Chapter14-4 主人公疑惑(4)
二つの試合は、昨日トーナメントを行った会場の一つで行われた。
とはいえ、オレとウルコアの試合に関しては、即座に決着がついた。
「は?」
間抜けな声を溢したのは誰だったか。オレとノマを除く全員が、一様に呆けた表情をしていたため、その判別は難しかった。
一瞬だ。ミーネルが試合開始を合図した途端、ウルコアの使い魔である火竜の幼体は眠りについた。二メートルある巨体を揺らし、ぐーすかイビキをかいている。
何が起きたのかと言えば、オレが魔法で眠らせたんだ。精神魔法の【言霊】なら、一切の制約を受けずに発動できる。
「【
「ぐあッ」
続けて、ウルコアに向けて【言霊】を放った。苦悶の声を上げつつ、彼はその場に崩れ落ちる。
効果てきめんだった。【言霊】は彼我の魔力量で強度が変わるから、この大陸の住民には特攻なんだよな。
オレは悠然と歩く。コツコツと靴音を鳴らしながら、幼竜を通り過ぎてウルコアの目前へ辿り着く。
「う、おおおお」
必死に立ち上がろうと試みるウルコアだが、その体はピクリとも動かなかった。
その間に、腰に下げた短剣を抜いて、そっと彼の首元に添える。
「審判」
「えっ、あっ。し、勝者、フォラナーダ殿!」
呆けたままのミーネルに声を掛けると、彼女は慌てた様子で勝敗を宣言した。
それを認めたオレは短剣を収め、【言霊】の効果も解除する。幼竜は眠ったままだけど、ウルコアは動けるようになったはずだ。
……まぁ、あの様子では、しばらく自力で動けそうにはないかな。
四つん這いになって項垂れるウルコアは、悲壮感を漂わせていた。恐怖感を煽るように仕向けはしたが、思った以上に効果があったらしい。うーん、やりすぎたか?
いつまでも微動だにしないため、些か心配になってきた頃合い。他のみんなも何と声を掛ければ良いか迷っていた折、マウロアが彼に近づいていった。
同じ王族なりの励ましでもするのか? そう考えたオレだったが、その予想は大きく外れた。
「邪魔。次、自分の試合」
ウルコアの首根っこを掴んだこと思ったら、勢いよく場外へ投げ捨てたんだ。「うおおお」と悲鳴を上げて、彼は会場の隅へと転がって行ってしまう。
受け身は取れていたみたいなのでケガはないだろうが、情け容赦がない。
眠っていた使い魔の幼竜も、同様の方法で排除していた。素の力で二メートルの巨体を投げるとか、すごいな。
「主殿も大概だと思うよ」
オレの内心を読んだらしいノマが、そんなツッコミを入れてくる。
確かにマネはできるけど、それはアカツキとの
ウルコアの方は放置で良いだろう。マッチョ書記のゼンタが様子を見に行ったし。
今注目すべきはマウロア
彼は淡々と言う。
「アナンタ、試合だ」
「あっ、はい」
一国の王子が投げ飛ばされる展開に呆然としていたエコルは、困惑気味に返事した。それから、恐る恐る舞台の上へ移動する。
相対距離十メートルくらい。両者が対面したところで、マウロアは静かに拳を構えた。
「格闘戦? 使い魔も使わないのか」
完全に殴り合いの姿勢の彼を見て、オレは首を傾ぐ。
そこへ、チャラ男会計のノンロが口を開いた。
「キカ王国は武闘派ですからねぇ。魔術はほとんど使いませんよ。使い魔も、共に戦う同志みたいな扱いですし」
「なるほどね」
要するに、国民丸ごとが脳筋なのか。
どうりで、他の四国に比べて国土が小さいわけだ。脳筋に、広大な土地は治められない。
マウロアにならい、エコルも戦闘態勢に移行した。彼女は、型なんて殊勝なものは覚えていないが、オレの
程なくして、先と同様にミーネルが試合開始を合図した。
三十分後。
「はははははははは。エコル、すごい。自分とここまで打ち合える相手、なかなかいない」
マウロアは快活に笑っていた。たいそう機嫌が良いようで、その笑声が途絶える様子は見られない。
すでに、エコルと彼の試合は決着がついていた。
内容自体に特筆できる点はない。魔術師同士の戦闘らしからぬ、超近距離の殴り合い。
結果は、引き分けで終わっていた。二人とも、床に大の字で寝転んでいる。
予想通りではある。身体能力は【
そも、エコルは、魔術師殺しの側面が強い。即席で鍛えた彼女は、素早く距離を詰めて殴るという、極めて単純な戦法が限界なんだ。ゆえに、近距離戦闘を得意とするマウロアとは相性が悪い。引き分けに持ち込んだだけ、彼女は大健闘だろう。
では何故、後輩相手に引き分けたマウロアが笑っているのか。
その辺りの理由は、彼の語ったセリフがすべてだった。
近接戦闘における好敵手と初めて邂逅した事実が、何よりも嬉しいんだ。戦闘狂ならではの思考回路である。
ところが、ここでマウロアはぶっ飛んだ発言をした。
「エコル、理想だ。自分と結婚してくれ!」
まさかの求婚だった。
寝ころんだまま行うそれは、何とも格好がつかないけど、内容が内容だけに全然笑えない。現に、彼以外の全員が
……こいつもか。
オレは頭を抱える。
今回の騒動のキッカケは、隅で伸びているウルコアの求婚だった。そこへ、さらに第三者から結婚を申し込まれるとかシャレにならない。しかも、どちらも王族と来た。事態が混沌化するのは目に見えていた。
「えっと……お断りします」
我に返ったエコルが、申し出を突っぱねる。
だが、ウルコア同様に、マウロアも簡単には折れなかった。
「どうしてもダメか?」
「今は、結婚は考えられないです」
「いつならいい?」
「あの、そういう意味じゃなくて……」
「? どういう意味だ?」
二人の間で、何とも頭の悪い会話が繰り広げられる。
これ、収拾がつくんだろうか。
そのうち、ウルコアもココに加わるんだろう? 大混迷、待ったなしでは?
チラリと他の生徒会役員の顔色を窺う。全員、頭を抱えるか天を仰いでいた。
――お察しである。
エコルを中心とした騒動が拡大するのは、もはや確定事項だった。そして、それにオレが巻き込まれることも。
「はぁ」
「頑張ろう、主殿」
溜息を吐くと、ノマが慰めの言葉をかけてくれた。
ははは。小さな相棒の気遣いが、とても身に染みるよ。
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