Chapter12-1 留学生(2)

 オレとディマの会話は、基本的に各々の近況を語るものだった。先刻彼女が言ったように、顔を合わせる機会が多くないためだ。ゆっくり腰を据えて話したのも、『魔王の終末』以前だろう。半年近く前である。


 ゆえに、談笑は割と長時間に及んだ。後の予定が押してしまうと危機感を覚え、【刻外】をひっそり展開したくらいだ。


 一時間と少し。それほどの時間を使い、ようやく近況報告は終わる。


 しかし、それでも、ディマは語り足りなかったよう。話題を学園の内情へと転換した。主に、新入生に関するものだ。


 それをオレは制止しない。【刻外】のお陰で時間を気にする必要がないのも理由だが、新一年生については自分も興味を抱いていたために。


 というのも、


「今年は昨年度よりも荒れるのぅ。留学制度など、初の試みで先が読めん」


 ディマの発言の通り、他国より入学する者がいるからだ。


 この学園は、聖王国の地力を上げるために建てられた代物。ゆえに、成績に関しては一切権力の介在を許さず、実力主義に寄った価値観が広まっている。


 つまり、本来の目的に沿うならば、留学生の存在はあり得ないんだ。むしろ、逆らった行動と言える。仮想敵国の人材を育てることになるんだし。


 では何故、今年度より留学生が認められたのか。その原因は、『原作では留学生なんていなかった』点を考慮すれば、自ずと明らかになると思う。


 ――そう。数ヶ月前に起こった『魔王の終末』が、今回の留学生の受け入れに関与していた。


 かの騒動は聖王国のみならず、国外にまで数多の影響を及ぼした。実際の被害は最小限で済んだものの、だからと言って、国が黙っているわけにはいかない。多くの国より抗議文が送られ、大国や影響力の強い国には賠償を支払った。


 その一環が、留学生の受け入れだった。こちらの教育や技術などを開示するよう、求められたのである。


「中には王族もいる。教師陣は心労が絶えないな」


 帝国からは第三皇子が、都市国家群の一国からは第二王女が訪れた。先日行われた歓迎パーティーで挨拶をした限り、割と曲者のように感じる。十中八九、学園運営人は振り回されるだろう。


 ただ、先の苦労が分かり切っているにも関わらず、ディマの表情は明るかった。どこか愉快げに笑んでいる。


「楽しそうだな?」


 オレが首を傾ぐと、彼女はクツクツと笑声を溢した。


「わしとしては、留学生は歓迎したいところじゃからのぅ。新しい価値観の参入は、学生たちにとって良い刺激となる。彼らの成長の糧となるならば、多少の苦労は許容しよう」


「どこまでも教育者だな、あんたは」


 オレは呆れた。


 学生たちのためならば、他国の王族の対応をも『多少の苦労』と割り切れてしまう辺り、筋金入りだった。


 ……今さらか。学生を守ろうとオレにまで突っかかってきた実績が、彼女にはある。


 重ねた歳相応の経験や決断力こそ有しているが、本質は『どこまでも理想を追い求める理想主義者ロマンチスト』なんだよな。


 良い歳をしておいて、理想を捨てられない子供っぽさ。ヒトによっては蔑む要素なのかもしれないが、個人的には嫌いではない。オレ自身、理想を押し通すために実力を身につけた口だし。


 オレはヤレヤレと肩を竦めた。


「ある程度のことなら相談に乗るよ」


「本当か!」


 こちらの提案にディマは瞳を輝かせる。


 幼い外見にマッチした仕草は、自然とオレの頬を緩ませた。


「二言はない。とはいえ、『ある程度』だぞ。何でもかんでもは無理だ」


 許容できるのは、オレだけの手間で済む範囲。フォラナーダを巻き込むレベルの問題は遠慮したい。ディマに協力したいと思ったのは、あくまでもオレ個人の意思だからな。


「無論じゃ。ゆ、友人へ無遠慮にすがるほど厚顔無恥ではない。対処し切れない大きな問題が発生し、どうしても頼らざるを得なくなった場合は、しっかり対価を用意する」


 その辺りの塩梅はさすがに理解しているようで、ディマは大きく頷く。


 伊達に歳は食っていないらしい。たとえ親しい仲でも、タダ働きをすがらない。交渉や対人関係の線引きは上手かった。直前に、“友人”という単語でどもっていなければ、もっと感心できただろう。


 ホント、チグハグな女性だ。何でも卒なくこなせるくせに、距離を一歩踏み込むと、途端にポンコツと化す。千年間、如何いかな対人関係を築いていたかが窺えた。


 オレの憐憫を感じ取ったのか、ディマはゴホンと咳払いする。


「こ、こちらの心配よりも、わしとしてはフォラナーダの方が心配じゃ。件の王族を筆頭に、留学生組が接触を試みるのは、お主たちがメインじゃろう?」


 露骨な話題逸らしだったが、これ以上は踏み込むつもりもなかったので、素直に乗っかった。


「否定はしない」


 留学生たちが真に求めているのは、フォラナーダの実情に違いなかった。いや、正確には『魔王を討伐した人物らの情報』かな。


 オレはアッサリ倒してしまったけど、グリューエンは単独で世界を滅ぼせる脅威である。光以外のダメージを無効にする耐性を持ち、唯一の攻撃手段である光適性も徴収できるんだからな。ほぼ無敵だ。


 加えて、魔法司ゆえに魔法系技能はトップクラスで、他者の心の闇を操る能力、認識を阻害する魔力、呪い、復活魔法などの技能も保有している。普通の人類が勝てるはずがない。


 実際、過去の人類は、グリューエンに敵わなかった。聖女を旗頭とした人類総力戦を仕掛けても、封印という判定勝ちが限界だった。


 だから、『役割を果たすまで、勇者と聖女には不可侵』といった暗黙の了解が、大陸中に広まっていたんだ。この千年間でどれだけ平和ボケしようと、封印だけは解いてはいけないと恐怖されていたんだ。


 そんな人類最大の脅威を相手に、対等に戦うどころか滅ぼしてしまった。この結果が与える衝撃は計り知れない。


 たとえるなら、『個人の手で活火山を熱源ごと吹き飛ばした』と言った感じだろうか。少なくとも、自然災害級をどうにかしたレベルの話には違いない。


 ともすれば、各国が魔王と相対した面子に注目するのは必然。事実、間諜の類は『魔王の終末』以後、かなり数を増していた。国内で超有名だったフォラナーダは、今や世界デビューを果たしたのである。


 冗談はさておき。ディマの言う通り、留学生たちがオレらに接触してくるのは、火を見るよりも明らかだった。間諜が通じない以上、表立って動くしかないもの。


 彼女が心配してくれているのは嬉しいが、そこまで不安がる必要はない。


 オレは笑顔で「大丈夫」だと告げる。


「最悪、国ごと滅ぼせる」


「それを『大丈夫』だとは言わんッ!」


 どうやら、お気に召さなかったらしい。カップに注がれたお茶を溢す勢いで、ディマはテーブルを強く叩いた。


 ふぅふぅと息を荒げる彼女を落ち着かせつつ、オレは肩を竦めた。


「冗談だよ。さすがに一国を消滅させたりはしない。せいぜい、城を吹き飛ばすくらいだ」


「いや、それも大概じゃぞ」


「大きな問題に発展しないのは立証済みだから、大丈夫」


「立証!? どこで!?」


 どこって、森国しんこくだ。新しい王が、今もせっせと再建設の指示を行っている。


 とはいえ、バカ正直に伝えるわけにもいかないので、笑顔で誤魔化した。


 こちらが答える気がないと察してくれたようで、ディマは大きな溜息を吐いた。


「できるだけ穏当に頼むぞ」


「もちろんさ。過激な手段は最終手段にすぎない。向こうが一線を踏み越えてこない限り、優しく反撃するよ」


「それなら良いんじゃが……」


 どこか疑わしげな視線を送ってくるディマ。


 何故か信用を得られていないみたいだ。解せぬ。オレは割とハト派だと思うんだけどなぁ。ミネルヴァにも甘いと指摘されがちだし。まぁ、本音は、他者にあまり興味を抱いていないだけだが。


「なるようになるしかないか。お主も、何かあれば頼ってくれ。力になる」


「嗚呼、その時は頼むよ」


 波乱の予感を僅かに覚えつつも、新たな節目は巡ってくる。


 はたして、学園生活三年目は、どのような一年になるのか。原作になぞらない未来を、オレは心待ちにしていた。

 

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