチャと考えましたが、答えはいつだってシンプルです。
「ッ」
少し怯んだ気配を見せる彼でしたが、そのまま見つめ続けます。それから、力強く告げました。
「
「大切なものだって? それがギゼンシャだって言ってるんだよッ」
こちらのセリフを受け、アッシュは歯を剥き出しにして吠えました。そして、「【ブレイズランチャー】」と叫んで、上級火魔法を発動しました。
炎の砲撃を放つ攻撃魔法。彼の頭上に生まれた炎の塊は、空中に線を引いて
彼の行動につられ、他の子どもたちも攻撃を放ってきます。
いよいよ本気になったのか、先程よりも多くの魔力が込められておりました。
ゆえに、
「【コンバージョン・リビルド】」
詠唱するのは最上級光魔法が一つ。対象を光に分解し、再構築するだけの術。
ただ、多量の魔力が込められた魔法を、この魔法一つで分解はできません。弾幕の中のたった一つを、ほんの僅かに逸らすのが限界です。
ですが、それで問題ございません。軌道を少し逸らすだけで十分なのです。
すると、どうなるのか。
答えは簡単。すぐ近くにあった別の魔法に衝突します。しかも、その衝撃によって、ぶつかった方の魔法も軌道が変化し、さらに隣の魔法に激突します。
それは連鎖していき、あっという間に弾幕すべての軌道が変わりました。まるでドミノ倒しの如く。
結果、数々の攻撃は、
土埃自体は子どもたちの誰かが即座に取り払いましたが、彼らは驚愕をあらわにしていました。十中八九、
侮られては困りますよ、子どもたち。
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