Chapter15-1 カナカの地へ(1)

 救援を求めるエコルの声に、一瞬だけ微妙な空気が流れた。


 だが、そこは多くの場数を踏んできたオレたちである。すぐに気持ちは切り替わった。


「何があったんだ? 余裕があるなら、順を追って教えてくれ。ないならないと断言してほしい」


 オレは冷静に問い返す。


 これが危機的状況ならば、即座に【位相連結ゲート】を開いていただろう。しかし、エコルの声音からは、そこまで逼迫した空気は感じられなかった。ゆえに、状況説明を乞うたわけだ。


 予想通り、彼女は命の危機にさらされてはいなかったよう。「ごめん」と謝罪を口にした後、この一週間の出来事を順番に説明し始めた。


『ドラゴン騒動の後は事後処理が大変だったんだけどさ――』


 曰く、学校は二ヶ月ほど休校になったらしい。大半の校舎が壊されてしまったことや【白雨ゆうだち】の原因が不明のためだった。


 案の定である。むしろ、再開の目途を二ヶ月後に確保できたことを称賛したい。


 何でも、仮の施設を超特急で建造中とのこと。倒壊した元々の校舎の修繕は、さすがに一年以上はかかる。


 修繕費などに関しても、死んだドラゴンたちの素材で補填したので、心配いらなかったとか。【白雨ゆうだち】でグチャグチャにしたのは内部だけだからね。


 それで、二ヶ月間の暇が出来た生徒たちは、地元に帰省する流れになったようだ。というか、寮も半壊してしまったので、帰る以外の選択肢がなかった。


 無論、エコルも帰った。今は亡き母と過ごした思い出の家へ、三年振りに戻ったという。


 ところが、


『家が、なかったんだよね……』


 懐かしさを胸に、意気揚々と帰ったは良かったものの、肝心の自宅がキレイさっぱり消えていたと言うんだ。


 まったく脈絡のない展開に、オレを含めた一同は首を傾いでしまう。


「話を飛ばしてないか? 何で家が消えたんだよ。急展開すぎる」


 思わず尋ねると、エコルはとても乾いた笑声を溢した。


『飛ばしてたら、どんなに良かったことか。帰ったら、何故か家がなかったんだ。驚きすぎて、抱えてた荷物をその場に落としちゃったよ。この時の衝撃は、アタシにしか分からないだろうね』


 そりゃそうだ。帰省したら自宅が存在しないなんて、めったなことで経験できるシチュエーションではない。


 どうやら、マジで知らぬ間に家が消えていたらしい。トラブルメーカーも、ここまで来るとヤバイな。


『まぁ、いつまでも呆然としてはいられないから、“元”ご近所さんに事情を聴いて回ったんだよ』


 すでに、彼女は原因究明に動いていた模様。空笑い混じりに説明を続ける。


『そしたら何と、アタシの家があった土地が売り払われたんだってさ、勝手に』


「はぁ? どういう意味だよ」


『そのままの意味だよ。アタシの実家って、スラムとまでは言わないけど、結構治安の悪い場所にあったんだ。そんなところに空き家があったら、狙われるのも無理ないってこと。盗みや居座りは想定してたから、戸締りは念入りにしてたんだけどね』


 家ごと潰されるのは想定外だった、とエコルは溜息を吐いた。


「「「「……」」」」


 彼女の説明を聞き終えたオレたちは、ほぼ同時に顔を見合わせた。


 その表情は、カロンたちの心のうちを物語っていた。エコルが不憫すぎる、と。もちろん、オレも同じ感想である。


 エコルって、何かと不幸に見舞われているよなぁ。極貧生活から始まり、カナカの落胤らくいんの発覚、それによる意図されたイジメ、約束された暗殺される将来。その上で実家の崩壊だ。オレの介入がなかったら、かなり悲惨な人生だったと思う。


 いや、あの主人公気質を考慮すると、不幸をバネにして巻き返していた可能性も否めないか。


 とはいえ、エコルが不幸塗れなのは紛うことなき事実。ある意味で主人公らしいといえば、らしいけども。


「『助けて』っていうのは、泊まる場所を提供してほしいってことか?」


 オレが眉間を解しながら問うと、エコルは即座に頷いた。


『そう。盗難対策の一環で、貴重品は手元に残してあったのは良かったんだけど、一ヶ月も外泊できる資金はないんだ。だから、力を貸してほしい。本当に申しわけないんだけどさ』


 もありなん。貧しい生活を送っていた彼女に、宿住まいを継続する財力がないのは明白だった。働き口を見つけようにも、急な出来事すぎて対応し切れないと思うし。


 エコルとしても、どうしようもなく手詰まりだったんだろう。その声音からは、彼女の心苦しそうな感情が伝わってくる。


 友が困っているのなら、見過ごすわけにはいかない。


 オレは、エコルに優しく声を掛けた。


「そういうことなら、助力するよ」


『ほ、本当!?』


「嗚呼。一つ確認だが、今すぐ向かないとマズイか?」


『ううん。そこまで切羽詰まってないよ』


「じゃあ、少し待っててくれ。こっちも準備があるんだ」


『分かった。待ってる』


 そう約束を交わし、【念話】を切った。


 オレはこの場にそろう面々に顔を向ける。


「というわけで、また魔術大陸に行ってくるよ」


 対し、カロンたちは苦笑を溢した。


「状況が状況ですし、仕方ありませんね」


「さすがに、不憫すぎる」


「年頃の少女が野宿するのは、あまりにも危険すぎますからね」


「理解してくれて嬉しいよ。シオン、各所にオレが出かける旨を通達してくれ。オレに割り振られてる仕事は――今終わらせた」


 処理済みの書類の山を、目の前のテーブルに積み重ねる。


 それを見て、ニナが頬を引きつらせた。


「もしかして、今、【刻外】使った?」


「もちろん」


 オレは首肯する。


 でなければ、この量の書類が一瞬で片づくはずがない。


「術の使用を、まったく察知できなかった……」


「さ、さすがはお兄さまです」


 ニナに続き、カロンも笑顔に無理が走っていた。


 ちょっとショックだけど、こればかりは仕方ないと割り切る。


 こうも自然に大魔法を使えば、ドン引きするのは分かり切っていた。オレは逸般人いっぱんじんと揶揄されるものの、感性は普通だからな。


「ツッコミ待ちですか?」


「違う」


 読心術を駆使してツッコミを入れてくるシオンに、オレは端的に反論する。


 しかし、シオンと同様の考えをカロンやニナも持っているよう。二人は、こちらに怪訝な視線を送っていた。とても解せない。


 ……まぁ、良いさ。ここで反論を繰り返しては、話が前に進まない。


「この場にいない恋人たちには、オレが直接連絡を入れるよ。あと、同行したいヒトは希望を出してくれ。可能なら連れてく」


「良いのですか?」


 一緒に行けると思っていなかったのか、心底驚いた風にカロンが問うてきた。


 オレは頷く。


「いいよ。もう魔法の制限はないし、あっちの大陸全土は探知済み。それに、強者の実力もおおむね把握してる。危険性はかなり低いと判断した」


 ついでに、隠密特化の部下も複数名連れていく予定だ。これでオレたちを傷つけられる者がいるとすれば、それこそ神の使徒アカツキくらい。


 油断する気は毛頭ないけど、万が一も起こり得ない状況なら、カロンたちを置いていく選択肢はなかった。


 ――と色々理屈を並べたが、同行を許可した一番の理由は、カロンたちにこれ以上の心配をかけたくなかったからだ。


 今、単独であちらに向かったら、前回の拉致召喚と似たシチュエーションになる。それは彼女たちにストレスを与えてしまうに違いなかった。そんな事態は、みんなを愛する身として避けねばならない。


 とはいえ、無条件は無理だけどね。


「ただし、仕事が残ってる者、直近に仕事がある者はダメだ。今回はニナとミネルヴァの両名は連れてけないぞ」


「えぇ!?」


 拒否されるとは考えていなかったようで、ニナが愕然とした表情を浮かべた。涙目になる彼女を見ると翻意したくなるが、グッと我慢する。


「当然だろう? 明日から冒険者の依頼が控えてるのに、連れてけるわけない」


「一日の猶予がある」


「ダメ。あっちとは時差があるんだ。妙な疲れ方をするかもしれない」


 粘ろうとするニナを一刀両断した。


 そう。こちらと魔術大陸では、およそ十二時間の時差が存在する。いくら偽神化ができる彼女でも、慣れない環境に疲弊する可能性は捨て切れなかった。仕事前に疲れさせるなんて、許せるはずがない。


「むぅ、残念」


 正論を崩せるほどの言いわけは考えつかなかった様子。ニナはガックリと肩を落とした。


 そこへシオンが残念そうに、カロンは上機嫌に口を開く。


「その理屈なら、私も同行は難しいですね。この後も仕事が詰まっていますから」


わたくしは大丈夫です! 六日後まで何も予定はありません」


 シオンは留守番、カロンはついてくるみたいだな。


 飛び跳ねて喜ぶ一名は放っておいて良いとして、オレは気を落とすシオンとニナの頭を撫でた。


「今回は急な話だったから仕方ないさ。次の機会に、しっかり計画を立てて観光に行こう。今度の楽しみ、ってやつだ」


「分かった。期待して待ってる」


「そう、ですね。私も楽しみに待っております」


 ニナは嬉しそうに頭をグリグリ押し付けてきて、シオンは顔を真っ赤にして肩を縮こまらせた。


 対照的な反応の二人を頬笑ましく眺めつつ、最後にカロンにも声を掛けた。


「カロン。向こうでは何が起こるか分からないから、数日分の準備はしておいてくれ。集合は三十分後、オレの私室だ」


「承知しました、お兄さま!」


 それから、この場は解散。各自準備に入った。


 そして、他の面々にも連絡を入れたところ、カロン以外の同行者はオルカに決定した。オレの不在時に仕事を集中させていた反動で、明日からの数日間は休暇だったらしい。本日分の書類は、オレが【刻外】を展開してあげて処理した。


 はてさて。一週間振りの魔術大陸では、どんな事件が待っているのやら。


 普通の観光で終わる可能性?


 ないない。エコルのことだから、絶対に新たなトラブルを引っ提げてくる。そういった強い信頼があった。


 ……嫌な信頼だなぁ。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る