Chapter12-4 傀儡(3)

 週末。学園が休みの本日は、丸一日予定が埋まっていた。週に一度、一対一で恋人たちとデートに出かける機会を設けており、今回はカロンの番だった。


 室内で過ごしたり、限られた人数で遊ぶだけだったら【刻外】で融通できるんだけど、外出まではフォローできないからな。王都民すべてを【刻外】に巻き込んだら、大混乱必至である。


 はてさて。今回のデートは、お互いに大人しめの服装にしている。あけすけに言ってしまえば、平民レベルの代物を身につけている。


 何故なら、アルトゥーロに教わった穴場を回る予定だからだ。当然だけど、彼の語った場所は全部平民向けだったんだよ。そこへ、貴族然とした格好で赴くわけにはいかない。


如何いかがでしょうか、お兄さま」


 カロンがヒラリと体を回す。


 彼女が着用しているのは、素朴なデザインをした濃いベージュのワンピース。内にクリーム色のシャツも着ており、オシャレながらも牧歌的だった。どことなく、童話のヒロインみたいな雰囲気も感じる。


「可愛いよ。大人しい中にも確かな魅力を感じる。胸元のリボンが、いいアクセントになってると思う」


「ありがとうございます!」


 オレが素直な感想を述べると、カロンは満面の笑みを浮かべた。たったそれだけで、周囲の温度がいくらか温かくなったようだ。『陽光の聖女』の笑顔は、まったく衰えを知らない。


 かくいうオレも、表面上は爽やかな笑みを保っているものの、内心では身もだえていた。周りの目がなければ、『ああああああああ』と唸り声を上げて転がりまくっていただろう。それくらいカロンは可愛いんだよ!


「お兄さまもステキですよ。いえ、いつもステキですが、今回は新鮮です」


 オレが脳内トリップしていたところ、カロンがこちらを賛美してきた。普通なら返礼のお世辞とも取れるが、それはない。彼女の瞳はキラキラと輝いているから。


 まぁ、新鮮という評価は正しいか。今のオレは白いシャツにネビージュのベストを羽織り、下はグレーのズボンで整えている。普段は制服か貴族然とした格好が多いので、シンプルな服で着飾るのは珍しい。


 オレとしてはシンプルイズベストなんだけど、当主の立場が許さないんだよ。貴族文化、面倒くさい。服くらいは好みのものを着させてほしい。


 心のうちで愚痴を溢しつつ、褒めてくれたカロンへ「ありがとう」と返す。それから、右手を彼女へ差し出した。


「それじゃあ、出かけようか。愛しのお姫さま、お手をどうぞ」


「はい、お兄さま」


 キザなセリフ回しにも慣れてきたな、と遠い目になってしまうが、頬を染めて手を握ってくるカロンを見れば、どうでもよくなる。本当に、我が妹は可愛すぎだ。








 アルトゥーロの言う穴場を巡ると前述したが、それのみで予定は構成していない。通い慣れた店も交えつつ、ゆっくりと王都を巡った。全部が真新しいと疲れてしまうからな。適度に緩めた方が良い。


 また、彼の紹介してくれた場所をすべては回らなかった。何せ、十五ほども教えてもらったんだ。一回のデートで網羅するには数が多すぎる。


 カロンとのデートでチョイスしたのは三つ。店主の手作りのみを売る小さなアクセサリーショップとバゲットサンドがイチ推しのカフェ、夜景の素晴らしい穴場スポットである。


 お昼までに前二つを利用したんだが、かなり満足のいく店だった。どちらも有名になっていないのが不思議なほど。それこそ、貴族の目や舌をも唸らせる技量だったんだ。また次の機会も利用したい。


 そして、一通りデートを堪能したオレたちは、最後に夜景の穴場スポットへと向かっていた。すでに空は紫色を濃くしていっており、街は大半を影に染めている。


 大通りは帰宅を急ぐヒトや酒場へ向かうヒトで溢れていた。その波を潜り抜けながら、オレたちは目的地を目指す。当然、カロンと手を繋いで。


「ふんふんふ~ん」


 隣を歩くカロンは、非常に上機嫌だった。今日のデートは彼女を満足させられたらしい。ホッと安堵する。


 緊張していたのかって?


 そりゃもちろん。オレだって男だ。自分のデートプランが好きな相手に楽しんでもらえるかどうか、不安にもなる。色々ぶっ飛んでいる自覚はあるけど、精神性までヒトの枠を飛び越えたつもりはない。


 だから、カロンの笑顔は、何よりも報酬だった。彼女の頬笑みを見るだけで心洗われるし、ドキドキと胸が高鳴る。『嗚呼、オレはこの子が好きなんだな』と強く実感する。


「ふふ」


「お兄さま?」


 どうやら、上機嫌なのはオレも同じだった模様。思わず笑声が漏れてしまい、カロンにも心配されてしまった。


 何でもないと返しつつ、ふと、突拍子もない考えが浮かぶ。


 このまま穴場スポットに向かうのはもったいない・・・・・・な、と。


 何がもったいないのか、具体的に説明はできない。直感的に、この高まった空気で赴く場所は別にあると思ったんだ。強いて言うなら、思い出深い場所へデートを締めくくりたいというワガママか。


「カロン」


「お兄さま」


 オレとカロンが声を上げたのは同時だった。同じタイミングで足を止め、同じタイミングで顔を向け、同じタイミングでお互いの名を呼ぶ。面白いほどに行動が一致した。


「「あはは」」


 これまた同時に笑声を漏らすオレたち。


 ここまで来れば、相手が同じことを考えているんだと理解できた。笑顔のまま語り合う。


「予定変更でいいか?」


「もちろんです、お兄さま。わたくしも、今日はあの場所で終わりたいと考えておりました」


「さすがはオレの妹、以心伝心だな。上手く言葉にできないけど、嬉しいよ」


わたくしも嬉しいです!」


 胸元で両手を握り締める彼女はとっても愛らしくて、この場で抱き締めたい衝動に駆られた。無論、往来で実行するほど節操ナシではないけどさ。優しく頭を撫でるに留める。


 オレたちは揃ってきびすを返した。正反対とまでは言わないが、予定とは大きく異なる方向へ歩いていく。


 楽しい楽しいデートの終幕。オレとカロンは心弾ませて目的地を目指した。


 ――が、その躍動も台無しとなる。


 何故なら、


「……誰かが襲われてる?」


 探知に、今にも死にそうな人間の反応が、二つも引っかかったためだ。


 場所は、ここより裏路地へ進んだ地点。昼間であれば、ギリギリ人通りの見られるところだった。夜に足を踏み入れた今、周囲に人影なんてないが。


 不自然な点もあった。死にかけの誰かを襲う連中の魔力が、極端に少ないんだ。量だけなら、植物と見紛うほど。


「お兄さま!」


「ッ」


 カロンの声で我に返る。


 そうだ。今は熟慮している場合ではない。襲われているヒトの救助が優先だ。あの様子だと、すぐにでも治療を始めないと手遅れになる。


「行くぞ」


「はい」


 【位相連結ゲート】を展開。オレが先行しつつ、二人で現場へと急行した。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る