Chapter15-pr 束の間の夏

 八月中旬、別大陸より帰還して一週間が経った。


 この間、オレは忙殺されていた。


 当然だろう。伯爵家の当主が、丸々一週間不在だったんだ。書類は溜まりに溜まっていたし、各所との面談予約も何件かあった。仕事の山である。


 そして何より、不安を抱かせてしまったフォラナーダのみんな――特に恋人たちへのフォローは最重要事項だった。デートはもちろん、二人きりの時間をたっぷり確保したとも。【刻外】を覚えておいて、使徒より多い魔力を有していて、本当に良かったよ。


 そんな忙しい一週間を終えたオレは、ようやく一息つける時間を設けられた。朝の柔らかい日差しが照る“魔香花の庭園”にて、静かにお茶をたしなんでいる。付近の気温は、【天変】で調整済みだ。


 一応補足しておくけど、カロンたちと過ごす一時も憩いではあるぞ。それとは別に、ダラダラできる時間が欲しかっただけ。オレにだって、気を抜きたいと願うことはあるのさ。


 とはいえ、【異相世界バウレ・デ・テゾロ】も展開せずにオレが一人で過ごすのは、なかなかに難度が高い。


「お兄さま」


「ゼクス」


「失礼いたします」


 オレのパーソナルタイムは、三人の登場によって終わりを告げた。


 一人は最愛の妹であるカロンことカロライン。ポニーテールに結んだ豊かな金髪と力強い紅眼を有する美女だ。かつては悪役令嬢として死ぬ運命にあったが、今はその心配もいらない。


 二人目はニナ。狼獣人で、長い茶髪は一本に三つ編みにしている。無表情かつ背筋の良い高身長からクールな印象を受けがちだが、その実、とても甘え上手な子だ。『竜滅剣士ドラゴン・バスター』の二つ名を持つランクA冒険者であり、いつもの面子の中だと、純粋な戦力は一番だろう。


 三人目はメイドのシオン。メイド服やシニョンにまとめられた青紫の髪は乱れ一つなく、大人びた顔立ちと相まって“できる女”を彷彿とさせる。


 だが、実はかなりのドジッ娘だ。よく転ぶし、些細な物忘れは日常茶飯事。まぁ、小さなミスが多いので、周りがフォローすれば問題ない程度なのは幸いかな。


 そして、この全員がオレの婚約者なんだから、男冥利に尽きるというもの。みんな素晴らしい女性なので、絶対に幸せにしたい。


 僅か十分で一人の時間が消失したんだが、嫌というわけではない。本当に一人で過ごしたかったら、最初から【異相世界バウレ・デ・テゾロ】の中に引きこもっているし。


 こういう乱入も少しは期待していたからこその、無防備な一時だった。


 オレは手に持っていたカップをソーサーに戻し、彼女たちに問う。


「どうしたんだ、三人とも」


「ご一緒しても、宜しいでしょうか?」


「暇」


「構わないよ」


 カロンとニナに応えつつ、三人分のお茶を追加で用意する。


 すると、シオンが「ゼクスさま、私の分は用意せずとも」なんて遠慮するので、問答無用で空席に座らせた。


 仕事中かもしれないけど、オレのパーソナルタイムに乱入した時点で、メイドではなく婚約者として扱う。異論は認めない。


 お茶の準備が終わり、三人は早速口をつける。


「さすがはお兄さま。美味しいです」


「いつもと口当たりが違う」


「夏に合う、爽やかな味ですね」


 好評のようで安心した。


 久々に新しいブレンドを作ってみたんだよね。シオンの言う通り、夏をイメージした味にした。


 ちなみに、茶請けは水ようかんだ。築島つきしまにある老舗の商品で、これもまた美味しい。


 そんなお茶や菓子を楽しみつつ、オレたち四人はゆったりとした時間を過ごす。何気ない会話で盛り上がるのは、平和をシミジミと感じられた。


 そのうち、雑談の内容は、この場にいない婚約者および恋人たちの話に移っていく。


 ミネルヴァは、一昨日より父――ロラムベル公爵の元に帰っている。魔法の講義を行うためだ。


 かの御仁は魔法狂まほうきょうを評されるほど魔法が好きで、今までの魔法の概念をぶっ壊したオレたちにご執心なんだ。毎日手紙が寄越されるくらいに。


 ゆえに、定期的に講義を開いている。教師役は主にオレかミネルヴァで、部外秘を約束させている。というか、【誓約】で縛らせてもらっている。


 公爵の熱量を考えると大変だろうが、久方振りの帰省でもあるし、割り切って楽しんでいるだろう。……そう信じたい。


 義弟のオルカは絶賛お仕事中。


 彼は、幼い頃から自らの志望で文官の手伝いをしており、今では重要案件も任されるプロフェッショナルだ。今回は、たまたま複数の仕事が重なってしまい、手が離せないらしい。


 一応、助力するかは尋ねたんだが、自力で何とかしたいとのこと。体は小さいけど、心はたくましいんだよね、彼は。


 最後はマリナとスキアの二名。


 彼女たちは、ユリイカや聖女セイラとともに合同訓練を行っている。これに関しては今日に限らず、ほぼ毎日実施している模様。


 セイラが毎回ボコボコにされるみたいだけど、光魔法師のスキアがいるので心配はいらない。頑張れ。


「こう羅列してみると、ミネルヴァさまが一番ハードですね」


 一通り確認を終えたところ、シオンが遠くを見るような目で呟いた。


 彼女は講義の補佐を務めた経験があるので、アレの阿鼻叫喚具合を把握している。ゆえに、強い実感のこもったセリフだった。


 逆に、一度も参加したことのないニナやカロンは、彼女の言葉にキョトンと首を傾げている。知らないって、ステキなことだと思うよ。


わたくしとしては、セイラさんの身が心配なのですが……」


 ふと、カロンが溢す。


 『魔王の終末』以来、セイラとは仲を深めているからか、色々と気を揉んでいるようだな。


 オレは軽く返す。


「大丈夫だろう。マリナたちなら手加減は心得てるし、スキアもいる」


「うん。カロンみたいに、炭にはしない」


「余計なお世話ですよ、ニナ!」


 ニナのからかいに、頬を膨らませるカロン。


 嗚呼、カロン&セイラ対ミネルヴァの模擬戦を行った際、セイラを消し炭に仕掛けた件か。


 カロンは手加減がものすごく下手くそだからなぁ。あれに関してはちゃんと説教はしたので、これ以上は何も言うまい。


 そこへ、シオンが疑問を投じる。


「前々から感じていましたが、ゼクスさまはセイラさまの扱いが雑では?」


「……そうか?」


 まったく心当たりがなかったため、オレは大きく首を傾いでしまう。


 対し、彼女は首を横に振った。


「いえ。確証があって申し上げたわけではないので。何となく、程度の感想です」


「ふーん」


 もしかしたら、同じ前世持ちゆえに、無意識に接し方を変えているのかもしれない。


 少し気を付けた方が良いな。下手な対応で露見するのは好ましくない。


 オレは、前世については明かすつもりはないんだ。今のオレはゼクスであって、前世の日本人ではないんだから。


 そう改めて決意していると、ニナが思い出したように口を開いた。


「『雑』といえば、明日から数日ほど外出する」


「何かあったのか?」


「指名依頼」


「なるほどね」


 彼女は国内外で有名な冒険者だ。日頃からも指名依頼は受けており、そこに疑問の余地はない。数日間に及ぶのは、些か珍しいけれども。


 カロンが訝しげに問う。


「『雑』で思い出した辺り、何やら不安をあおるのですが……大丈夫ですか?」


「問題ない。その依頼を処理したギルド職員の仕事が雑で、今回の件でクビになっただけ」


「結構な騒動じゃないか」


 この世界の冒険者ギルドは、国に所属する機関だ。だから、職員は公務員に分類される。つまり、公務員が懲戒解雇を下されたという話であり、割と大事なのである。


「その職員、何を仕出かしたんだ?」


「色々。主に締め切りを守らないことが多かったみたい。アタシの場合、依頼の事前告知期限をブッチされた」


「そういうことか。どうりで、ニナが家を空けるって話に聞き覚えがなかったわけだ」


 指名依頼は事前告知の義務がある。冒険者側にも準備が必要だからな。依頼よりも前に通達しなければ、準備不足で引き受けられない。


「その通り。アタシじゃなきゃ、今回の指名依頼は破談になってた」


「だろうなぁ。二つ名持ちランクAを指名するくらいだし、依頼が成立しなかった時の損害は大きいだろう」


「うん。ギルドへの請求額は七千万だって」


「払えなくはないが……」


「冒険者ギルドの信頼はガタ落ち。解雇は妥当」


「だな」


 冒険者ギルドは、二度とニナに頭を上げられないだろう。文字通りの救世主なんだもの。


 その後も、オレたちは雑談に興じた。


 そうして、ポットの中のお茶が空になった頃。


「ん?」


「どうかしましたか、お兄さま?」


 違和感を覚えたオレに、カロンが何ごとかと尋ねてくる。


 すぐさま気づくところ、さすがのカロンである。ブラコンは健在だ。


 オレは苦笑を浮かべつつ、違和感の正体を探った。


 それは即座に判明した。というのも、左手の“刻印”より伝わったものだったからだ。


 すでに“刻印”は目視できないが、刻まれたという基本情報は残っている。加えて、オレが追加した様々な機能も存在した。


 そのうちの一つに、対なる者よりの【念話】があった。すなわち、オレを魔術大陸に召喚した少女――エコルより連絡が来たのである。


 帰還してから一週間、一度も連絡は取っていなかったんだが、


「何かトラブルでもあったんだろうか?」


「お兄さま。連絡があったイコール問題があったと繋げるのは、彼女に失礼では?」


「……」


 カロンの指摘に反論はできない。


 でも、オレの中で、エコルは完全にトラブルメーカーなんだよなぁ。


 とりあえず、連絡を繋いでみよう。本人より話を聞いてみない限り、何の用件なのかは分からないもの。


 【念話】の回線を開く。


 すると、すぐさまエコルの声が響いた。


『助けて、ゼクス!』


「「「「……」」」」


 四人の間に、何とも言えない微妙な空気が漂うのだった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る