Chapter14-3 王道(8)

 畢竟ひっきょう、魔術を使える状況にすることが、アタシに残された勝ち筋だった。


 いや、どうしろってのよ。魔術を使えないから、ドオールさまを直接狙ったってのに。


 もう一度同じことは繰り返せない。一回仕掛けちゃったせいで、完全に警戒されている。無理に突貫したら、今度こそ丸焼きだ。


 こうなったら、自力でリトル・フェアリードラゴンを倒すしかない。


 無理は承知。現状以上に悪くなることはないんだから、無理を重ねてナンボよ。


 ただ、無謀を実行する気はない。最低限の策は必要だ。


 考えろ、アタシ。落ちこぼれなりに勉強は頑張ってきたんだ。その成果を今、見せる時!


 リトル・フェアリードラゴンは、その小柄な体躯より分かる通り、火力を出せる魔獣ではない。飛行能力はあるものの、移動速度も人間が走るのと同等。防御力も鉄よりは柔らかい。特に、翼の付け根は人肌と変わらない硬度だとか。


 攻撃手段は体当たりと火を噴くこと。成長すれば硬化させた羽を飛ばせるらしいけど、あの子はまだ無理だろう。召喚されたばかりだし、使えそうな場面でも使ってこなかった。


 このトーナメントが、使い魔契約した直後の日程で良かったよ。でなければ、今頃アタシは針のむしろだったと思う。


 まぁ、その場合でも諦めず、硬化した羽を武器にでもして戦ったかもしれないけど……


「あ」


 閃いた。閃いてしまった。


 アタシは緩みそうになる口元を片手で覆い隠し、ドオールさまたちの様子を窺う。


 先程の一件もあって、こちらの動向をかなり警戒している一人と一匹。高飛車な性格に似合わず、慎重な立ち振る舞いだった。


 ……うん、いけるかも。


 確信とまでは言えないけど、考えついた作戦が実行可能だと判断する。先のアタシの突貫が、良い状況をもたらしてくれていた。グッジョブ、ちょっと前のアタシ!


 思い立ったが吉日。アタシは口元より手を離し、若干体を沈めた。


 ドオールさまたちの警戒が跳ね上がったのを感じる。そりゃそうだ。どこからどう見ても、今から突撃しますって姿勢だもん。


 彼女たちの期待は裏切らない。アタシは、ドオールさま目掛けて、真っすぐ走り出した。


「ピュイ!」


 当然、それを阻止するために、ドラゴンが進路を遮ってくる。こちらがルートを修正しても、それに合わせて向こうも移動した。


 アタシとドラゴンは目と鼻の先まで接近する。回避しようと大袈裟に方向転換してみるが、あちらは完全に張り付いていた。


 こちらに打つ手がないと考えたのか、そのままの勢いで体当たりを敢行するドラゴン。


 ぴったり張り付かれていたアタシに、その攻撃を避ける術はない――


「待ってました!」


 ――わけがなかった。


 この攻撃が来るのを待っていたんだ。予想通りのそれが直撃するなんてあり得ない。


 あちらの体当たりに合わせて急停止した結果、ドラゴンはアタシの目前を通り過ぎていった。


 それだけではない。通過するドラゴンに手を伸ばし、その羽をむしり取った。


「ビッ!?」


「ごめんよ」


 本当は一つで十分だったんだけど、何枚も抜いてしまった。悲痛な叫びを聞いて反射的に謝る。


 だが、目は向けない。アタシは先程と同様、ドオールさまを目指して駆け出した。


「同じ手を使うなんて愚かな。【クレイバインド】」


 彼女は落胆の声を漏らし、準備済みだった魔術を発動する。拘束系の術だったようで、粘度の高い土くれがアタシの両足に絡みついた。


「ピュイィ!」


 間髪入れず、背後のドラゴンが火を噴いてくる。


 絶体絶命のピンチ。


 そんな風に、他者の目には見えているだろう。


 しかし、実際は違う。


「【身体強化ブースト】」


 短い詠唱とともに、アタシはその場を離脱した。土くれを捻じり切り、火が降りかかるよりも速く。


 三倍の身体能力を得たアタシにとって、これくらいは造作もなかった。


「なっ!?」


 ドオールさまと観客たちの困惑が窺えるけど、それに構っている暇はない。


 アタシは駆ける。ドオールさまへと一直線に走る。


 そうして、ついに、


「降参、お願いします」


「ッ!? ………………参りましたわ」


 棍棒を喉元に付きつけられた彼女は、かなりの間を置いた後、無念そうに呟いた。


「し、勝者、エコル・アナンタ!」


 審判の宣言を認め、ようやくホッと一息つくアタシ。


 勝利の感慨よりも、ギリギリの綱渡りをした疲労感が上回っていた。


 棍棒を下ろし、静かに深呼吸を繰り返していると、ドオールさまが声をかけてくる。


「メラちゃんの羽を、魔術の触媒に使ったのね」


「メラちゃん?」


わたくしの使い魔です。エスメラルダ、略してメラちゃんですわ」


「あ、嗚呼、そういう。えっと……はい。リトル・フェアリードラゴンの羽が触媒に利用されることは知ってましたから」


 竜種の鱗や爪はかなり優良な杖の素材だと本には載っていた。だから、加工前でも触媒に使えると予想したわけだ。


 結果は大当たり。一回使っただけで崩れ落ちちゃったけど、問題はなかった。


 ドオールさまの質問は続く。


「すぐに術を発動させられたのは何故? あなたの術は、それ相応に発動時間が必要だったはずですわ」


 よく観察してるなぁと感心しつつ、アタシは答える。


「術式自体は、事前に組み立ててたんです。発動の瞬間だけ触媒があれば、魔術は行使できますから。杖を受け取るのと魔術発動のタイミングを合わせるのは、結構大変でしたけど」


 ゼクスの言葉で表すなら、『投げる動作の終わりまでに、ボールが手元にあれば良い』って感じかな。ちょっとコツがいるけど、できないことはない。本にも、そういった手法があると載っていたもん。試合開始前に準備したわけじゃないので、ルール違反でもないし。


 こちらの解説を聞いたドオールさまは、呆れたように溜息を吐いた。


「高等技術ではありませんか。……なるほど。落ちこぼれではなく、才能が在野に埋もれていただけでしたか」


 何やら一人で納得した彼女は、「良い試合でしたわ」と言ってから、舞台を去っていった。


 途端に、会場がワッと騒がしくなる。


 今さら? と思わなくもないけど、たぶんアタシの勝利に、みんなも呆気に取られていたんだろう。気持ちは分かるよ。アタシ、落ちこぼれだったからね。


 チラリと観客席を見る。茶や赤が多い中での白は、とても目立つ。


 軽く手を振ると、彼も笑顔で振り返してくれた。


 それを認めて、やっとアタシは優勝したんだなと実感するのだった。

 

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