Chapter13-2 海と恋(5)

 海底神殿の調査後は、特筆すべき事柄もなく進んだ。みんなと合流して遊び、その後は恋人たちそれぞれと二人きりの時間を過ごす。後者は【刻外】によって時間経過ナシで行えるのが便利だ。


 食事も風呂も済ませ、あとは眠るだけの夜。私室でくつろいでいた時、部下から一つの報告が上がった。


 カロンとセイラが外出したとのこと。護衛は影ながら同行しているが、念のために連絡を入れたらしい。


 正しい判断だ。潜んでいた魔王教団を叩いたとはいえ、完全に排除したとは断言できない。奴らは神出鬼没が売りの連中だからな。カロン単独ならまだしも、セイラも一緒では安全は保障し切れない。万が一もあり得る。


 引き続き見守るよう指示を出してから、探知術の範囲を広げる。


 報告通り、街中を歩く二人の反応があった。しばらく観察していたが、ビーチで彼女たちの動きは止まった。


 周囲に護衛以外の気配はないし、海を見ながらお喋りといったところか? いや、魔力の感じからして、真剣な内容っぽい。何らかの相談と見るべきかな。


 たぶん、セイラがカロンに話を持ち掛けたんだろう。彼女の素性を考慮すると、真に頼れる相手はカロンくらいしかいないんだと思う。


 聖女が悪役令嬢に相談なんて、原作を知る身としては耳を疑う状況だけど、今さら驚くほどでもない。とうの昔に、原作は破綻しているもの。


 しかし、主人公聖女という立場も、色々と難儀だよなぁ。大きすぎる肩書きのせいで弱みを見せづらい。多くの者は肩書きをフィルターにして見てくるため、勝手に幻滅されてしまうんだ。その弱みを悪用してくる輩も出てくるだろう。オレにも貴族家当主の立場があるので、いくらかは共感できる。


 また、セイラの場合は“前世の記憶”を重荷に感じている部分があった。ゲーム前世現実今世を割り切るのに、かなり苦労している模様。フォラナーダ関係以外は原作通りに歩んでいたせいで、余計にギャップの修正が難しいようだった。


 前世のことを他人に話せば戸惑われる。『あなたは創作物の登場人物だったんです』なんて言えば、頭の異常を疑われるのは必至だ。ゆえに、隠した。


 だが、秘密を抱える人間は、対人関係において一歩引いてしまう傾向がある。うっかり口を滑らせる可能性を危惧してしまうんだ。


 振り返ってみると、セイラには攻略対象ヒーロー以外に仲の良いヒトはいない気がする。無論、クラスで楽しげに会話する友人はいたけど、結局は学園内で完結した関係だ。


 肝心のヒーロー二人も、『キャラクターとして接していた』とセイラ自身が吐露していたのをオレやカロンは知っている。心を許し合った仲とは言い難いだろう。


 “聖女の肩書”と“前世の記憶”が、セイラを強く縛り付けていた。本来なら強みとなる要素が、彼女を追い詰めていた。


「主人公ってのも、存外楽じゃないな」


 溜息混じりに呟く。


 考えてみれば、たいていの主人公は試練の連続だ。極限まで追い詰められ、死にかけ、モノによってはマジで死ぬ。その分の成功報酬はあるけど、釣り合っているかは謎である。


 というか、セイラの場合、苦労しっぱなしだった。シナリオが破綻したせいで、本来だったら悩まなくて良いジレンマにおちいっている。


 ……もしかしなくても、オレが自重せず暴れ回ったせい?


 ふと、責任の所在を自覚してしまう。


 セイラ側の問題もあるんだろうけど、原因の大元はオレの行動に違いなかった。うーん、これは助力した方が良いのか?


 一概に頷けないのが悩ましい。ストレートに手助けすると、色々邪推する連中が現れるんだよね。権力を大きくし過ぎた弊害だ。


 幼馴染み組はギリギリのラインを上手く走っているが、セイラへのフォローがどう転ぶかは未知数だった。お互いに名が売れすぎている。


 せいぜい、婚約者たち越しに力を貸すのが限界だろうか。つまりは現状維持。


「とりあえず、本人が何を問題視してるのか、改めて尋ねるべきか」


 カロン越しに耳にした内容を前提に話を進めても、いらぬトラブルを引き起こすだけだと我に返る。まったく別の相談をしている可能性だって否めない。


 カロンたちのところへ足を運ぶとしよう。女性同士の会話に加わるのは気が引けるけど、こういうのを躊躇ちゅうちょすると、いつまでも機会を逸しそうだ。


 適当なお茶と茶菓子を用意して【位相隠しカバーテクスチャ】にしまったオレは、【位相連結ゲート】でカロンたちの元へ移動した。


 二人は海岸線を見つめるように、並んでビーチへと腰を下ろしていた。少し距離を置いて転移したため、彼女たちの会話は聞こえてこない。


 わざとらしく砂を踏み締めて近づいていくと、すぐに二人はコチラに気が付いた。カロンに至っては人物特定まで済ませていたらしく、キラキラした笑顔を浮かべて勢い良く立ち上がった。


 これだけでも大仰な反応なんだけど、『抱き着いて来ないだけマシ』と考えてしまう辺り、カロンのブラコン具合にかなり毒されている。


「お兄さま!」


「どうしました、ゼクスさん?」


 傍まで辿り着くと、二人はそう口を開いた。飼い主を前にした愛犬の如きカロンと怪訝そうに首を傾ぐセイラ。実に対照的だと苦笑がこぼれる。


 オレはテンションの上がっているカロンの頭を撫でつつ、セイラの問いに答えた。


「夜更けに二人が外出したって聞いて、様子を見に来たんだよ」


 本当は、もっと踏み込んだ話を伺うつもりなんだが、その辺の事情はあえて端折る。明かしても警戒させるし、話を複雑化してしまう。雑談の延長で聞き出せれば御の字だ。


 それに、省略しただけで嘘は吐いていない。問題はないと思う。


 当のセイラは、納得した表情を浮かべた。


「そうですよね。こんな遅くに女子二人で出かけたら、心配かけますよね。配慮が足りませんでした、すみません」


「申しわけございません、お兄さま」


 先日の誘拐されかけた件を想い返したんだろう。彼女は申しわけないと頭を下げる。カロンもそれに続いた。


「気にしないで……とは、さすがに言えないな。今度からは時と場所を考えてほしい。特にカロン。こういった案件は、ホストのキミが考えなくちゃいけないことのはずだぞ」


「はい、申しわけございません」


 気の緩みや慢心を注意すると、カロンはシュンと身を縮めさせた。本気の反省が窺えるので、これ以上のお説教は止めておこう。彼女なら、同じ過ちは起こすまい。


 二人に頭を上げるよう告げた後、オレはお茶の準備を始めた。レジャーシートを敷き、丈の低い簡易テーブルを設置し、最後にお茶や菓子を並べる。


 【身体強化】や魔力の手――【オペレートハンド】を駆使して実行したので、あっという間に、砂浜の一画はピクニックの景色に変わった。


「あ、あの……これは?」


 ほぼ一瞬で完成した茶の席に、セイラが困惑した声を上げる。


 オレは肩を竦めた。


「見ての通り、お茶の席だよ。まだ帰るつもりはないんだろう? だったら、地べたに座りっぱなしは宜しくない」


 夏本番とはいえ、海辺の夜は結構冷える。長時間も対策ナシで居座るのはオススメできなかった。それゆえの、断熱素材の座敷と人肌程度に温めたお茶である。


「ほら、座って。何か真剣な話をしてたんだろうけど、一回息抜きしよう」


「お言葉に甘えましょう、セイラさん」


「そ、そうですね……」


 カロンの一押しもあり、セイラは了承してくれた。


 二人はシートの上に座り、ゆっくりお茶に口をつけた。


「不思議な味のお茶ですね。渋味は強いですが、それを上回る味わい深さがあります」


「緑茶ですか? おいしいですね」


 各々の感想を語る彼女たち。淑女教育を受けているカロンは詳細な所感を述べ、前世持ちのセイラは一発で茶の種類を当てた。


 ただ、両者共通して、味は気に入ってくれたらしい。コクコクと何度もカップを動かす。


 オレは笑む。


「この街で売ってた茶葉さ。独特の風味があって美味しかったから、まとめ買いしてみたんだ。久しぶりに、色々淹れ方を試行錯誤したよ」


 正確には、普通の緑茶とは違う気がする。お湯の適温や浸す時間とかも異なるし、風味がちょっと複雑なんだ。


 最適な味を出すまで、シオンと一緒に『あーでもない、こーでもない』と頭を悩ませたよ。楽しかったけどね。


「ちなみに、カフェインレスで淹れたから安心してほしい。睡眠は妨げないぞ」


 茶をたしなむ者として大事な部分だ。こういった配慮を怠るのは二流と言えよう。


 それより三十分ほどは、素直にお茶会を楽しんだ。波の音をBGMにして、優雅で穏やかな一時を過ごす。


 二杯目のお茶が空になった辺りで、ふとカロンが溢した。


「セイラさん。お兄さまにも相談に乗っていただくのは如何いかがでしょう?」

 

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