Chapter13-5 王を称える者(1)

 オレ――ゼクスは、ニナたちと分かれて一分と経たず、神殿最奥の部屋の前まで辿り着いていた。


 何故、最奥だと分かるのかと言えば、この神殿の魔力を解析し終えたお陰だ。すでに探知術や【位相連結ゲート】などを扱えるよう適応できている。


 探知によると、この先には二名が待ち構えている。なかなか奇妙な反応だが、ヒトではあると思う。


 確信をもって言えるのは、奥にいる二名は、神殿の罠の作成者とは別人ということ。どちらも、あれほど巧妙な土魔法を扱える風には感じられなかった。


 隠し扉のところで予想した通り、当の魔法師は外出中なんだろう。スタンピードの混乱に乗じて、何か仕掛ける予定なのかもしれない。


 地上に残したみんなの身が心配になるけど、おそらく大丈夫だ。特に、カロンとミネルヴァに至っては、魔法司を単独で倒せる技を有している。最悪の展開は、まずあり得なかった。


 逸れかけた意識を戻し、一つ呼吸を置く。


 入室前に、一手を打っておこう。


 大きな両開きの扉に手を掛けたオレは、部屋全体を魔力で包み込んだ。それから、細心の注意を払いつつ、中身を【異相世界バウレ・デ・テゾロ】へ入れ替える。


 また、いくらかオマケ・・・も付随させた。


 初見から導き出した推論なので外れている可能性も高いが、部屋にいる二名は、オマケがないと長生きできないと予想される。身柄を確保すると決めていない以上、情報収集をする時間くらいは稼がないといけない。


 すべての作業を完了させたオレは、意を決して扉を開いた。【異相世界バウレ・デ・テゾロ】の方の扉も連動して開き、この瞬間だけは二つの空間が繋がった。


 オレの入室と同時に扉は閉まり、【異相世界バウレ・デ・テゾロ】は隔離される。加えて、【刻外】も発動した。これで時間を気にしなくても済む。


 補足しておくと、術式を奪取された場合の対策は取ってある。アリアノートとの一件で懲りたからな。【位相隠しカバーテクスチャ】内にいるノマに、バックドアを預けていた。


 今のオレにできる包囲網は完成した。あとは、相手がどう出るかを窺おう。


 最奥の部屋は、これまでの内装の中でも一番神々しかった。白色で統一された壁面と、それを彩る煌びやかな装飾。天井には宗教画らしき絵も描かれている。


 模倣する過程で内装は把握していたが、実際に目の当たりにすると圧倒されるな。芸術への関心が薄いオレでも、壊すのを躊躇ためらう程度には美しい。【異相世界バウレ・デ・テゾロ】内で良かったよ。


 さて、いつまでも見惚れているわけにはいかない。


 オレは本命である二名へ視線を向けた。


 部屋の奥には階段があり、その先に仰々しい椅子が鎮座していた。祭壇にも玉座にも見えるそれには一人の青年が座り、隣に騎士の格好をした女性が立っている。


 青年の方は二十半ばくらいか。茶の髪は無難に整えられ、青い瞳からは強い意思を感じる。やや痩せ気味な体格だが、それを侮らせないほどの圧倒的な存在感があった。堂々と玉座に座る姿は、かなり様になっている。


 女性騎士も、おそらく青年と同年代だ。ヘルムとフルプレートを装備しているせいで容姿は確認しづらいが、背丈は高い。ニナと同程度はあるだろう。髪と瞳の色は茶かな? 彼女も頑なな意思を湛えていた。


 そして、注目すべきは、鎧の胸元に例の“刻印”が刻まれている点だった。この二名が色々と関わっていることは確定した。


 また、二人に共通する部分がある。それは、体内の魔力がメチャクチャだということ。たくさんの色の絵の具を混ぜたみたいに、彼らの魔力は混沌としていた。


 探知時点でも分かっていた事実だが、実物を目にしたお陰で確信した。目前の二名は、神殿に満ちる魔力を、無理やり自分たちの体に注いでいるんだ。それによって、膨大な力を手に入れたんだろう。どうりで、無尽蔵に魔獣を呼び寄せられるわけだ。


 間違いなく、スタンピードの実行犯はあの青年だ。魔力もそうだが、術式のラインも彼と繋がっている。


 まぁ、その辺りは後で尋ねるとして、


「止まれ!」


 室内を真っすぐ進んでも無反応だった二人だが、オレが階段の足元まで到着したところで、騎士が大声を上げた。自身の持つ大剣の剣先で、床を強く突く演出付きである。


 斬りかかってこないのなら、こちらも反撃はしない。【刻外】のお陰で時間的余裕は無限にある。


 オレは騎士の指示に従い、その場で足を止めた。


 続けて、彼女はさえずる。


「陛下の御前だ。ひざまずき、こうべを垂れろ!」


 これには、さすがのオレも失笑した。


 いやいやいや、侵入者に対して敬意を表せと命じるのは無理がある。そんなものを微塵も抱いていないから、こうして無遠慮に足を運んだんだし。


 青年の素性は知らないが、現時点において彼とオレの立場は対等だ。敵同士という、これ以上なく平等な関係だ。


「貴様ッ!」


 どうやら、オレの溢した失笑を耳にしてしまったらしい。騎士は顔を真っ赤にして激高し、斬りかかろうと大剣を振り上げた。


 ところが、彼女がこちらへ踏み出すことはなかった。


「慎め、エリアル」


「ッ!? も、申しわけございません!」


 青年が口を挟んだ途端、騎士エリアルは借りてきた猫のように大人しくなったんだ。


 今のやり取りだけで、エリアルが青年に心酔していることが分かった。


 それほどの何かが、彼には存在するんだろう。オレからすれば、ただの痩せっぽちの男なんだが。


 青年がこちらを見下ろす。


「手間を取らせたな」


「気にしないでいい」


「そうか。それは良かった」


 オレの無遠慮な返しを、青年は気にも留めない。


 エリアルは歯ぎしりしながら睨んできたものの、先程の叱責がかなり効いているようで、攻めてくる気配はなかった。


「名乗るのが遅れたな。僕の名はレクス・レブル・コール・カナカ。偉大なる始祖の末裔、カナカ王国王家の末席を汚す者だ」


 カナカ王国、ね。


 知らない国だった。国名くらいは、都市国家群の小国を含めて網羅しているはずなんだが、まったく聞き覚えがない。


 スタンピードを起こした未知の召喚術と言い、“刻印”と言い、覚えのない国と言い。いよいよ彼らの素性が明らかになった気がする。


「オレはゼクス・レヴィト・ガン・フォラナーダだ。カタシット聖王国にて侯爵の地位と元帥の役職を与っている」


 グルグルと思考を回しながら、こちらも名乗り上げた。向こうが対話を所望しているうちは、オレも無下にするつもりはない。


 レクスは「ふむ」と口元に手を当てる。


「貴国において、侯爵とはどの程度の地位なのだ?」


「嗚呼、説明不足で申しわけない。名目上は公爵と同等の、一代限りの名誉爵位だ。まぁ、実際は上から三番目だな」


「なるほど。我が祖国と大差ないようで安心した。しかし、侯爵自身がここまで足を運ぶとは驚いたぞ」


「そういう割に、あまり驚いた態度には見えないが?」


「ははは。武名を轟かせる当主は、古今東西どこでも存在するものだ。驚きはしても、想定外ではない」


「確かに、あなたの言う通りだな」


 敵同士にも関わらず、オレたちは友人の如く会話を繰り広げた。内容の大半は雑談の延長にすぎず、何とも弛緩した空気が流れる。


 とはいえ、これも相手なりの作戦だったんだろう。緩んだ雰囲気にも関わらず、レクスは唐突に冷徹な一言を差し込んできた。


「それで、貴殿は僕の敵で合っているかな?」

 

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