Chapter12-1 留学生(1)

 いろんなトラブルはあったが、オレたちも最終学年。今年度で卒業だ。


 そんな感慨深い新学期が始まる一ヶ月前、春先である三月の頭。何故か、学園長室に呼び出されていた。オレに心当たりはないし、何かトラブルでも発生したんだろうか?


 そう疑問に思いながらも招集に応じ、こうして学園長ディマの対面に座っている。


 ディマは、一見すると黒長髪の少女だ。十歳前後の愛らしい容姿をしている。しかし、その実態は千年を生きるロリババア。肉体の老いを克服し、『生命の魔女』と畏れられた存在だった。


 魔女はその多くが人類の敵対者だけど、彼女は例外になる。何せ、『子どもたちを良き未来へ導きたい』と本気で考えている、根っからの教育者なんだから。


 ゆえに、オレとも協力関係を築いている。最初はボコボコにしたが……まぁ、仕方ない。


「『仕方ない』で済まされるレベルではなかった気がするがのぅ」


 手始めの世間話として、出会った当初の話題を振り返ってみたんだが、恨めしそうな眼差しを向けられてしまった。どうやら、あっという間に制圧したことを、未だに根に持たれているらしい。


「一応、手加減はしたぞ?」


 オレが悪あがきを口にすると、ディマは眉間のシワを深くした。


「じゃろうな。お主が本気出したら、一瞬で消滅させられたわ。じゃが、こちらにも魔女としてのプライドがあったんじゃよ。今では、影も形も残っておらんけども」


 そう言って、彼女は遠くを見つめた。オレと出会う前の、自信に満ち溢れた己を想起しているのかもしれない。


 しばらく呆然としたディマだったが、コホンと咳払いしてから居住まいを正す。


「さて。そろそろ、本題に入ろうかのぅ」


 思考を切り替えた彼女は、見た目とは懸け離れた威厳を放ち始めた。こういったところは、さすが長生きだと感心できる。


 オレでも、ここまで重厚な雰囲気は作れない。【威圧】や魔力放射を使って、それっぽく見せかけるくらいが精々だろう。


 まぁ、こちらは彼女の素を知っているため、今さら感は強いけども。


 内心で苦笑を溢しつつ、話の先を促す。


 ディマは、真剣な面持ちで問うてきた。


「今年は、どのようなトラブルが起こるんじゃ? 直前ではなく、今のうちに知っておきたい」


「えっと……」


 一瞬、彼女の質問の意図が掴めなかった。そのせいで、曖昧な言葉を溢してしまう。


 だが、幾秒か過ぎれば、何を言わんとしているのか察しがついた。


 そういえば、以前に『未来の出来事をいくつか予知している』みたいな内容をディマへ伝えていたんだった。前世で培ったゲーム知識を、そのように誤魔化したんだ。そして、学園が関わる事件は、事前に教えるよう乞われてもいた。


 約束は守っていたはずだけど、こうして直接尋ねてきたということは、前もって全部聞いておいた方が精神的に楽だと考えたのかな。オレ的には、一挙も小出しも大差ないと思うけど。


 とはいえ、彼女の思惑には乗っかれないんだよな。


「すまないが、もう予知した未来は残ってないんだ。グリューエンが復活した時点で、オレの知る未来は大きく変わった」


 本来の物語を大きく外れてしまった以上、もはや原作知識は無価値に等しかった。未だ原因が残るものは別かもしれないが、学園が関わる事件はそれに当てはまらない。つまり、ディマの求める知識は答えられなかった。


 こちらの事情を聞いた彼女は、残念そうに肩を落とす。


「事前準備はできそうにないか」


「それが普通なんだけどな」


「違いないが、何となく損した気分じゃよ」


 苦笑いを溢し合うオレたち。


 お互いに分かっているんだ。元々未来は見通せない代物。今までが不自然だったんだと。


「他に用件はあるか?」


 本題が潰れてしまったため、今回の話し合いは終わりだろう。形式上の質問を投げつつ、オレは今後の予定を思い浮かべる。


 しかし、ディマの反応は予想に反したものだった。


「あっ、え、いや……」


 急に慌てだし、目をキョロキョロと泳がせる彼女。


 そんな風に取り乱すこと数秒後。チラチラとコチラを窺いながら、彼女は問うてきた。


「せ、せっかく来たんじゃし、もう少しだけお喋りでもせんか? ……ほ、ほら。わしらは立場が立場じゃ。顔を合わせる機会もそこまで多くないからのぅ!」


 最初こそ恐る恐るといった様子のディマだが、後半は押し切らんばかりの勢いだった。


 朱に染まる頬や僅かに潤む瞳、滲み出ている感情の色。それらを認めたオレは察する。彼女は己の感情を自覚してしまったらしい。


 ディマは、オレに恋心を抱いているんだ。まだまだ淡い想いではあるけど、どんどん育っていくのは自明。


 何せ、彼女と対等に話せる相手が他にいないんだ。頼れるヒトが一人のみとなれば、その人物へ心を寄せていくことは必然だろう。


 それにしても、千年生きているとは思えないくらい、ディマは初心だな。お茶へ誘った程度で、かなり恥ずかしがっている。メスガキ演技の際、結構えげつない罵倒を放っていたはずなんだが。


 まぁ、無理もないか。歳を重ねることイコール成長とは限らない。成長とは、過ごした時間の中で何を経験する学ぶかが重要なんだから。その点、ディマは恋愛方面の学びが少なかったんだろう。気持ちを自覚するのに、半年以上も費やしたし。


 どう対応するのが正解なのかな、この場合。


 前提として、オレはディマのことを気に入っている。教育者としての信念を貫く姿は好感を持てるうえ、気安いやり取りも好きだ。ヘンタイではあるものの、それ以上の魅力があると思う。


 とはいえ、あくまでも『友人』に向ける好意なんだよなぁ。カロンやミネルヴァたちへ抱いている想いは、今のところない。


 ……深く考えるまでもないか。今回の誘いは友人付き合いの範疇だ。裏にどんな思惑があろうと、断る明確な理由は見当たらない。


 ゴチャゴチャと言いわけを並べたけど、結局のところは友だちを悲しませたくないだけだった。ディマとの関係は、なるようになる。未来のオレに任せよう。


 投げやり気味に結論を下したオレは、意識を切り替えた。浮かしかけた腰を戻し、肩を竦める。


「分かった。この後に立て込んだ予定はないから、もう少しだけ付き合うよ」


「ありがとう!」


 まるで、“九死に一生を得た”みたいな喜び方をするものだから、思わず笑声が漏れた。


「ふふ。礼を言われるほどのことじゃないさ」


「では、何から話そうかのぅ。嗚呼、その前に新しくお茶を注ぎ足そう」


 嬉々として給仕を行うディマを見ていると、彼女が外見通りの年齢に感じられてしまう。海千山千の貴族たちとも討論し合える実力者なのに、酷く不器用なコミュニケーションだ。


 子どもっぽい彼女を頬笑ましく眺めつつ、オレたちは雑談に興じるのだった。

 

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