Chapter12-1 留学生(3)
新学期が始まって三日目。初日は始業式、二日目は入学式のみだったため、本格的な始業は本日からだった。
新入生ならともかく、上級生たちが新学期に心躍らせることは少ない。逆に、勉強の日々が再開するのを億劫に感じるだろう。
しかし、オレを除くいつものメンバーは、少数派に分類されるようだった。今は登校中の馬車の中なんだが、彼女たちのテンションは普段より高めである。
「皆さんとの再会が楽しみですね」
紅い瞳を輝かせて笑うのは、我が最愛の妹であるカロンだ。ポニーテールの金髪をそわそわ揺らしている様子より、その期待度の高さが窺える。実に可愛い仕草だ。思わず頬が緩んでしまう。
カロンは結構人懐っこい性格をしている。他者との縁を大事にするところは、幼少の頃から変わっていない。そんな彼女が、学友との交流の場を大切にするのは当然だった。
それに同意するのは、交友が特に広い二人。義弟のオルカと、晴れて婚約者となったマリナだ。
「だね。冬季休暇ほどじゃないけど、学園では毎日顔を合わせるから、余計に久しく感じるよ」
「一昨日に何人かとは挨拶したけど、それだけじゃ足りなかったもんねー」
獣人の証である狐耳をピクピクと動かすオルカは愛らしいし、右肩に流す水色の髪を撫でるマリナの仕草も、ちょっと色っぽく感じる。どちらも、いつも通り可愛い。
「まぁ、貴族として、横の関わりは大切にするべきよね」
三人に追随して発言をしたのは、黒のツインテールを揺らす少女。ロラムベル公爵家の令嬢であり、オレの第一の婚約者であるミネルヴァだった。小柄ながらも、ガッツに満ちた強い女性だ。
彼女が捻くれたセリフを吐くことは、今に始まった話ではない。気を許している相手には、どうしても素直な言葉を伝えられないヒトなんだ。いわゆるツンデレ。今だって、単純に『友だちは大切』と同意したにすぎない。
少しややこしいけど、そういった部分もミネルヴァのチャームポイントだと思う。少なくともオレは、斜に構える彼女が可愛くてたまらない。
その後、友人たちとの交流について、わちゃわちゃと語り合う四人。とても穏やかで、心温まる光景だった。これを守るために戦ってきたんだと、胸の奥にジンワリと達成感が湧いてくる。
「平和ですね」
感動を噛み締めていたのは、オレだけではなかったらしい。本日の隣席を獲得したシオンも、感慨深そうに呟いた。
シワ一つないメイド服に、ピシッとシニョンに整えられた青紫の髪。そして、背筋を伸ばして座る姿勢の良さ。一片の隙もない鉄壁のような雰囲気をまとう彼女だが、その頬は僅かに緩んでいた。
オレの腹心であるがゆえに、シオンはこの場のメンバーの中で一番事情を把握している。平穏な光景に対する感動は、誰よりも大きいだろう。
ふと、シオンの膝の上に置かれた手を、オレは握った。何となく、彼女と触れ合いたくなったんだ。
すると、途端に頬を赤く染めるシオン。若干、顔をうつむかせてしまった。
彼女の初心さは相変わらずのようだ。気絶しないだけ、以前よりも改善はしているけどね。
シオンの反応を頬笑ましく眺めていると、不意に反対側の袖が引っ張られた。
見れば、狼獣人の女性――ニナが頬を膨らませ、無表情でジッとこちらを見つめていた。茶色の瞳に湛えられた感情は嫉妬だろうか?
彼女は端的に言う。
「構って」
「嗚呼、うん。ごめん」
ストレートすぎる発言に、さすがのオレも苦笑いを溢した。
あまり感情を面に出さない彼女だけど、行動自体は直球なんだよな。すぐに抱き着いてくるし、キスも遠慮なく求めてくる。
婚約者となったニナの要求を断る理由はない。オレは空いている手を彼女の頭に乗せた。サラサラした茶髪と狼耳を優しく撫でる。
ニナは嬉しそうに目を細め、わざとらしくゴロゴロと喉を鳴らした。それ、猫では?
まぁ、それくらいご機嫌ということか。普段は凛々しい彼女からは考えられない、緩んだ空気がある。ギャップ萌え必至だった。
そんな風に二人の相手をしつつ、オレは車内にいる最後の一人へ視線を向けた。
最初からずっと、気配を薄くして端っこで縮こまっていたのは、これまたオレの婚約者であるスキアだ。カロンと同じ光魔法の使い手で、チェーニ子爵家の令嬢である。
当初は部下として雇う予定だったんだが……紆余曲折を経て、今の関係に落ち着いた。周囲が『
グリューエンによって奪われていた光魔力は、彼女の討伐と同時に戻っている。クセの強い深紫色のロングヘアと輝く黄金の瞳は、何ら変わっていない。
コミュニケーション能力に難のあるスキアは、あまり会話には加わってこない。複数人が集まった場合は、まず口を開かなかった。今のように気配を消すか、聞きに徹するのである。
これでも、出会った当初よりはマシなんだよなぁ。二人切りなら喋ってくれるし、仕事と割り切ればスムーズに会話できる。
とはいえ、まだまだ改善の余地ありだった。ものすごく物欲しげそうな目をしているのに、怖気づいて壁際の像へと擬態しているんだもの。
彼女に寂しい想いをさせるのは、婚約者の名折れだろう。努めて優しい声で語りかける。
「スキア」
「は、はいぃぃッ!?」
今の状況で話しかけられるとは考えていなかったらしい。ビクッと肩を震わせる彼女。
オレは構わず続ける。
「この次はスキアの番だから」
そう言って、ウィンクを決めた。
めちゃくちゃゾワゾワする。こんなキザったらしいセリフと仕草は、正直言うとやりたくない。
でも、みんなのウケが良いんだよね、これ。各々、好みに差異はあるんだけど、共通してキザなモノは反応が良い。
ただ、ここで難しいのが、『オレ』の範疇を飛び越えると、一気に白けてしまうところだ。あくまでも、オレが実行しそうな範囲でキザを演出しなくてはいけない。
何とも面倒くさい限りだけど、みんなが喜んでくれるなら、その程度の苦労は背負うし、羞恥心も捨てるさ。
……一応言っておくと、自主的にやっているだけだからな。決して、彼女たちに求められたわけではない。
ちなみに、スキアは“押せ押せ”な感じが好物っぽい。自分が気弱だからか、リードされた方が安心できるそうだ。
閑話休題。
こちらのウィンクを受け取ったスキアは、目に見えて動揺し始めた。盛大に目を泳がせ、顔を茹でダコみたいに真っ赤に染め、指先を忙しなく動かしている。効果は抜群だった模様。
可愛らしい彼女の反応にホッコリしていると、馬車内に「あー!」と大声が響いた。
「シオンもニナもズルイです。
どうやら、オレたちの状況に気づき、うらやましくなったらしい。オレが絡む欲望に関しては、どこまでも素直だな。
ただ、うらやましかっているのはカロンだけではない。彼女と談笑していたオルカやマリナ、ミネルヴァも、チラチラとこちらへ視線を投げていた。
その姿がとっても可愛らしくて、オレはついつい笑ってしまう。
「分かった分かった。ちゃんと要望には応えるから、今は二人の順番だ」
愛おしくて、温かくて、明るくて、輝いていて――宝物みたいな日常が、楽しくてたまらない。
願わくば、永久にこの平和が続いてほしいものだ。……何となく、それが叶わないモノだとは分かっているけどさ。
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