Chapter12-4 傀儡(2)

 アルトゥーロが口を開いた。


「あのー……先輩方。クラブ中に持ちかけるのは如何いかがなものかとは僕も思うんですけど、相談してもいいでしょうか?」


 恐縮し切った雰囲気だった。元気溌剌が取り柄の彼らしくない。


 全員が同じ疑念を抱いたようで、一様に首を傾げる。


「どうしたの、アルトゥーロくん?」


「何か悩み?」


「その仰いよう、クラブ外のご相談でしょうか?」


 ターラ、ニナ、カロンの順に問い返した。


 アルトゥーロは申しわけなさそうに頷く。


「はい、カロライン先輩の言う通りです。ちょっと相談するタイミングが掴めなくて。すみません」


「気にする必要はありませんよ。無駄話をするなと注意するほど、このクラブは規則に厳しくありませんから。それに、大事な後輩が困っているのでしたら、力になって差し上げたいです」


「カロンの言う通り」


「微力だけど、協力は惜しまないよ」


「先輩……。ありがとうございます!」


 三人の言葉に感激した様子のアルトゥーロ。陰った表情は、すでに吹き飛んでいた。


「えっと、ゼクス先輩は宜しいでしょうか?」


 最後にオレへお伺いを立てる辺り、彼もただの猪突猛進ではないよな。最低限の礼儀を学び、状況をしっかり把握している証拠である。


 オレは小さく首肯する。


「構わないよ。オレも、できる範囲で協力する」


「ありがとうございます!」


 アルトゥーロは深々と礼をした後、本題を語り始めた。


 彼の相談内容を簡潔にまとめると、『クラスメイトの子爵令嬢にデートへ誘われた。どう対応すれば良いのか教えてほしい』だそう。


 これに対する反応は、キレイに分かれた。


 ターラは「き、貴族とデート!?」と戦慄し、カロンはロマンスの予感に瞳を輝かせ、ニナは面倒くさそうに渋面を浮かべた。それぞれの立場や性格が如実に表れているな。


 かくいうオレは、“困惑を少々ブレンドした驚き”といったところか。キョトンと首を傾いでしまう。


「デートも何も、カノジョがいるんだと断れば解決じゃないか?」


 一夫多妻の世間ゆえに断り文句としては些か弱いが、平民のアルトゥーロなら十分通る言いわけだ。学生なら尚更、一人の恋人を大事にしたいと思う者は多いし。


 貴族の頼みであっても、今回の場合は問題ないだろう。たぶん、件の令嬢は家を通していない。通していたら、頼みではなく命令となる。それが封建社会だ。


「カノジョですか?」


 しかし、こちらの疑問は上手くアルトゥーロに伝わらなかったらしい。彼も困惑気味に首を傾げる。


 仕方なく、オレは続けた。


「モーガンを言いわけに使えばいいってことだよ」


「えっ、何でモーガンが出てくるんですか?」


「何でって、キミら恋人同士だろう?」


「違いますよ!!」


「お、おぅ」


 埒が明かないのでハッキリ指摘したんだが、即答および大声で否定されてしまった。あまりの剣幕に、呆気に取られる。


 滲み出る感情に照れはない。かといって嫌悪もないが、ここまで強い拒絶となると、よほどモーガンの恋人は嫌みたいだ。


 オレは素直に謝罪する。


「すまない。勘違いしてた」


 いつも二人でいるし、魔法の腕も切磋琢磨し合っているし、息も合っているし、幼馴染みだし。様々な要因から、てっきり恋人だと思い込んでいた。言われてみれば、二人が甘い雰囲気になっている場面と出くわしたことはないな。


 アルトゥーロも落ち着いたようで、慌てて頭を下げる。


「も、申しわけございません。頭に血が上ってしまって」


「気にしないでいいよ。今のはオレも悪かったから」


 お互いの落ち度ということで、この場は収める。この程度で目くじらを立てるほど、狭量でもない。


「それにしても、恋仲でもないのに、四六時中一緒にいるんだな」


 勘違いした最大の原因を問うてみる。仲が良いのは幼馴染みである経緯で説明つくが、その点は払拭されない。


 アルトゥーロは苦笑いを浮かべる。


「僕たちって、クラスだと色々浮いてるんですよね。ほら、平民なのに二位と三位ですから」


「あ~、分かる」


 納得の声を漏らしたのはターラだった。何度も首を縦に振っている。


 そういえば、彼女もクラスでは孤立しているんだったか。貴族には煙たがられ、平民には恐れられているらしい。まぁ、本人はオレたちがいるから、そこまで気にしていないと語っていたが。


 しかし、ようやく得心できた。孤立状態ゆえに、結局は二人一緒に行動するしかなかったわけだ。


 これにはニナやカロンも乾いた笑みしか作れない。


「結局は身分差社会」


「いくら学園とはいえ、聖王国内ですからねぇ」


 何とも微妙な空気が流れる中、オレは両手を二回叩いた。みんなの注目を集めさせ、場の仕切り直しに努める。


 元々、オレのせいでおちいった状況なので、マッチポンプ感はすごいが、とにかく流れを変える。


「話を戻そう。子爵令嬢からのデートの誘いをどう対処すべきか、だったよな?」


「は、はい。同じ平民の子相手なら慣れてるんですが、貴族さまとなると勝手が違いますから」


「な、慣れてるんだ」


「意外とプレイボーイ?」


「顔立ちは整っていますものね。お兄さまほどではありませんが」


「……」


 オレは額を手で抑える。


 空気の変更は叶ったが、これまた妙な展開になってしまった。


 『平民の子相手なら慣れてる』って情報、絶対にいらなかっただろう? 何で口にしたんだ?


 アルトゥーロへ半眼を向けると、彼は恐縮した様子でペコペコ頭を下げていた。うっかり口を滑らせた感じか。


「そんなんで、よく今まで刺されなかったな」


「さすがに、不義理なマネはしてませんよ」


 恋人がいる間は、安易に誘いには乗っていないよう。それはそうだ。いくら多妻制といえど、パートナーの許可なくポンポン増やしていては大問題である。


 オレは溜息を吐き、話題の軌道修正を図った。


「まぁ、いい。それよりも、本題に戻るぞ。デートは受けたければ受ければいいし、受けたくなければ断ってもいい」


「そうなんですか?」


「嗚呼。実家から手紙が送られるとか、使用人越しに命じて来ていない限り、令嬢本人の頼みにすぎない。断ったとしても、然して問題はないよ」


「じゃあ、受けた場合の注意事項は?」


「傷モノにしない」


「そ、即答」


 いや、だって、ねぇ? 恋多き男だと知った以上、そこには釘を刺しておくべきでしょうよ。


 冗談はさておき、他にも注意する点はある。


「求められない限り、相手のプランに乗っかるのがベストだな。身分差のある交際の場合、上位の意向に従った方が角は立たない」


 貴族向けのレストランは平民には予約できないし、かといって大衆食堂へ連れ出すなんて愚の骨頂。エスコートは身分が上の者に任せるのが無難だ。


「あとは、人通りの多い場所を歩くこと。個室もNG。どうしても個室に入るしかない場合は、使用人を複数同伴させること。実際に何もなくとも、風評だけで傷モノにしたと判断される」


「貴族の噂は早い。それを利用して、既成事実を仕立て上げる令嬢もいる」


「怖ッ」


 オレとニナの発言に、顔を青ざめさせるアルトゥーロ。


 多少は礼儀を知る彼でも、やはり貴族社会の実態は把握できていないか。オレたちに相談してなかったら、絶対に食い物にされていただろうなぁ。


 その後もいくつかのアドバイスを送ると、彼は深々と頭を下げた。


「本当にありがとうございましたッ。お話を伺っていなかったら、危なかったかもしれません」


「他人の恋愛事情に物申せる立場じゃないけど、ほどほどにしておけよ?」


「はい。お礼と言っては何ですが、王都の穴場のデートスポットをお教えしますね!」


「……キミ、反省してないだろう?」


 まぁ、デートスポットは教えてもらうけどさ。


 直近のデートはカロンか。今回の情報を上手く活用させてもらおう。


 こうして、この日も平和に幕を閉じていく。

 

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