Chapter11-5 妹(3)

 戦闘に乱入すること自体、そう難しくはなかった。【念話】で渡りをつければ、あとはタイミングを合わせるだけ。オレが飛び込むと同時に、戦闘していた五人は後退する。


 ついに、この瞬間が訪れた。


 風になびく黄金の長髪、強い意思をギラギラと輝かせる黄金の瞳。顔の造詣や身体のバランスも完璧な、絶世の美女といっても過言ではない魔法司グリューエン。


 彼女が、カロンを死の運命へと捕らえていた最大の元凶だ。


 正直言って、この結論は確証を得て導き出したものではなかった。


 最初は、原作での両者の因縁を強引に結び付けた仮説にすぎず、魔王対策を始めたのも、カロンが対抗馬に任命されるのを避けたかったからだ。


 つい最近になって、グリューエンがカロンの身柄を欲していると知ったけど、その情報さえも、“何故”の部分が抜け落ちていた。


 つまり、何がカロンを死へ誘う原因か、ずっと把握できていなかったんだ。どんなに手を尽くそうと、その辺りは判然としなかった。不甲斐ない限りである。


 しかし、今は違う。オレは確信をもって、カロンを死に至らしめるのはグリューエンだと断言できたし、彼女が狙われる理由も理解していた。


 直接見れば、さすがに分かる。現在のカロンの光魔力は、火魔法で再現した代物だ。どうやったら、そんな頭のおかしい現象を生み出せるのか理解不能だけど、事実なんだから受け入れるしかない。


 光と火、二つの輝きを有するカロンは、まさに光の申し子だった。誰よりも光に愛されていると評しても良い。


 そんな寵児を、『光の大魔法司』なんて自称する輩が放っておくはずなかった。自分よりも才ある存在を、グリューエンは許せなかった。


 ――下らない。


 腹立たしい限りだ。己の欲望を満たし、嫉妬を和らげるためだけに、カロンの命が危機にさらされていたなんて、実にバカバカしい。


 嗚呼、本当に……ハラワタが煮えくり返るッ。こいつだけは絶対に許さない。魂の一片たりとも、この世に残さないと誓おう。すべてを滅ぼし尽くしてやる!


 グツグツと煮えたぎる心を、【平静カーム】を連続行使して抑える。まったく鎮火する気配はないが、それでも懸命に我慢した。怒りに身を任せたら、その隙を突いて逃げられそうだもの。グリューエンには、それくらいの生き意地の汚さがある。


 対面するオレとグリューエン。一瞬の静寂が流れるが、すぐに破られた。


「私の【永久の黄金】を引きはがすとか、心底驚いたわよ。アリアノートをぶつけたのは正解だったわね。結果的に裏切られたけど、ある程度は時間を稼げたもの。あなたが最初から健在だったら、私の仮復活さえ阻止されてた気がするわ」


 でも残念、とグリューエンは嘲る。


「五人を下げたのは判断ミスよ。いくら優秀でも、あなた一人に私は止められない。これで私の勝ちは決まったわ!」


 哄笑を上げながら、彼女は自身の魔力を揺らす。共振したように大気の魔素も揺れ、如何いかんともし難い感覚が一気に周囲へ広がった。


 これが魔法司グリューエンの権能か。刹那のうちに理の掌握を終えるとは、ガルナが行使した時よりも圧倒的に早いな。どうりで、カロンたちの光魔法が奪われているわけだ。この早さで不意打ちされたら、妨害のしようがない。


 こんな状況においても、オレは冷静に思考を回す。焦らず周りの変化を観察し、分析した。泰然自若は崩さない。


「「ぐっ」」


 魔力の奪取が始まったんだろう。ディマとアリアノートの苦悶の声が漏れた辺りで、こちらもようやく行動を起こした。もはや解析は十分終わった。


 行動といっても何てことはない。呪文を一つ、心のうちで唱えるだけ。


 ――【ブレイク】。


 途端に、グリューエンの起こした現象は壊れる。オレの魔力がグリューエンの魔力を紐解き、すべてを無に帰してしまう。


 刹那より早い須臾しゅゆをも超えて、オレは彼女の権能を叩き潰した。


「は?」


 愕然と目を見開くグリューエン。


 何を驚いているんだろうか。こちらが魔法司対策をしていないとでも?


 甘い考えだ。以前の遭遇戦、何故にチンタラ戦ったと思っているんだ。情報を収集するために決まっている。


 お陰さまで、グリューエンの魔質は暴けていた。魔法司ガルナの協力があった点も大きいな。魔法司の権能を含む彼女の全能力を、オレは完全に阻害できる。


 ただ、全部が完璧ではなかった。魔法はイメージに依る部分が大きいため、魔法司レベルなら術式は容易に変動させられる。つまり、保有する魔法の解析は困難だった。


 そのせいで、復活と同時に黄金化が発生するなんて読めなかったし、用意しておいた魔道具も大半が機能不全を起こしてしまった。これらが通常通り使えたら、カロンたちはもっと・・・楽できただろう。そこは反省しなくてはいけない。


 横道に逸れたな。思考を戻そう。


 とにかく、オレを前にして、魔法司は権能を扱えない。理への干渉を世界が許しても、オレが許さない。


 今や、グリューエンはちょっと・・・・魔法が巧みな魔法師にすぎなかった。


「……」


 現実を受け入れられないのか、いつまでも呆然とするグリューエン。


 彼女の再起動を待つほど、オレはお人好しではない。四肢それぞれに、【銃撃ショット】を十発ずつ放った。


 本来なら無効耐性に阻まれる攻撃だが、こちらの技術の前には無力。調整に調整を重ねた“透過”は、グリューエンへ百パーセント余すことなくダメージを通す。


 よって、四十の魔弾は彼女の四肢を貫き、無数の穴を開けた。


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」


 グリューエンの絶叫が響く。


 手足が使いものにならなくなった彼女は、その場に倒れ込んだ。それから、大きな悲鳴とともにジタバタと藻掻く。四肢の穴から血飛沫が迸り、周囲の地面を赤く赤く染めていった。


 無効耐性に頼り続けたツケか。痛みへの耐性はかなり低かった模様。喉が裂けるのではないかというくらい叫び続け、陸に上げられた魚のように暴れ回っている。


 この辺もガルナとは大違いだった。彼女の場合、オレの攻撃が貫通しても、普通に堪えていたもの。


 せっかくの光魔法も、術者が愚かでは宝の持ち腐れだな。


 もしも、グリューエンが少しでも痛みを耐えられたのなら、魔法で傷を癒していただろう。勝てるかどうかは別として、まだ戦えたのは間違いない。


 しかし、現実は異なる。敵は無様に転がり続け、戦意は微塵も感じられなかった。


 冷めた目でグリューエンを見つめつつ、オレは二つの魔法を発動した。特殊な結界でオレたち二人を覆い、グリューエンの首と心臓を魔力刃で穿つ。


 暴れ回っていた彼女の体は赤い地面へ縫い留められ、ビクリと一回痙攣した。その後、カホッと血の混じった呼吸を繰り返し、程なくして動かなくなる。同時に、彼女の身体より、魔力が霧散し始めた。


 魔法司は魔力体。魔力の霧散は身体の崩壊と同義であり、死亡を決定づけるものだった。


 グリューエンが死んだ。それは、周りで見守っていたみんなも理解したよう。数拍の間を置いてから、にわかに騒がしくなる。もちろん、討伐者たるオレを労おうと、こちらに駆け寄ってきた。


 ところが、その歩みは遮られる。オレの展開していた結界によって。


「お兄さま?」


 誰よりも早く辿り着いたカロンの声が届く。直近まで戦闘していたメンバーよりも早いとか、彼女のブラコンは本当に極まっていた。


 思わず笑声を溢しながら、チラリとカロンを含めたみんなの顔を窺う。


 全員、不思議そうに首を傾げていた。


 当然だろう。すでに敵を倒しているのにも関わらず、結界を解除していないのだから。いや、頭脳派の面々は、トドメを刺す直前に結界を張った時点で、意図を測りかねていそうだ。


 カロンたちに声を掛けることなく、オレはグリューエンの遺体へ視線を向ける。


 ボロボロと崩れ始めていた彼女の体。よく見れば、その内部より光が漏れていた。カロンやスキアの放つような温かいそれではなく、どこまでも破滅的で危険な色を秘めたものを。


「そろそろ時間だな」


 オレの予想は見事的中した。


 こちらの呟きと同じタイミングで、すでに死んでいたはずのグリューエンの口が動く。


「【汝の闇が命を差し出すサクリファイス】」


 そして、結界内は光に満たされた。

 

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