Chapter11-3 異界にて(4)

「あなたはッ、あなたの“大切”はッ、その程度の感情に振り回されるほど軽かったのですか!?」


 彼女らしくない、熱のこもった声だった。それだけ、オレの発言が気に食わなかったよう。


 無理もない。同じ立場だったら、オレも怒っていた。自分の大切――カロンたちの安全を軽視している風に聞こえるもの。


 だが、そうではないんだよ。オレは、カロンたちのことを考えた上で、この結論を下している。


「あなたは、カロンたちの友人でしょう? だったら、殺すわけにはいかない」


「何を仰って――」


「落ち着けよ、アリアノート」


「ッ」


 軽度の【威圧】を含んだ声を受け、アリアートは吐き出しかけた言葉を呑み込んだ。若干の怯えを瞳に湛え、こちらを静かに見据えてくる。


 彼女が落ち着きを取り戻したと認めたオレは、滔々とうとうと語る。


「オレの最優先は、カロンや家族の命です。それは絶対に変わらないと断言できます。でも、それのみを追求するつもりもありません」


 カロンたちの身体だけではなく、心も守りたい。そう、オレは常々考えている。いくら命を救おうと、彼女たちが悲しみ続ける荒野しか残らないのは、あまりにも寂しいだろう。


 敵対者なら容赦はしなかった。オレや家族への害を放っておくほど、オレは寛容ではない。


 だが、事実は違う。現状はアリアノートなりに最善を求めた結果であって、完全な敵とは言い難かった。すべてが解決した後、彼女が害となる可能性が低いのも一因だな。


 だから、優先度を変えた。拙速よりも、より良き未来を選んだ。


「……カロラインさんたちが笑顔になれる環境が作れるなら、彼女たちの身が危機に瀕しても良いと?」


 やはり、アリアノートは頭の回転が早い。僅かな語りで全部理解してくれるので、サクサク話が進む。


 ただ、やや誤解があった。


「良いとは思ってませんよ。苦労をかけないことに、越したことはないでしょう」


「ですが、あなたの実際の行動は異なります。カロラインさんたちの窮地を前に、悠長に歩いておりますわ。それでは、本末転倒な結果を起こしてしまうかもしれません」


「それはあり得ない」


「何故、そう言い切れるのです!」


 こちらの断言を耳にし、アリアノートは再度激高した。彼女からしてみれば――いや、誰から見ても、今のオレは適当に発言している風に映るだろう。自分の欲望に従い、盲目にカロンたちを信じる愚か者と。


 しかし、オレには確かな根拠があった。


「オレとカロンたちが過ごした時間は、嘘を吐きません。だから断言できます。彼女たちが、この程度の窮地で倒れるわけがないとね」


 みんなを鍛えたのは、他ならぬオレ自身だ。その実力は誰よりも知っている。


 ゆえに、信じられた。グリューエン程度の敵に下されるカロンたちではない。不測の事態は起こるだろうが、すべてを跳ね返せる力を彼女たちは持っている。


 それに、どうしようもない時の保険は、いくつか用意してあった。多少の危機は迫るとは思うが、最悪の事態は起き得ない。


 ……いらぬ苦労を背負わせている点は否定できないか。オレがもっと真っすぐなら、こんな寄り道なんてしなかっただろう。もしくは、もっと優秀なら、完璧にみんなを守ってみせたに違いない。


 畢竟ひっきょう、どこまでいっても中途半端な凡才なんだよ、オレは。極端に振り切ることができず、かといって理想を諦められない。強欲で、ワガママで、愚鈍な男だ。


 これに関して、さらに手に負えないのは、カロンたちも苦境を良しとしている部分にある。正確には、守られるだけの存在にはなりたくない、か。


 オレの役に立つと知れば、喜んで戦場に駆けていくからなぁ、あの子たち。


 類は友を呼ぶなんて聞くけれど、そんなところまで似てほしくはなかった。今さら言っても、どうしようもないが。指摘したところで、『兄妹は支え合うものです。一方的に寄りかかるものではありません!』みたいな反論が返ってくる。


 まぁ、その厚意に甘えている時点で、何一つ文句は言えないが。


 こちらの答えを受け、アリアノートは酷く動揺していた。心底理解できない、そんな感情が見える。


 当然だろう。今までずっと、彼女は一人で走ってきたんだ。側近のルイーズには多少の情を抱いているみたいだけど、今回遠ざけた辺り、守護対象としか見ていない。


 孤独な彼女に、オレたちの関係が理解できるはずはなかった。


「さて」


 これ以上の質問はなさそうなので、気持ちを切り替える。カロンたちを信じてはいるが、いつまでも油を売っているわけにはいかないもの。


「ディマ、殿下を頼む」


「わ、分かった」


 呆然とするアリアノートはディマに任せ、オレは【位相隠しカバーテクスチャ】を開いた。その中より、必要な人材・・を取り寄せる。


「ノマ、手を貸してくれ」


「また面倒ごとかい、主殿?」


 呆れ果てた表情で登場したのは、手のひらサイズの少女。オレの契約精霊である、土精霊のノマだった。


 彼女はその茶色い瞳でザっと周囲を見渡し、げんなりと溜息を吐く。


「把握した。脱出を手伝ってほしいんだね」


「話が早くて助かる。術式解除を迅速に行いたい」


 アリアノートと問答している間、何もしていなかったわけではない。発動中の【白煌鮮魔びゃっこうせんま】によって、この空間の詳細を調べ上げていた。お陰さまで、色々と手間を省略できたよ。


 今の【異相世界バウレ・デ・テゾロ】はアリアノートの制御下にある。しかし、彼女の意思では解除不可能だった。


 おそらく、自分が怖気づく万が一に備えていたんだろう。制御を奪いつつも、自身では解除できないよう術式を上書きしていたんだ。だから、アリアノートを殺す以外の方法を取るなら、外部より無理やり解除を試みるしかない。


 オレ一人でも実行可能だけど、時間がかかりすぎる。そこで、ノマに協力してもらうわけだ。この手の魔法技術において精霊の右に出る者はいないからな。例外と言えば、オレやアカツキ、アリアノートくらいだ。……あれ、結構多い?


 オレとノマは地面に手を突き、魔力を空間に行き渡らせる。お互いにアイコンタクトし、同時に術式の解析を始めた。


 解析情報も【念話】で共有済み。二人で取り組めば達成も早い。待っていてくれ、みんな。




 オレたちが外へ脱出したのは、それから五分後のことだった。

 

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