Chapter25-4 道具(1)

 冒険者ギルドのトラブルの調査を始めて二日。みんなと相談した結果、サザンカに協力してもらうことが決まったが、未だ犯人は捕まっていない。実湖都みこつたちと一緒に遭遇した一件以降、もう一件の横取りが発生したものの、運悪くサザンカの探知範囲外だったんだ。


 こればかりは、サザンカに地道に頑張ってもらうしかない。彼女の探知範囲も――オレほどではないが――結構広いので、発見するのも時間の問題だろう。


 一方、それとは別に、とある調査結果がオレに上がってきた。帝国内で起こっていた誘拐事件についてだ。


 情報を得るのに難航すると思われていたそれは、意外なほど早く進展があった。


 というのも、くだんの誘拐組織は、帝国中で犯行に及んでいたんだ。帝国の各所に存在するらしい壊滅寸前の村はもちろん、平和な町でも一、二名の子どもが行方不明になっていたのである。


 そんなに手広くやっていれば、いくら慎重を期していても僅かに証拠は残る。そして、その“僅か”を見逃す部下たちではなかった。


 組織名は『ゴシーピム』。表向きは食料専門の流通業者となっているが、すべてフェイク。購入した食料を別の地で卸した形跡は一切なかった。おそらく、誘拐した子どもたちへ使っていたんだろう。


 何故、ゴシーピムの凶行を暴けたかというと、彼らの利用していた倉庫から隠し部屋を発見できたからだ。しかも、その部屋には、子どもを監禁していた痕跡まで残っている始末。


 キッカケがあれば、あとは容易い。芋づる式的に証拠を掴めていった。


 ゴシーピムは帝国のかなり根深いところまで食い込んでいたようで、中には裏取引をしている貴族もいた。自領の子どもを提供してもらう代わりに戦力を貸す、とね。


 嫌らしい手だ。聖王国との戦争の真っ最中ゆえに、普段は応じないだろう貴族までも抱き込むことに成功したんだ。


 一応、ゴシーピムの人員も捕縛したんだけど、こちらは有益とは言い難かった。子どもたちの世話や運搬を命じられていただけで、組織の情報は何も持っていなかったんだから。


 断言はできないが、ゴシーピムはトップ以外、雇われた者で構成されているのかもしれない。金の管理役さえ雇用された人材だったし、さらわれた子どもたちの最終的な行方を誰も知らなかったんだ。可能性は高そうである。


 一方、子どもたちの代わりに提供されただろう“戦力”は、部下たちの調査した限りでは認められなかったらしい。記録では納品済みと記載されていたが、強者の気配は感じられなかったという。


 聞き込みをしようにも、その“戦力”とやらは領主のみしか顔を合わせていないようで、結局は分からずじまい。


 部下からは『領主たちを尋問しますか?』と問われたが、止めておくよう命じた。


 何となく、嫌な予感がしたんだ。勘にすぎないけど、部下たちでは対応できない案件の気がする。


 こういう時の直感は大切だ。素直に従っておいた方が良い。


 この情報は、フォラナーダは当然、聖王国の上層部でも共有した。オレの勘も合わせてね。


 結果、前線にくだんの“戦力”が差し向けられても良いように、ニナが駐屯する運びとなった。


 冒険者ギルドの案件を担う人数が減ってしまうが、諦めるほかない。優先度の問題だ。


「じゃあ、オレは王都に戻るよ」


 時刻は十五時。帝国の子どもたちを収容する孤児院にて、オレは同行していたカロンやシオンに声を掛ける。


 本日……というより、ここ三日は、こうして孤児院の訪問を繰り返していた。特にカロンは、一日の大半を子どもたちの世話に割いていた。命の危機を助けた身として、やはり彼らのことが気掛かりのようだった。


 休暇中なんだから体を休ませてほしいと思わなくもないが、好きにさせている。子どもたちの触れ合いによって、精神的な充足を得られているみたいだし。


 子どもたちと一緒におやつを食べていた彼女たちは、こちらに顔を向けた。


「お気をつけて。わたくしとシオンは、もう少し残ります」


「分かった。二人も気をつけてな」


「はい!」


「お気遣い、ありがとうございます」


 カロンは笑顔で返事し、シオンは慇懃に一礼する。


 それを認めた後、オレは王都に繋がる【位相連結ゲート】を開こうとする。


 ――が、オレに帰ってほしくない子どもたちが抱き着いて来てしまい、一度中断せざるを得なかった。


「えー、もう帰っちゃうの?」


「もっと遊ぼうよ!」


「帰んないで」


「また明日も来るから」


 気持ちは嬉しいけど、この後にも用事が詰まっている。後ろ髪を引かれる思いを抱きながらも、丁寧に彼らを引き離していった。


 それから、気を取り直して【位相連結ゲート】を開こうとするオレだったが、またしても中断となった。


 今度は子どもたちではなく、【念話】が入ったのである。


 前線にいるオルカから?


 着信相手に首を傾げつつ、オレは応じる。


 すると、間髪容れず、彼の切羽詰まった声が聞こえてきた。


『ゼクスにぃ、すぐに前線に来てッ。敵が多すぎて、戦線が崩壊しそう!』


「何だって?」


 青天の霹靂だった。


 前線にはオルカの他にニナ、マリナ、ガルナという限界突破者が控えている。加えて、ユリィカを筆頭としたフォラナーダの高レベル者もいた。たとえ魔法司が現れようと、軽く追い返せる布陣だったはず。


 だのに、戦線崩壊だって? 意味が分からん。


 しかし、オルカが冗談を言っているようには思えなかった。嘘偽りなく、彼らを押し返すほどの物量を、帝国が用意したんだと理解する。未だ納得はできないが、オルカの言葉を信用した。


 であれば、即座に行動を起こさなくてはならない。オルカのセリフ通りなら、ここで足踏みしている余裕はないはずだから。


 オレは思考加速系の精神魔法と【念話】を組み合わせ、一瞬でカロンやシオンに情報共有を行う。また、こちらも警戒するよう促した。


 彼女たちが真剣な表情に移り変わるのを確認しつつ、オレは今度こそ【位相連結ゲート】を開く。


 行き先は前線。一切の躊躇ためらいなく、開かれた穴に飛び込んだ。


 はてさて。いったい、何が待ち受けていることやら。


 唐突に発生した不穏な空気に、オレは身を引き締め直すのだった。








◇◆◇◆◇◆◇◆








 お兄さまが【位相連結ゲート】を潜られるのを見届けた後、わたくし――カロラインは、すぐさま行動を起こしました。最上級光魔法【ディア・カステロ】を展開し、この部屋全体を覆い尽くしたのです。


 一方のシオンは、監督していた職員に声を掛け、部屋の外に出て行きました。全職員に今の状況を伝えに行ったのでしょう。


 大人たちの対応は、彼女に任せれば大丈夫ですね。わたくしは、引き続き子どもたちを守ります。


 【ディア・カステロ】は透明仕様にしているため、子どもたちが気づく様子はありません。お陰で、今も大人しくおやつを食べてくれていました。


 となれば、次は他の場所に子どもがいないか調べましょう。


 火の探知魔法を使い、施設内をつぶさに調査します。


 幸い、かくれんぼしている子どもはいませんでした。全員、この場に集合しているようです。


 おやつの時間であることが、功を奏しましたね。おやつを無視できる子どもは、そう多くありませんから。


 ホッと胸を撫で下ろし、子どもたちに目を配ります。


 最低限の安全は確保できましたが、ここからが本番です。できるだけ子どもたちを怯えさせることなく、事態に対処していきたいところ。


 まぁ、最善は、何も起こらないことですが。


 あくまでも、ここは孤児院ですからね。本来なら、何か起こるはずがないのです。


 ただ、そうやって楽観し、何もしないのは愚か者のすること。この子たちの経歴を考えると、絶対に何もないとは言い切れません。


 程なくして、シオンたちの反応が、こちらに近づいてきました。どうやら、職員たちに話を通し終えたよう。さすがはシオン、良い手際です。


 ところが、わたくしたちが合流する前に、事態は動き出してしまいました。それも最悪の方に。


「ッ!?」


 それに気がつけたのは、本当に偶然でした。


 シオンの位置を把握するため、探知魔法を維持したままだったこと。そして、背後からの不意打ちは経験済みで、何よりも警戒していたこと。その要素が合わさり、何とか反応できたのです。


 後ろからの害意に反応し、ほぼノータイムで発動した光の壁。それによって、中級魔法と思しき氷の矢は防げました。


 振り向けば、展開されたままの障壁に、直径三十センチメートルほどの氷の矢が突き刺さっているのが目に入りました。位置的に、わたくしの首を狙ったものでしょう。


 わたくしは、精神的に強い衝撃を受けました。


 命の危機にさらされたことに、ではありません。これまで何回も経験してきましたので、その程度のことでは今さら驚きません。


 では、何がショックだったのか。


 わたくしを攻撃してきたのが、子どものうちの一人だったからです。右手をこちらに向け笑う女の子は、つい先程まで、わたくしに読み聞かせをねだっていた子でした。


「最悪の予想が当たってしまったようですね」


 わたくしはギリッと奥歯を噛み締め、他の子どもたちに退避の指示を出そうとします。


 しかし、ここに来て、わたくしの考え方が甘かったと痛感しました。


 いつの間にか、周囲の子どもたちの大半が、わたくしに冷たい眼差しを向けていたのです。その瞳には、確かな殺意が宿っていました。

 

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