Chapter25-3 束の間(10)

「あれ、ゼクスさん?」


 ギルド長の部屋を出た直後。ギルドのエントランスにて、実湖都みこつと遭遇した。彼女の傍には護衛のネモの他に、アルトゥーロとモーガンの二人もいる。


 依頼受注の受付にいることから、冒険者として活動するつもりなんだと判断できた。


 そういえば、実湖都みこつは冒険者登録を済ませていたんだったか。


 彼女が、帝国で少しだけ冒険者活動をしていたことや、聖王国で登録し直した報告は受けていた。雷の精霊を連れたトゥルエノと知り合いだったのは驚いたけどね。


 ゆえに、この場に実湖都みこつがいるのは、何ら不思議ではない。今朝に話していた『アルトゥーロたちと出かける』というのは、冒険者の依頼を受けることを指していたんだろう。


 むしろ、あちらがオレの存在に驚いているようだった。


 もありなん。普通の貴族は、わざわざ冒険者ギルドに足を運ばない。たいていのトラブルは私兵を使って片づけるし、依頼を頼むとしても部下に任せるのが基本だ。


 実際、シスとして訪れることはあっても、ゼクスのままでは数えるほどしかなかった。


 オレは四人に近寄り、片手を挙げて挨拶する。


「ごきげんよう、アルトゥーロ、モーガン。実湖都みこつはさっき振りだね」


「おはようございます、ゼクス先ぱ――ごふっ」


「ごきげんよう、フォラナーダ侯爵閣下」


 後輩二人が応じてくれたが、途中でモーガンがアルトゥーロの腹に肘鉄を打ち込んでいた。間違いなく、オレの呼び方を訂正させるためだ。


 プライベートや学園内ならともかく、ここは衆目の集まるギルド内である。最後まで言葉にしてはマズイと判断したんだろう。


 モーガンの考えは正しい。もしも『ゼクス先輩』呼びが通っていたら、何かしらの罰を与えなくてはいけなかった。


 面倒くさいとは思うが、オレの地位の高さを考慮すると致し方ない。オレが侮られて困るのは、オレ以外の誰かだ。公の場では徹底しなくてはいけない。


 視線で彼女へ感謝を告げつつ、オレは何気ない風を装って会話を進める。


「四人で依頼を受けるのかい?」


「は、はい。魔獣狩りは、気晴らしにちょうどいいかなって」


 脇腹を押さえて悶絶するアルトゥーロを気にしつつも、こちらの質問に答えてくれる実湖都みこつ


「訓練漬けの私たちのために、ミコツが考案してくれたんです。それと、その節はご迷惑をおかけしました」


 そこへモーガンが続き、深々と頭を下げた。


 戦闘向きではない実湖都みこつが、率先して冒険者の活動するのは不思議だったが、友人二人のためか。実に“らしい”理由だった。


 モーガンの謝罪は、この前の相談の件だろう。


 オレは軽く手を振る。


「気にするな、オレは友人の相談に乗っただけだ。それでも気になるって言うなら、直接相談に乗ったカロンたちに感謝してくれ」


「……分かりました。今度お会いした際に、お礼を申し上げたいと思います」


 こちらが折れないことを察したよう。彼女は素直に聞き入れた。


 すると、今度はアルトゥーロが頭を下げる。


「僕からもお礼を言わせてください。この間は相談に乗って下さり、ありがとうございました!」


 まぁ、アルトゥーロの方は受け入れるしかないか。オレが直接面倒を見たし。


 どういたしまして、と返した後、一つ質問する。


「折り合いはついたか?」


「はいッ」


「なら良かったよ」


 簡素な問いだったが、彼には十分だった。小気味好い返事をしてくれる。


 今の言葉に、嘘はなさそうだ。この前まで抱えていた鬱屈した感情は、もはや見受けられないもの。


「ところで、ゼク――フォラナーダ閣下は、どうしてギルドに?」


 会話が一区切りついたタイミングで、実湖都みこつが尋ねてきた。


「ギルド長と話し合いをしに来たんだよ。末端ではあるけど、冒険者ギルドはオレ――元帥の管轄だから」


 オレは当たり障りのない回答を口にした。


 すでに横取り犯については周知されているので、詳細を伝えても支障はないと思う。だが、オレが動き出したことは、ギリギリまで悟られない方が良いと判断した。念のための措置だけどね。


「あっ、なるほど。そういえば、冒険者ギルドって国営でしたね」


 思いのほか大きな反応を見せる彼女。


 おそらくだが、冒険者ギルドの経営事情を失念していたんだろう。日本のサブカルチャーに精通しているほど、『冒険者ギルドは独立した組織』という固着観念を生むから。


「そっちは、どんな依頼を受けたんだ?」


 この話題を続けても意味がないので、早々に流れを変える。実湖都みこつの手にしていた依頼用紙に目を向け、質問した。


 彼女は、その用紙をこちらに見えるよう掲げる。


「ジャイアントロールラビットっていう魔獣の討伐ですね。ランクCなので受けました」


 詳しい内容を読んだところ、王都近郊の岩場でジャイアントロールラビットが繁殖してしまったらしく、その間引きが目的の依頼だった。


 ジャイアントロールラビットは名前の通り、大きな兎だ。体長は平均二メートルあり、大きい個体だと四メートルにも及ぶ。そして、その体躯をタイヤのようにゴロゴロ回して突撃してくる魔獣だった。


 突撃の速度はそこまで早くなく、突撃後には目を回して硬直するため、討伐自体は難しくないんだけどさ。ゆえに、ランクCの依頼なんだ。


 実湖都みこつ一人ならまだしも、アルトゥーロとモーガンがいるなら、問題なくクリアできるだろう。


 しかし――


「その依頼、オレも同行していいかな?」


「「「へ?」」」


 こちらのセリフに、ネモを除く三人が素っ頓狂な声を上げる。


 いや、ネモも目をみはっていた。使用人としての矜持から、声を上げなかっただけみたいだな。


 当然の反応だ。今のメンバーだけで大丈夫なのに、オレがついて行きたいと申し出たんだから。


 無論、この提案をした理由はきちんと存在する。


 実湖都みこつたちが依頼で向かう先は、オレのパトロール範囲に含まれていたんだ。オレが一人で行くよりも、彼らに同行した方が犯人の油断を誘えると踏んだわけである。


 まぁ、犯人が彼女たちの依頼先に現れるとは限らないので、ちょっとした余興の域をでないが。オレなりの息抜きと考えてほしい。


 その後、「アルトゥーロたちの成長を確認したい」なんて適当な言いわけをし、同行の許可をもらった。








 ジャイアントロールラビットが繁殖しているという岩場は、かなり異様な光景となっていた。


 何せ、あちこちにジャイアントロールラビットの死体が転がっていたから。それらは周囲に血を撒き散らし、岩場のほとんどを赤く染めている。


 臭いも相当きつく、オレとネモ以外は何度か吐いていた。


 このまま放置するわけにもいかないため、【天変】を使って血生臭さと腐臭だけは排除したけども。


「これは、どういうことなんでしょう?」


 眉をひそめ、戦々恐々といった様子で口を開く実湖都みこつ


「ギルドで聞いてないか? 最近、依頼を横取りする輩が現れてるって」


「受付で注意された奴ですか」


 オレの言葉に答えたのはアルトゥーロだった。他の三人も「嗚呼」と頷いている。


「おそらく、そいつらの仕業だと思う。証拠保全のために、ここ一帯は隔離しよう」


 残念ながら、周囲にオレたち以外のヒトは感じ取れない。魔獣が腐りかけているし、犯人はとっくの昔に離脱していると見て良かった。


 岩場全体を結界で覆い、外部との接触を断つ。それから、魔眼を用いて現場の精査に移った。実湖都みこつたちもいるので時間はあまりかけられないが、それなりに情報を得られるはずだ。


 ……おおむね、ギルド長の所感通りだな。剣、格闘術、体内を焦がすほどの遠距離攻撃。これらによって、ジャイアントロールラビットは始末されている。足跡を見る限り、下手人は三人で間違いないだろう。


 現場を目の当たりにすると、余計に師子王ししおうたちの仕業だと思えてならなかった。


 何故なら、剣筋は素人に毛が生えた程度で、格闘術も競技くさい動きが目立ち、遠距離攻撃も電撃っぽいから。師子王ししおうたちのチーム構成に、見事当てはまる。


 ただ、聖剣粒子は感じられなかった。どうやら、聖剣を封じて行動しているらしい。


 誰かの入れ知恵なのは確かだろう。こう言っては失礼だが、師子王ししおうたちに、そういった小細工が考えつくとは思えないもの。


 少し離れた場所に、転移魔法らしき魔力の痕跡も感じる。事前の予想通りではあるが、これは非常に手間がかかりそうな案件だな。少なくとも、一気に身柄を確保とはいかなさそうだ。


 連絡を受けて駆けつけた冒険者ギルドの職員に現場検証を任せ、オレたちは王都へと戻るのだった。


 余談だが、実湖都みこつたちは依頼を受け直していた。

 

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