Chapter13-2 海と恋(4)

 海底神殿を発見してすぐ、例の『“刻印”を伝承していた部族』の調査報告が上がってきた。


 結論から言うと、“刻印”の詳細は判明しなかった。誰が何のために作ったものなのか、重要な情報は集まらなかったんだ。


 しかし、成果はゼロではなかった。


 部族に伝わる昔話に、『騎士と魔法師が海底神殿より訪れ、部族を危機から救った』という内容があったらしい。“刻印”は、その二人が鎧や杖に刻んでいた紋章だったという。


 誰かが仕組んでいるのでは? と疑いたくなるタイミングの良さだった。


 念のために周辺を調べたが、海底神殿は一つしか見つかっていない。同一のモノであることは間違いないだろう。


 問題は、どうやって内部調査を行うか、だ。あの一帯は海流が激しいので、潜って近づくのは難度が高い。オレもしくは水の適性を持つ高レベル――ミネルヴァ、シオン、ガルナくらいしか実行できないと思う。


 神殿の規模が不明であるため、それでは効率が悪すぎた。


 となれば、残る手段は限られる。神殿周りの海を排除するしかない。


「結界を張って……残った海水は【位相隠しカバーテクスチャ】に収納っと」


 部下を引き連れて出直してきたオレは、海底神殿を丸裸にした。大波が起こらないよう注意を払いつつ、見事に露出させる。


 海底神殿は石造りの建物だった。地面に顔を見せているのは約250平方メートルくらいか。ギリシャの神殿を彷彿とさせるデザインだった。


 石造りに関わらず崩壊していないのは、内部に膨大な魔力を秘めているためだろう。そのせいで探知を阻害され、地下の全体像は把握し切れない。どことなく、ダンジョンの設計に近いものを感じた。


「相変わらずね」


「青の魔法司としてのプライドがズタズタなんですが……」


 一通りの作業を終えると、それを見守っていたミネルヴァが呆れた調子で呟き、ガルナは頭を抱えた。


 まぁ、青魔法で対処するなら、海流の計算が膨大になるもんな。津波を起こさないよう処置するのが難しい。オレも、【位相隠しカバーテクスチャ】がなければ実行不可能だっただろう。


 陽の元にお目見えした海底へ、次々と調査部隊が降り立っていく。かなりぬかるんで・・・・・いるみたいだが、フォラナーダでも精鋭の彼らなら大丈夫。安心して見ていられる。瞬く間に拠点を作成し、神殿周囲の罠確認などを終わらせていった。そして、三十分と要さず、先遣チームが神殿内へと突入していく。内部には海水が侵入していないよう。


 オレたちも地面へ降り、設営されたテントに入った。中には様々な魔道具が稼働しており、あらゆる角度で神殿を図っている模様。


 テントで待機すること三十分ほど。先遣隊より、神殿最奥まで到着した連絡が届く。


「思ったより早かったわね」


 隣に座るミネルヴァがそう溢す。


 彼女の言う通りだ。奥まで辿り着くまでが早すぎる。


「こんな場所に隠しておいて、一本道はおかしいな」


「ええ。送信されてきた資料によると、壁画くらいしかないってことだけど、それも妙よ」


 内部構造の単純さはともかく、海底なんて捻くれた場所に建設しておいて、何も出土しないのはあり得ない。秘境に隠す理由が、この神殿には存在すると考えるのが自然だ。


 この辺り、オレとミネルヴァの意見は一致していた。無論、解析チームの部下たちも。


 いくらか言葉を交わし、一つの見解が導き出される。それは、一本道のどこかに隠し扉があるというもの。それ以外、この違和感を解決できなかった。


 ただ、隠し扉の発見には時間がかかりそうだった。


 何故なら、前述した通り、神殿は魔力で満ちているせいだ。ダンジョン同様、探知の類を著しく阻害する。ゆえに、物理的に捜索する他に方法がなかった。


 ふと、ミネルヴァが問うてくる。


「あなたでも探せないの?」


 無茶を仰る。


「今すぐには無理。ダンジョンに似ているだけで、同一ではないんだ。適応するには、ある程度の解析時間が必要なんだよ」


 慣れもあるので、以前のように何時間も必要とはしないが、それなりに時間を費やすのは確か。それならば、部下の物理的捜索が先に結果を出すだろう。


「そう。じゃあ、私たちも中に入りましょう」


「何が『じゃあ』なんだ?」


 突拍子もないミネルヴァの提案に、オレは驚いた。お願いだから、話の文脈は端折らないでほしい。


 すると、彼女は楽しげに笑う。


「肉眼で確認した方が、何か見つかるかもしれないでしょう? 時は金なり、よ」


「キミ、神殿に入りたいだけだろう?」


「悪い?」


「……」


 珍しく素直に肯定したので、一瞬言葉に詰まる。


 すっかり忘れていたけど、ミネルヴァは研究者気質の子だったな。父である魔法狂まほうきょうには及ばずとも、魔法に関しては一直線だ。


 ――で、この神殿も、広義的には魔法的産物にカテゴリされる。彼女が興味津々になるのも当然だった。


 断る理由は……ないな。すでに多くの部下が突入している以上、直近の危険はない。オレも同行するんだから、死が迫る可能性は皆無だろう。


 何か発見があるかもしれないのは事実だし、ここは受け入れた方が無難か。


 オレは小さく溜息を吐き、席を立つ。


「分かったよ。行こうか、神殿の中に」


「そうこなくっちゃ!」


 ミネルヴァは嬉しそうにステップを踏む。


 研究が関わると、これほどまでに機嫌が良くなるのね。子どもっぽい彼女は、とても可愛かった。








 地下への道は分かりやすかった。表の神殿に入ってすぐ、建物のおよそ中央地点に、でかでかと階段が設置されていたんだ。


 階段は結構長かった。部下たちの測定によると地下三十メートル――だいたい地下五階は降りているらしい。


 降り切った後は、延々と真っすぐの廊下だ。幅は約五十メートル、高さは約十メートルと広い。


 報告通り、左右の壁には絵が描かれていた。人間と獣が共にいる描写が多い気がする。


 また、随所に“刻印”が刻まれていた。あれは、この神殿のシンボルマークだったよう。


 壁画を眺めながら歩いて数分。ミネルヴァが呟く。


「まったく見たことない文化様式ね。少なくとも、常立国とこたちのくにとは関わりない神殿よ、ここ」


「詳しいな」


築島つきしまを訪問する予定を聞いた時点で、色々調べたのよ。私、事前調査はしっかり行うタイプなの」


「しっかり者の婚約者で、とても頼もしいよ」


「フン」


 オレが褒めると、彼女は鼻を鳴らしてソッポを向く。


 相変わらずの反応だ。感情は嬉々としているくせに。


 ミネルヴァの頬笑ましい反応を愛でつつ、淡々と歩を進める。もちろん、隠された何かがないか、目を光らせながら。


 小一時間ほどで終着点に到着した。最奥は廊下よりも広大な部屋となっており、一辺百メートルくらいの立方体だった。


 部下たちは最奥に何かあると予想している模様。今までも調査中の者たちとすれ違っていたが、ここに集う人数はさらに多い。


「ここにも壁画か」


「他よりも神々しい感じね」


 ミネルヴァの言うように、最奥の壁に描かれたモノは、廊下のそれよりも豪華だった。中央には王冠をかぶったヒトが立っており、その周りを光る人間、黄色の龍、黒い虎、翠の亀、青いわしが囲んでいる。


「王と家臣といったところか? いや、大半が人外だけどさ」


「今までの壁画も、ヒトと獣の組み合わせだったわよね。そういう文化なのかもしれないわ」


「なるほど。ヒトと獣がパートナーを組んでいるのか。それで、王だけは五体も従えていると。そうなると、あの光る人間は、実はヒトじゃないのかな?」


「かもしれないわ」


 そんな感想を語り合いながらも、オレたちは周囲へ視線を巡らせる。何かが隠れていないかを隈なく探っていく。


「ダメね。膨大な魔力が流れてることしか分からない」


 だが、たっぷり三十分かけた末に、ミネルヴァは匙を投げた。お手上げだと両手を掲げる。


 一方のオレはというと、


「うーん」


 釈然としない気分を抱え、小さく唸った。


 ミネルヴァが首を傾ぐ。


「何か見つけたの?」


「いや、どうなんだろう……」


「ハッキリしないわね」


 曖昧なこちらの返答に、彼女は眉をひそめた。


 すまないとは思うけど、オレも確信がないんだよ。


 思考がまとまらないなりに、ポツリポツリと言葉を紡ぐ。


「最奥の壁画が、何かおかしい気がする。他と比べて、流れる魔力が整然としすぎてる」


「そうなの?」


 改めて壁画を睨むミネルヴァ。


 しかし、しばらくして首を横に振った。


「私には分からないわ」


「だろうね。気のせいだと切り捨てるレベルの差異だし」


 とはいえ、無視するわけにはいかない。こういった小さな違和感を突き詰めてこそ、新たな発見を得られるんだから。


 オレは口元に手を当て、思考を回す。


「かなり熟練の土魔法師が、この壁を作ったのかもしれない。下手すると、魔法司レベルだな」


「最奥の壁が隠し扉ってこと?」


「仮説……いや、妄想の域だけど、否定はできない。ただ、今は開けられないと思う」


「どうしてよ」


「かなり強固にロックされてる。条件を満たさないと」


「無理やり開けるのは?」


「できなくないけど、全部崩壊する罠があったら、無に帰すぞ」


「……そうね」


 オレとミネルヴァで話し合ってみたが、ハッキリした答えは出なかった。最奥の壁が隠し扉だというのもオレの推測にすぎないため、確定した情報ではないし。


 その後、部下も交えて検証したが、結局は何も解明できなかった。結界の維持は余裕なので、部下を駐屯させて調査を続行させる運びとなる。


 はてさて、この神殿にどんな秘密が眠っているのやら。今はまだ、大人しく続報を待つしかない。

 

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