Chapter14-4 主人公疑惑(3)

 放課後、オレたちは生徒会室へ足を運んでいた。早速、役員としての仕事が始まるんだ。


「少しは落ち着いたらどうだ?」


 道すがら、オレはエコルに問いかける。


 道中の彼女は、ずっとソワソワしていた。緊張する気持ちは理解できるけど、もっと肩の力を抜いた方が良いと思う。


 すると、エコルは忙しなく指を動かしながら答える。


「だ、だって、アタシが生徒会だよ!? 一昨日まで学校一番の落ちこぼれだったアタシがッ」


「何を今さら。クラスメイトたちはキミを認めたし、生徒会メンバーだって歓迎してくれたじゃないか」


「時間を置いて、やっと現実味を帯びてきたの!」


「嗚呼」


 生徒会の仕事を担う段階になって、ようやく自分の立ち位置を自覚したみたいだ。あまりにも遅い反応だが、エコルの境遇を考えると仕方ない……か?


 とはいえ、緊張しっぱなしなのは宜しくない。ミスを誘発しやすいし、そこから更にネガティブ思考へおちいってしまう。悪循環は避けられないだろう。


 【平静カーム】で落ち着かせるのも良いけど、もう一工夫ほしいところだな。


 オレは僅かに思考を回し、懐から一粒の飴を取り出した。


「なに、それ?」


「学食で働いてるヒトたちから貰った飴」


「学食のおばちゃんたち? 何で??」


「雑談の延長で」


「い、いつの間に仲良くなったの?」


「学食を利用する度に声を掛けて」


「たった八回で……」


 何を驚いているんだか。未知の土地に放り出されたんだ。現地民と交友を深めるのは当然だろう。学食の職員だけではなく、清掃員や事務員たちとも挨拶を交わす仲だぞ?


 ちなみに、教師や学生とは一線を引いていた。派閥などでガチガチに固められていそうだもの。こちらの政治に介入するメリットは、今のところは皆無だからね。


 閑話休題。


「ほら。この飴を食べれば、少しは気が紛れる」


「子どもじゃないんだし、そんなあやし方は止めてくれない?」


「嘘じゃないって。オレが魔法を込めたんだよ」


「……そういうことなら」


 渋々と受け取り、飴を頬張るエコル。


 最初こそ訝しげだった彼女だけど、次第にその表情を明るくさせていった。


「本当に、心が軽くなった!?」


「だから言っただろう?」


「ありがとう、ゼクス!」


 調子の良い子だ。お礼を告げたエコルは、スキップを踏みながら先行して歩き始める。


「で、あの飴は本物なのかい?」


 ふと、ノマが半眼で尋ねてきた。


 オレは肩を竦めて返す。


「半々だな」


「半々?」


「実際に【平静カーム】は付与した。でも、効果は一時的なものだ。長くても十秒かな」


「十秒なんて、とっくに過ぎてるけど」


「そこは思い込みだよ。オレは効果時間については語ってないけど、彼女は長時間持続すると考えたわけだ」


「前も言った気がするけど、主殿は詐欺師でも目指すのかい?」


「望んだ効果が現れたんだから、いいじゃないか」


 今回のようなタイミングでしか使うつもりはない。嘘の乱用は、自身の信用を著しく落とす。カロンたちに疑念の目を向けられるのは、絶対に嫌だった。


 ノマは「なら、いいけど」と言って、エコルの身辺警護へと戻る。


 オレも、先行する彼女の背中を追いかけた。








 生徒会室には、すでに全員が集まっていた。オレたちの入室に際し、快く出迎えてもらえた――んだが、


「結婚を前提に、俺と付き合ってくれ」


 どういうわけか、生徒会長のウルコアがエコルへ交際を申し込んでいた。しかも、言いようからして、求婚と大差ない内容だった。


 赤茶の瞳をキラッキラに輝かせて片手を差し出しているウルコアに対し、エコルはたいそう困惑していた。


 あけすけもなく言えば、ドン引きしていた。口元をヒクヒクと痙攣させ、僅かながら後退りもしている。相手がモオ王国の第一王子でなければ、この場より一目散に逃げだしていたかもしれない。


 他の生徒会役員たちは「あちゃー」と呆れた表情を浮かべていた。彼の好意については、事前に知っていた様子。


 メガネ女子のミーネル嬢に至っては、頭を抱えて項垂れている。たぶん、この状況にならないよう、色々と手を尽くしたんだろう。その努力は無に帰してしまったが。ご愁傷さま。


 一方、そんな状況にも関わらず、オレは得心していた。


 昨日のウルコアの態度が、ずっと腑に落ちていなかったんだが、エコルを好いているのなら話は変わる。


 四六時中彼女と一緒にいるオレに、彼は嫉妬していたんだ。恋は目を曇らせる。ゆえに、あんな暴挙に出てしまったんだと思う。


 しかし、分からない点が一つ残っている。


 何故、ウルコアはエコルに恋したんだ? 昨日まで、二人には接点なんてなかったはず。優等生の王族と落ちこぼれの庶子。立場は真逆と言って良い。


 そう首を傾いでいたところ、タイミング良くウルコアが語り始めた。


「昨日の試合は素晴らしかった。魔術師ながら、自らの肉体で敵を叩きのめす姿、実に感動した。俺は、そんなお前の凛々しさに惚れたんだ!」


 なるほど。ウルコアは戦う女性が好みだったらしい。それなら、エコルはドストライクに決まっていた。


 ――うん。機会はないだろうけど、奴とカロンは合わせないぞ。絶対に、だ。


 オレが心の中で決心している間に、彼らの話し合いは進む。


 といっても、ウルコアが一方的に語っているだけだが。最初のデートはどうのとか、陛下への説明はどうのとか、第一子はどうのとか。内容はどんどんエスカレートしていた。断られる想定をしていない辺り、王族だなと感心するよ。


 もしかしたら、彼にとっての初恋なのかな。完全に、恋に溺れている。見ていて痛々しいし、ハッキリ言って気持ち悪かった。エコルは当然ながら、他の女性陣も盛大に顔をしかめている。


 男性陣は?


 そりゃ、同情と憐憫を向けるに決まっていた。ただただ、可愛そうなんだよね。脳筋っぽい褐色王子のマウロアまで同じ態度なんだから、ウルコアの暴走は相当極まっていた。


 何とも居心地の悪い雰囲気が流れること幾許か。ウルコアが老後の話に移った辺りで、ついにエコルがキレた。


「ごめんなさい無理です気持ち悪い」


 早口かつ毒を多分に含んだ返答。彼女の拒絶がありありと伝わってきた。


「な、なんだって?」


 ペラペラと妄想をぶちまけていたウルコアは一瞬固まり、エコルの返事を聞き直す。


 本当に聞こえなかったわけではない。何せ、彼の目尻には涙が滲んでいる。ただの現実逃避だった。


「お付き合いはできません。お断りします」


 何度も聞き返されるのは、ごめん被りたい。そんな意思を感じさせる、力強い言葉だった。


 ここまでハッキリ宣言されては、さしものウルコアも追いすがれないよう。ピシリと硬直してしまった。


 その隙を突き、エコルはオレの影に隠れる。


 その行動に対し、オレは「やべ」と小さく声を漏らした。


 彼女としては、一刻も早く彼から離れたいがゆえの行動だったんだろうが、この場に限っては悪手である。


 何故なら、


「お前がアナンタ嬢を誑かしたんだな!? 俺と戦え! そして、彼女を解放しろッ」


 と、ウルコアが三下ムーブをかましてしまうため。


 それに、この提案はおそらく断れない。


「会長、何をバカなことを――」


「決闘、良い。生徒会、入る以上、力量、知るべき」


 ミーネルの仲裁を、マウロアがもっともらしい言い分を添えてインターセプトした。


「それは……」


 ミーネルは言葉に詰まる。他の三人も反論は口にしなかった。


 この生徒会は、実力によって参加者を決めている。そのため、彼のセリフは否定しにくいんだ。


 まぁ、マウロア自身は、単純に新人の実力を体験したいだけだと思うが。先程より、獲物を狙う獣のような瞳で、エコルを見つめているもの。


 ミーネルはめげない。


「だとしても、彼は付き添いであって、生徒会役員ではありません。よって、会長と彼の決闘は認められません!」


 おそらく、私的な理由の建前に、生徒会を利用されるのが許せないんだろう。彼女の生真面目な性格が窺い知れた。


 しかし、今回ばかりは状況が悪かった。


 ウルコアが鼻で笑う。


「部外者であるのなら、我々の活動への同行は許可できない。アナンタ嬢に付き添いたいと言うなら、我々と同レベルの力があると示すべきだ。違うか?」


「ぐっ」


 まぁ、そうなるよな。


 オレが校長より獲得したのは、学内を自由に回れる権限のみ。生徒会への参加は含まれていない。


 『オレの行く先にキミらがいるんだ』みたいな屁理屈はこねられるけど、ウルコアの性格からして、間違いなく事態をややこしくする。


 畢竟ひっきょう、決闘の提案を受けるのが、一番無難な選択だった。


「その提案、受け入れよう。ただし、決した勝敗に文句はつけないでくれ」


「フン。望むところだ。そちらも、後になってゴタゴタ言うなよ?」


「ちょ、ちょっと!?」


 こちらを慮ってくれたミーネルには悪いが、これが最善だ。些か面倒ではあるものの、そう大した手間でもないし。


「じゃあ、エコル、自分と戦う」


「え、えぇ!?」


 エコルもエコルで、マウロアとの模擬戦がゴリ押しで決まった。


「あー、胃が痛い」


 悪いね、ミーネル。【平静カーム】しておくから許しておくれ。

 

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